第54話 情報交換
【1】
エマ姉にはジャンヌと常に一緒に行動するように、リオニーとナデテにも校外や寮内ではいつもジャンヌの周りを警戒する様に頼んでおいた。
私は学内や寮内ではクロエに付いてまわっている。
気になるのはアントワネットに来た手紙が何処か投函されたかの確認だがこちらから頭を下げて聞きに行くのも業腹なので進展がない。
ヨアンナやファナを通してと言ってもあの二人もアントワネットとは対立しているので頭など下げないし口さえ聞かないだろう。
それでもヨアンナが寮監からあの日もその前日も手紙などの言伝は受けていないと教えてくれた。
それなら多分クロエと同じ方法だったのだろうとは想定できる。
そう想定して下級貴族寮や使用人寮での情報収集を進めていると、アントワネット・シェブリから接触があった。
安全の為あの日からクロエと共に学校の食堂で昼食をとるようにしたのだが、そこにアントワネットがまた現れたのだ。
「クロエ・カマンベール様、ごきげんよう。少々お話を宜しいでしょうか?」
「ええ、宜しゅうございますわ、シェブリ伯爵令嬢様」
「セイラ・カンボゾーラ! 貴女には聞いておりませんわ」
「アントワネット様、この間は従妹のセイラさんを通してご忠告有り難うございました。食事の途中で不調法では御座いますが是非ご一緒していただければ嬉しいですわ」
「それでしたら、私はお茶だけで結構ですわ。食事を注文するとその後に不埒な事をするヤカラがいるようですので」
クロエの言葉を受けて向かいの席に腰を下ろしたアントワネットはおもむろに口を開いた。
「この間はご忠告頂いたので今回もご示唆いただけると助かりますわ」
「重ねと申しますがセイラ・カンボゾーラ。手紙を受け取っていない貴女には関係ない事ですわよ」
さすがアントワネット・シェブリ。誰に手紙が入ったのか把握は出来ているようだが、どこから洩れたのか気になるところでもある。
「そう仰らずに。セイラさんは私の従妹ですしカンボゾーラ子爵領もこの件については無関係では御座いませんし」
「仕方御座いませんわね。それでは単刀直入に申し上げましょう。共闘いたしませんか」
「共闘…?! で御座いますか?」
「否とは申しあげませんが私たちにどの様なメリットを示して頂けるのでしょう」
「セイラ・カンボゾーラ。貴女は何でも損得勘定で話をするのは控えた方が宜しくてよ」
「そうですわセイラさん。アントワネット様がこうして歩み寄って下さっているのですから」
クロエにまで注意されてしまった。
「クロエ様、ハッキリと申します。相手の動向が掴めないので動きようが無いのですよ。こうして待ちの姿勢でいるのは神経を使うだけでイライラするのですわ」
それは解る。
未確定な事の警戒はゴールが見えないマラソンのようなもので力の配分も難しい。
「それなら取り敢えず情報の共有を致しませんか?」
私からの提案にアントワネットは顔を顰めてそれでも頷く。
「それではあなた方の知っている情報を教えていただけるかしら。まあ私達が信用出来ないと思うならそれでも構わないわ」
別に隠す様な情報もないのでここは正直にさらけ出した方が良いだろう。
「別にそんな事は御座いませんわ。アントワネット様か情報を頂いてから下級貴族寮に確認に戻るとなんでもクロエお
「それは私と同じね。私の部屋のドアに差し込まれていたとメイドが言っていたわ。あの日の昼にね」
やはり推測どおりだ。犯人は先にアントワネット・シェブリの部屋に手紙を入れてその後下級貴族寮に向かったのだろう。
「上級貴族寮はメイドの人数も多いし使用人寮から入ってくるメイドも多いのでまるで見当がつかないわ。それにしてもここの食堂の茶葉は質が悪いわね!」
アントワネットは後ろに立つ取り巻き令嬢が淹れたお茶を一口飲んで話を続けた。
「それに下級貴族も入ってくることができますものね」
「それならば下級貴族寮も上級貴族なら簡単に入ってこれますわね」
そう、上級貴族なら顔パスだ。…盲点だったがその可能性がないとは言えない。
