第9話 宮中歓迎会(2)
【3】
明日に控えた宮中歓迎会に備えて食材が次々に運び込まれてくる。
その大半が北部のポワチエ州から、オーブラック商会という商会を通して送られてくる物だ。
茶葉に果実やナッツ、加工食品でジャムやハムやソーセージ、チーズも色々と種類が有る。
それとは別に、アヴァロン商事から送られてくる南方の物産も有る。
オーブラック商会は知らないが、アヴァロン商事はフレップも聞いた事が有る。ハウザー王国の王都でもたびたび耳にする商会名だからだ。
ハウザー王都でのラスカル王国との取引を一手に仕切っているのがアヴァロン商事である。
最近ではハウザー王都でサロン何とかという名前の高級店舗を開いて、珍しい料理やら蒸留酒やらを提供している。
フレップ自身は縁の無い高級店ではあるが、噂はあちこちで聞いている。
そう言えばアヴァロン商事はゴルゴンゾーラ公爵家が係わっているとラスカル王国に入ってから知った。
送られてきている食材もハウザー産の酒精強化ワインやコーヒー、そして香辛料やドライフルーツやナッツと言った物だ。
フレップはそういった食材を見ながら歩いていると、ふと目に着いた物に驚きの声を上げてしまった。
「バッ、バラクーダ!」
「それは、カワカマスですね~♪ 南方ではバッバラックとか言うんですか~」
「いやっ、まあ、そうだな。似た様な魚がいる」
「へー、この魚は王家が王都の近くから取り寄せたんですよ~♪ だからとっても新鮮ですよ~ ポワチエ州は海鮮が美味しいんですよ~ でも王都までは遠いから新鮮な魚が持って来れないんですよ~♪」
「そうだな。魚介類は鮮度が落ちると危険だからな」
ハウザー王国の南部で海に面した領地で生まれ育ったフレップには、イヴリンの言っている事は良くわかる。
内陸の街では魚介は塩漬けか燻製、後は干物にして食べる事になる。鮮魚なんて久しぶりだ。
「これはスープにしたりしますね~。今回はすり身にしてフライに揚げてスープに入れるそうですよ~♪ なんて言っても生食は毒が有りますもんね~。あれ? 違ったかな、内臓に毒が有ったのかな~♪」
やはりそうなのか。この魚は毒もちなんだ。
…ならば。
【4】
さすがに王宮の饗宴場だけある。
大きさも豪華さもロックフォール侯爵家の歓迎会とは比べ物にならない。
招待客も上級貴族家の当主と第一婦人、そして第一継承者で占められて、王立学校の学生が二年と三年のAクラスの貴族だけであり、留学生の歓迎会とは名ばかりの派閥の権威を見せつける、勢力争いの場であることは一目瞭然である。
教導派と清貧派、王妃派と国王派、南部武闘派と北西部先王派、更には商人派と官僚派、細かく分けると思惑は込み入って敵味方も曖昧になりそうだ。
イブリンによると大きくは現王室に与する教導派と政変で失脚した先王の派閥の清貧派に分かれそうだ。
そう言いつつ聖教会関係者は一人も出席していない。
表向きには聖職者は聖教会以外でのパーティーには出ないそうなのだが、ペスカトーレ侯爵家は当主の代行という名目で枢機卿自ら出席している。ペスカトーレ侯爵家は枢機卿が第一子のジョバンニ・ペスカトーレに後を継がせるため、あえて当主を空席にしており、枢機卿自ら執政を取る有たちにしているからだ。
実権は枢機卿が握っており、ジョバンニは王立学校を卒業すると直ぐに侯爵になり妻を娶って、その後直ぐに聖職について大司祭になる事が決まっている。
そしてジョバンニの正妻に子が生まれるとその子が侯爵家を継いぐとイブリンは言っていた。
カロリーヌ・ポワトー
イブリンの説明では国王の近くの席にいる大貴族は大半が聖教会の聖職者関係の者だという。
そして少し離れた王妃の近くの席は聖教会からは少し距離を置く官僚や商業者系の貴族だそうだ。
そして王妃に近い清貧派の派閥が北西部の貴族で、第二王子の婚約者のヨアンナ・ゴルゴンゾーラ実家のゴルゴンゾーラ公爵家を軸にする北西部貴族で、それに対して今回の交換留学で国王派で教皇に近い一群の貴族が南部の武闘派貴族の筆頭であるロックフォール侯爵家に声を掛けて来ているという構図だ。
ならばフレップのコンタクトを取るべき派閥は教皇に近いグループだろう。
当然現教皇の実子であるペスカトーレ枢機卿が大本命である。
しかし留学生のそれも一介のサーヴァント風情が実質の侯爵家当主である枢機卿に話しかける事など出来ない。
そんな事をそれと無くイブリンに匂わせてみた。彼女の主人は同じ教導派の枢機卿を祖父に持つ
直ぐに返事が返ってきてポワトー
手紙を託すとポワトー
会食の適当な時間に、何か会場で周りの目を隠せるような小さなトラブルをおこせと言うものだ。
出来れば食事で味覚の不良であるとか、体調不良が起こるとかであればよいと。
