第8話 宮中歓迎会(1)
【1】
「私に宮中歓迎会の主催を押し付けてきたようですわ」
カロリーヌが苛立たしげに言った。
「散々に裏切り者だ、寝返っただ、策士だと罵っておいて、このような時だけ厄介事を押し付けて来るのは、今更ながらという気持ちですけれど」
どうやらロックフォール侯爵家主催の歓迎会に対抗して、教皇派の国王主催の歓迎会を開催し、その主催としてカロリーヌの名を使うという事だ。
在校生としては身分もトップで、名目上は教皇派に属する位置に居るので有るが、どちらかと言えばモン・ドール侯爵家やペスカトーレ侯爵家からの嫌がらせの意味合いが強い。
「王家と共同主催ですからお金だけは出すようですが、料理の手配から人の手配まで押し付けて来るのですから」
苦労と失敗はカロリーヌに押し付けて、成果だけは国王とリチャード王子に持って行かせる心算なのだろう。
「資金さえあればアヴァロン商事が何でもご用立ていたしますよ。王家も教皇派閥もハウザー王国との友好など露ほども思っていないくせに、口を挟まれる方が面倒くさいですからね」
「オーブラック商会もお世話になっているポワトー伯爵領の為になるなら精一杯の事をさせていただきます。最近は北方や西方の珍しい海産物や果実も手に入りました。北方のコケモモやキイチゴやカシスやらをジャムにした物もお出しいたします」
オズマもポワチエ州の通商を一手に引き受けているので、カロリーヌの顔を潰すようなことはさせたくないのだろう。
「ヨアンナ様、サロン・ド・ヨアンナから獣人属のメイドやフットマンを大量に動員できませんか? セイラさんもライトスミス商会やセイラカフェに働きかけて貰えないでしょうか。せっかくのハウザー王国からの留学生ですもの、王家や教皇派閥が送り込んでくる、貴族子女上がりのメイドやフットマンよりはよほど使えるでしょうから」
カロリーヌは動員する使用人の資質で国王派の貴族に意趣返しをと思っているのだろう。
今回は宮中での催しなので、国王陛下も王妃殿下ももちろん上位貴族の当主も参加する。
王立学校在校生の親に限られているが、教導派の大貴族たちが参加するのだ。
派遣メイドやフットマンに獣人属を使うと、教導派貴族は先ず間違いなく自分専用のメイドを連れて来る。
その給仕の所作が獣人属メイドよりも見劣りがするとなれば、面子もつぶれる事になるだろう。
カロリーヌの顔さえ潰さなければ、後は王家のお金で好き勝手出来るのだから気が楽だ。
カロリーヌも教導派に媚びる必要は無く、王家や教導派貴族の不興を買ったところで今更だ。
そう考えれば教導派大貴族も底が浅いと言うものだろう。
カロリーヌのバックにヨアンナとファナがついている事は大貴族の間では周知の事実なのだし、何をされるかも見当がつきそうなものだが。
まあ、やり過ぎるとヨアンナとファナの顔まで潰す事になるので手加減はしておいてやろう。
【2】
「フレップさんは男爵家の方なのですか~♪ 私も実はお爺様が男爵だったのですよ~♪ 直系の係累で無いから王宮でメイドをやってるんですがね」
良く喋る娘だと思いながらフレップは厨房に運び込まれる食材を見ている。
王宮の厨房にはハウザー王国では馴染みの無い食材が次々に運び込まれている。
フレップ・オーディンは昨日ロックフォール侯爵邸でのセレモニーの後、エヴァン王子について王立学校の騎士団寮に入ったが、荷物を下ろすと直ぐに王宮に行く事になった。
明後日に開かれる王宮での歓迎会の準備の為、留学生付きのメイドかフットマンを寄越してくれと要請があったのだ。
メイドやフットマンは皆ラスカル王国に着いてから集められたものばかりだ。
該当する者は自分とド・ヌール夫人しかいない。
ここは自分しかいないだろうとフレップ自らが名乗り出たところ、そのまま王宮内の使用人寮で、泊まり込みで準備にかかる事になってしまった。
「それにしても人属の国にしては獣人属のメイドやフットマンが多いのではないのか? 王宮の厨房だろう?」
「それはもちろんハウザー王国の王族をお迎えする為に、獣人属の使用人を招集したからですよ~♩」
「招集した? そんなにあちらこちらに獣人属が居るのか?」
「主にゴルゴンゾーラ公爵家の別邸とサロン・ド・ヨアンナ、それとセイラカフェですね~♩」
ゴルゴンゾーラ公爵家なら知っている。ハウザー王国とラスカル王国の貿易を一手に握っている大貴族だ。
という事はこのメイドもゴルゴンゾーラ公爵家の者なのだろうか。
「それなら君もゴルゴンゾーラ公爵家の関係の…」
「残念、違いますよ~♪ 私は歓迎会の主催者のポワトー伯爵家のメイドですょ~。私はポワトー
ポワトー伯爵家?
