第7話 歓迎セレモニー
【1】
そうだ。
私(俺)の記憶にエヴァン王子とエヴェレット王女の存在は無い。
なにより、ハウザー王国からの留学生で、しかも王位継承権二位と四位の重要人物だ、ただのモブであるはずが無い。
ゲーム後半のイベントはハウザー王国絡みの事件が目白押しだ。この先ストーリーに関わらないはずが無いのだ。
なによりクライマックスはハウザー王国との戦争イベントなのだ。
ハウザー王国との全面戦争を回避する事がゲームクリアの絶対条件で、それでも局地的な抗争はおこり、ゴッダードの街はその戦闘に巻き込まれるのだから。
悪役令嬢の三人もハウザー王国絡みの事件で失脚する。
ファナ・ロックフォールは大量のハウザー王国からの逃亡農奴を招き入れて南部開拓を推し進めようとして、ハウザー王国と軋轢をおこして戦争の口火を切ってしまい修道院に蟄居させられる。
ヨアンナ・ゴルゴンゾーラはハウザー王国との通商を推し進め、ハスラー聖公国との協約を破って国内のリネンや綿布を大量にハウザーに流し、更には武器迄輸出しようとして断罪され追放される。
そしてジャンヌ・スティルトンは南部やサンペドロ州の逃亡農奴を糾合し、貴族の搾取を糾弾する兵を挙げて反乱を起こして斬首刑に処される。
ファナとヨアンナは殺される事は無いが、平民であり逃亡農奴の精神的支えでもあるジャンヌはどの状況でも斬首、火炙り、磔だ。
ただ、この一年私たちの努力で事態は大きく好転している。
逃亡農奴は南部でもサンペドロ州や周辺諸州でも収入が増えて生活が向上している。少なくとも領地貴族との関係は良好だ。
ハウザー王国との貿易に関してもハスラー聖公国との協約の範囲内で事は運んでいる。年末には清貧派諸領に有る水力紡績所が一斉に稼働し始める。
ハスラー聖公国が泣こうが喚こうが生産力でも価格でも絶対に太刀打ちできない局面は整っている。
そしてジャンヌの悲願であった、救貧院の解体も完了し、紡績工場をはじめとする株式組合組織や農業共有組合組織によって労働力の受け皿も整いつつある。
この先気は抜けないが、順風満帆のはずだったのにこのイレギュラーキャラは一体なんだ!
シナリオ補正がかかっているのか?
このハウザー王国の王子・王女の出現で事態がまるで見えなくなった。
あからさまな敵とは言えないだろうが、気を許して良い相手とも思えない。
【2】
私が思考の淵に沈んでいると、手を引っ張る者がいた。
気付いて見上げるとレーネが私を引っ張っていた。
「セイラさん。王子、王女殿下にご挨拶に行かなければ」
そうだ。
Aクラスでは末席の下級貴族は私とレーネ。上座の上級貴族の挨拶が終わったのようで、下級貴族の挨拶の順番が回って来たのだ。
招待客は二年と三年のCクラスまでの貴族だが、子爵家の最末席とは言えAクラスでこれから同級生となるのだ。
当然下級貴族ではレーネと私が一番初めに挨拶する事になる。
まず先にレーネ・サレール子爵令嬢が挨拶を行う。
私はレーネに続いて王子と王女の前でカーテシをして、二言三言挨拶の言葉を告げると終わりだと思っていた。
「その娘は私の従姉になるかしら」
ヨアンナより声が掛かる。
「ああ、パブロの主人というのは君の事か」
「カタリナ修道女は君から治癒魔術を学んでいるとか申していたが、その方面の達人のようだね」
まあ、この二人の周りは私の関係者ばかりだし直ぐにこういう話は耳に入るのだから隠す事も有るまい。
「仰る通り、パブロはカンボゾーラ子爵家のアッパーサーヴァントです。ハウス・スチュワードをこなしておりましたが、ヨアンナ様の是非との要請で父に許可を頂きこのように差配させていただきました」
「うん、優秀なサーヴァントをつけて貰い感謝する。…なあ、なぜ彼はいつも秤を持ち歩いておるのだ?」
初めの質問がそこかーい。