その間に枢機卿のもとに行き介抱する振りでコンタクトを謀れと言う事であった。
フレップはあまり深く考えずその計画に飛びついた。
上級貴族家当主に直接関わりを持てる機会はこの宮中歓迎会ぐらいしかない、次の機会を探すとかなり先になってしまう。
そう考えてフレップは行動をおこす事にした。
狙い目はあのカワカマス。
フレップは隠した荷物に野草や干したキノコ、遠い異国から取り寄せた木の実や種子まで持ち込んでいた。
その中からバラクーダの燻製肉を取り出すとそれをカワカマスのすり身に混ぜる事にした。
前日にすり身にしてある魚肉にバラクーダの燻製肉を混ぜ込む。
同じカマスだ。塩で味をつけているのだし気付かれないだろう。バラクーダの毒は過熱しても消えることが無い。
「何をなさっているのですか?」
いきなり後ろから声を掛けられた。足音も気配も無くいつの間にか現れた陰気なメイドが後ろから声を掛けてきたのだ。
「いや、明日の歓迎会の為の食材のチェックをしていただけだよ」
「ああ、そうなのですね。私も同じです。やはりこの季節は食材の足が速いですからね。それでそちらのすり身は?」
「ああ、これは俺が確かめた。だから案して良いぞ。それに明日はこれを揚げた上に煮込むのだろう。加熱処理は充分だろう」
「ああ、そうですね。カワカマスでしたら今朝取れたものでしょうから、この後揚げてしまえば大丈夫でしょう」
陰気なメイドは”なんで揚げた後に煮るんだ? 煮るだけで十分だろう”等とブチブチと呟きながら去って行った。
【5】
そして今日、留学生歓迎の昼食会の当日。
フレップは王子たちの給仕をしつつ、ペスカトーレ枢機卿の様子を窺っていた。
そして前菜の後主菜を兼ねたスープとして例のすり身の煮物が運ばれてきた。
フレップは白パンを配りながら、視線はペスカトーレ枢機卿に釘付けになって居る。
枢機卿はスプーンでスープを行き度か呑んだ後、ナイフとフォークでまずは玉ねぎとニンジンを口入れた。
そして少し首をかしげてからフィッシュナイフを入れて魚肉を切るとフォークで口に運んだ。
そして顔を顰めると、それでもしばらく咀嚼して嚥下する。
見渡すとペスカトーレ枢機卿のまわりの貴族たちも幾人か顔を顰めている者がいる。
このタイミングだろう。
フレップはパンのバスケットを置いて水差しを掴むと、急いでペスカトーレ枢機卿のもとに駆けよる。
「閣下、きっとカマスの毒に当たったのです。吐き出して下さい! さあこの水を飲んで胃の中の者を吐き出して!」
そう言うと枢機卿の口に水差しを押し付けて口の中に注ぎ込もうとした。
「やっ…やめよ。ちっ違う」
「油断は禁物です。急いで胃の中を洗わねば!」
「んーん。ひどくしょっぱいですね。これは塩抜きが不十分ですね」
又音も無く表れた昨日のメイドが後ろに立って、ペスカトーレ枢機卿のスープの魚を味見している。
「カワカマスに毒など御座いませんよ。南洋の|オニカマス《バラクーダ
》ならいざ知らず、カワカマスは似ていますが毒は持っていません」
「えっ? そんな?」
「それにこれはサバの燻製肉ですね。それも塩味がきつすぎます」
「サッ…サバ? しかし昨日は…?」
「ええ、川魚のすり身を素揚げなど美味しくないので、止めさせましたが料理人が不慣れだったのでしょうね。塩サバの燻製を使ったのは良いのですが、塩抜きをしないで放り込んだ者が居たようですね。これはしょっぱ過ぎます」
「そのフットマンは粗相が有ってはと緊張していたのでしょう。南洋の魚は毒が有る物も多いと聞きますから、枢機卿様の御様子を見て勘違いをしたようですわね。でも失敗を恐れず、枢機卿様のお命を第一に考えた姿勢は称賛に値しますわ」
カロリーヌ・ポワトー
会場からは押し殺した笑い声が漏れている。
大妃殿下も扇で口元を隠しているが、笑っていることは間違いない。
ペスカトーレ枢機卿は怒りで顔を真っ赤にしているが、その怒りの持って行き場を失っている。
「寛大なペスカトーレ枢機卿様ですから、貴方の勇気を讃えて下さると思うのだわ。ねえそうでしょう。枢機卿様は慈悲に溢れた偉大なお方なのだわ」
ファナ・ロックフォール侯爵令嬢も立ち上がって拍手を贈る。
それに呼応して、列席者から次々に拍手と忍び笑いがおこった。
「其方の勇気を讃える。助かった」
真っ青になっているフレップに向かってそう言うと小声で付け加えた。
「…だから、とっとと失せろ」
「ハイ!」
フレップは真っ青になって一礼すると控室に走って逃げかえった、心の中であのイブリンとか言うメイドに嵌められたと歯噛みしながら。
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