そう言えばロックフォール侯爵家主催の歓迎会の時は左翼の筆頭に座っていた女性がポワトー
今回の留学の手はずを整えたのは右翼に座っていた清貧派の貴族だ。左翼に座っていたのが教導派の貴族だと。
さらに王家と共に明後日の歓迎会を取り仕切るという事は、このメイドの主人は教導派の筆頭という事なのだろう。
たしか祖父が枢機卿、父が大司祭と聞いている。
教導派での筆頭は現教皇の生家であるペスカトーレ侯爵家だと言うが、実際に力を持っているのはポワトー伯爵家かも知れない。
そう言えば教導派の枢機卿家三家の中で、ポワトー伯爵家だけは交換留学の娘も出していない。
そのポワトー伯爵家のメイドと関わりが持てたという事は僥倖なのだろう。それも現当主の側付きメイドだ。
フレップはこの側付きメイドから情報を引き出す算段を始めた。
さすがに彼女の主人に直接渡りをつけることは無理だろうが、こちらの情報と引き換えに自分に有利な情報を引き出す事も可能だろう。
ここは彼女の話に乗っておくのも良いかもしれないな。
「そう言えばフレップ男爵さんのご領地はどんなところなんですか~?」
「ハハハ、男爵だなんて。俺は男爵家の四男だから爵位なんて」
「でも、王族の筆頭使用人に選ばれたのでしょう? 帰ればきっと爵位も夢じゃないですよ~♪」
「まあな。上手く事を運んで手柄を立てれば叙爵も有り得る話だな」
「やっぱり、第二王子が王太子に指名されたら? でも、そんな事になればサンペドロ辺境伯家が美味しい所を攫ってゆきそうな~♩ 的な?」
「ああ、そうだろうな。しかし第三王子が王太子に指名されれば、貴族派の発言力は一気に上がるのだよ。血筋重視の第一王子や武闘派の第二王子の取り巻き貴族では、政治や領地運営など無理なのだ。しっかりした南部の領主貴族や宮廷貴族の力こそ重要なのだよ」
「うん、うん、分かりますよ~♪ ちゃんと政治ができる貴族が国を動かすんですよね〜。王族なんて飾りですよ〜。偉い人にはそれがわからないんですよね〜♫」
「そうなのだよ。君はよく物事が見えているな。やはり派閥の筆頭の貴族様のメイドだけある。俺もその意見には賛成なのだ。王族など飾りなのだから大人しく宮廷貴族の指図に従っておれば良いのだよ。その為には小賢しい事を申す王子など廃嫡するべきなのだ。そもそも第一王子は粗暴で思慮が浅く身勝手な男なのだ。その上、後ろ盾となる公爵家は権威と権力で幅を利かせて私利私欲に走っているクズだ」
「だから第二王子様の筆頭使用人になったのですね〜♪」
「いや、第二王子は頭の切れるお方だが伝統や身分を蔑ろにされているんだ。得体の知れない平民上がりの、人族の
フレップの憤懣は留まらず、いつまでも吐き出され続けていた。
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