「もともと、アヴァロン商事で商人見習いをしておりましたので…」
あれで敵を叩きのめすなんて言えないものなア。
「それよりも治癒魔術だ。カタリナの治癒魔術は聞いた事の無い方法だ。一体その年でどうやって修得したのだ。君が独自で考え出したのかい?」
好奇心なのかそれ以外に何かあるのか、エヴェレット王女の食いつきが凄い。
「これは、そもそも私の理論は南部の闇の聖女様が考えられたものです。とても斬新なお考えをお持ちの方で、私はその方とその愛弟子の方よりご教授賜って使える様になりました」
「そうなのか、カタリナ? 其方はセイラ・カンボゾーラに教わったと言っていたが?」
「私が初めて目にしたのはセイラ様の治癒施術でした。その後は聖女様の一番弟子のアナ司祭様に師事し、セイラ様とお二人にご指導いただきました。聖女様にもお教えいただきましたが、施術ではセイラ様も聖女様に劣らぬ技量をお持ちです」
「ほう、ラスカル王国には闇の聖女がいらっしゃるのか? 闇と言う事は闇の聖属性をお持ちの方なのだろうな」
それまで妹の会話を横で聞いていたエヴァン王子が口を開いた。
「よくご存じで御座いますね。その通りで御座いますよ。私の祖父であるポワトー枢機卿の治療を聖女様とセイラ様のお二人にお願い致しておるのです。お二人ともその修道女様が申す通り、確かな技量をお持ちの治癒術士様ですわ」
カロリーヌが口を開く。
「それだけでは無いぞ。闇の聖女は奥ゆかしく美しい上に、気高くて慈悲深い。救貧院の子供たちを憐れんで、国内の救貧院からの収容者の解放を達成したのも聖女の力だ」
ジャンヌの話題になったので我慢できなくなったジョン王子が口を挟んできた。
「その通りです。同じ聖属性の保持者でも、どこぞの誰かとは人としての出来が違う。聖属性持ちで貴族であるからと言って人品骨柄まで高貴とは限らないのですよ」
「おい! ヨハン様、終わったら表で待ってるからな」
「僕はお前の事とは言っていないぞセイラ・カンボゾーラ。それとも心当たりが有るのか? お前ごとき風魔法で粉砕してやれるがな」
「そういう事か。君も聖属性持ちなのだなセイラ・カンボゾーラ」
私とヨハンの口喧嘩をスルーしてエヴェレット王女が話しかけてきた。
今の会話で気付いたのだろう、頭は悪く無いようだ。
「ええ、そうなのですよ。我がAクラスは闇と光の両属性が在籍している。おまけに今年からはハウザーとラスカルの王子も在籍する。その上ハウザーの王女まで。私もクラスを仕切る宰相の息子として鼻が高い」
イアン! お前は一度でもクラスを仕切った事が有るのか! 何より王族が居るのも聖属性持ちが居るのもお前とは関係無いじゃないか! 何を自分の手柄の様に誇ってやがる。
「ちょっと待ってくれ! と言う事は闇の聖女も私たちと同じ年齢なのか? てっきりずっと年上の方だと思っていたがクラスメイトなのか?」
エヴェレット王女驚きの声を上げる。
「ええ、そうですよ。今日は貴族だけの集まりですから平民は来られ無いけれど、王立学校の寮に入ればすぐにジャンヌさんに会えますよ。入寮すればすぐに皆でお茶会を致しましょう」
王妃派と言ってもジョン殿下たちはジャンヌのおかげで獣人属には寛容だ。何やら和気藹々とした雰囲気が出ている。
どちらかと言えば招いた教皇派の貴族の方が溝を感じる。
「ジャ、ジャンヌと言うのか? その聖女の名前は? 平民と申したが苗字は有るのか? フルネームは何というのだ」
いきなりエヴァン王子が身を乗り出して尋ねて来た。
「えっ、ジャンヌさんのフルネームはジャンヌ・スティルトン。騎子爵の娘です」
それを聞いてエヴァン王子は目を見開いて口を噤んでしまった。
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