「結局校内の女子なら誰でも入ろうと思えば入れるのですわ。平民生徒だってメイドのフリをすれば入ることはできるのですから。それに職員だって聖職者だってシロではありませんのよ」
アントワネットの言うとおりだ。そこまで言うということは職員や聖職者は調べが付いているという事なのだろうか。
「ですからその様な手間のかかる事をやる気もありませんの。使用人など金で雇えば誰でも使えますしね」
金で動く使用人しか使ったことがない人間の言うことではあるが、否定はしない。ただセイラカフェのメイドにそんな娘はいない。
「使用人寮や部屋付きメイドについては探らせていますが、該当するような娘は今のところ居りませんね」
「それは重畳。やはり下々のことは下々に任せるのが宜しいわね」
この女の言動はいちいち癇に障る。
「アントワネット様はなにかお調べに?」
クロエの問いかけにアントワネットが答える。
「ええ、少なくとも上級貴族でマルカム・ライオルに好意を寄せるものはいませんでしたね。家格はともかく成績も底辺で上級貴族でありながらDクラス。おまけに後輩に負けて漏らすような男に誰が魅力を感じるものですか」
「親族や縁続きの令嬢もいないのでしょうかね?」
「セイラ・カンボゾーラ、成り上がりの貴女には解らないかもしれないけれどライオル家に縁するものはそれこそ自分の家の恥を晒すようなもの。関わるのも汚らわしい唾棄すべき家系よ。誰が好んで関わろうなどと思うものかしら」
まあ彼女の言っていることは最もなことだが肉親の情と言うものもあるだろうに。
「情など愚か者の戯言でしょう。あの一族に限っては親族からも嫌われておりましたしね。Aクラス入をしたアレックス・ライオルでさえも未だに後見人が付かない事を見れば一目瞭然でしょうに」
「それでも恋仲だったとか婚約者がいたとか…」
「さあ? 男爵家の三女や四女とか平民とかなら誑かされた者も居たかもしれませんが私の耳には入ってきていませんわ」
あからさまな色恋沙汰はなかったということか。まあそれ以上は本人たちしか判らない事もあるだろうからここ迄だな。
「まあ、マルカム・ライオルが気を引こうとしていた令嬢はいますがその娘は同級生の近衛騎士にご執心で歯牙にもかけなかったようですけれど。ですからその近衛騎士を殊更に憎んでいたようですわね。自分が醜態を晒した相手ですから尚更でしょけれど」
ああ、そう言うことか。クロエに持参金代わりに山の権利を要求していたからな。
「まあ、マルカム様にもそのような方がいらしたのですか。でも相手がその気でないなら協力などされないでしょうしね」
「同級のクラスメイトや第一王子からも見初められているようでしたが、まあこの程度の愚鈍な女なのだから仕方がないですわ」
アントワネットが忌々しげに吐き捨てた。…クロエってモテるんだね。
「あとはマルカム・ライオルの居場所ね」
「クロエ様は近衛騎士団にはお顔が広いのでしょう。兄上も誑かした男もいるようですし」
「そっ、そのような事は致しません!」
クロエが珍しく怒気を含んだ声で反論するのをせせら笑いつつアントワネットは続けた。
「まあ中隊長程度の情報なら改めて聞くまでもありませんわ。教えて差し上げましょう。副団長の辞令によると北部のハッスル神聖国との国境の港だそうよ。王族の外洋船の警備だとか聞いたけれど」
王族が持つ船の警備。ハッスル神聖国へもハスラー聖公国へも陸路で行けるしそのほうが早い。
そもそも王族が船旅などする事はないのだ。要するに閑職である。
「そこから先は分からないわね。またなにか分かればこの娘たちに連絡をお入れなさい」
そう言って後ろに控えた令嬢たちを指し示すと、アントワネット・シェブリは席を立って帰っていった。
そして下級貴族寮に帰ってあの日の上級貴族の来客があったか調べると一人いた。
ヨアンナがフォアを連れてウルヴァのところに遊びに来ていたそうだ。
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