第53話 疑問

【1】

 午後の授業が終わって帰寮するとアドルフィーネが報告にやってきた。

 手紙の内容もナデタを通して書き写してもらったと言って渡してくれた。

 私は昼に見せられたアントワネット宛の手紙の内容を思い出しながらクロエの手紙と読み比べてみた。


 カマンベール子爵家に対する罵倒が増えているが内容に大きな違いはないように思える。

 両家と同じ様にカンボゾーラ子爵家に対しても罵詈雑言が書き連ねてある割にはなぜ私のところには手紙が来なかったのだろう。

 それにルカのところにも来ていないというのだが、クロエに送るよりルカに送る方が妥当な気はする。


 まあ私のことをよく知らないから書かなかったのかもしれないし、同級生の弟のことを考えて外したのかも…それは無いかな。

 アレックス・ライオルの日頃の言動には二人の兄に対する尊敬もリスペクトも微塵も感じられない。

 そう考えるとマルカム・ライオルがそこまで弟のことを考えるとも思えない。


 ルカに対しても近衛騎士団の隊長に直接手を出すのを恐れたのかもしれないが、あるいは妹を狙ったほうがルカに対するダメージが大きいと踏んだのかもしれない。

 しかしアントワネットやクロエに直接手を下すとなると王立学校の女子寮ではかなり困難が伴うと思うのだが。


「手紙だけの嫌がらせとも考えられるわね」

「その可能性は十分ありますがそれでももしものときの言い訳にはなりません」

「そうね。マルカム・ライオルを確保するまで気は抜けないものね。それで彼は一体どこに飛ばされたの?」

「北部のどこかの男爵領だそうです。正確な赴任先はルカ様も判らないそうで調べて見ると仰っておりました」


 アドルフィーネの聞き込んできた情報よるとマルカム・ライオルは副団長のエポワス伯爵の派閥の第七中隊に所属していたそうだ。

 その第七中隊の中隊長はモン・ドール侯爵家の次男で教導派の権威主義の塊のような男らしい。

 その為中隊員は上級貴族子息で占められており子爵子弟すら今は居ない。


 マルカム・ライオルは第七中隊に配属されて一年目の秋に新入団のウィキンズと練習試合をして絞め落とされて醜態を曝したそうだ。

 その為中隊での立場も低かったのだが、王立学校での成績も振るわなかったそうだ。常にDクラスで…上級貴族はそれより下がる事は無いのだが三年間上がる事はなかった。

 その為卒業の時点で騎子爵の称号しかもらえなかった。王立学校出の上級貴族は通常準男爵として叙勲されるので、騎子爵と言うのは低いのだ。

 そして叙勲後すぐに実家の爵位剥奪である。

 在学中は実家と第七中隊の権威を笠に着て素行も悪かったマルカムは平民出の騎士にはもちろん下級貴族出身の騎士団員からも嫌われていた。

 爵位を失った騎子爵の若造近衛騎士を受け入れる中隊は無かった。

 秋に戻って来たマルカム・ライオルに近衛騎士団の中には居場所は無かったのだ。

 そして厄介者と化したマルカム・ライオルは副団長のエポワス伯爵によって何処かの僻地に追い払われたと言う事だ。


 哀れと言えば哀れではあるが自分で蒔いた種でもあり同情心はわかない。

 今日のクロエ達三年生の話を聞くまでも無くロレインやマリオンからもマルカム・ライオルや同級のアレックス・ライオルの行状は聞いており嫌われて当然だと思う。


「そう言えばAクラスの同級生にもモン・ドールと言う男とエポワスと言う女がいるわね」

「ええ、ルイス・モン・ドールは侯爵家の四男で、メアリー・エポワスは伯爵家の三女ですね」

「ああそうなんだ。それでモン・ドールはイヴァンと仲が悪いんだ。同じ近衛騎士なのになぜだろうと思ってたんだよね」


「それでマルカム・ライオルは王都に舞い戻っている可能性が強いと言う事よね。どうせ飛ばされた任地でも閑職だろうし、もしかすると仕事自体も辞めている可能性も高いものね」

「それもグリンダ様にお願いしております。ただ調査を命じてはおりますが少々難しいかと思います。教導派の上級貴族にはセイラカフェのメイドのネットワークも通じませんし、情報を得るにも伝手が少ないので時間がかかるでしょうね」

 無いと言わないところがグリンダの配下のすごいところだと思う。


「女子寮での警護はナデタに任せるとしてルカ様も動いてくれるでしょう。後はアントワネット・シェブリの動向を調べる位かな。こちらから動こうにも相手の情報が少なすぎるものね。クロエお従姉ねえ様の専用メイドを増やそうか?」

「いえ余り騒ぎ立ててもどうかと思いますし使用人寮にメイドを増やしても護衛には成りません。それよりも脅迫状はブラフでジャンヌ様やセイラ様を狙う可能性もありますから平民寮でもナデテやリオニーに警戒するように指示を出します。セイラ様も警戒は怠りなく」

「そうね。でもそうなるとウルヴァの事が少し心配ね」

「ウルヴァ、貴女は何かあれば身を守りながら状況を私たちや周囲の先輩メイドに応援を求める事を一番に心がけなさい。あなたが人質に取られるとセイラ様の身が危険に晒されるから。セイラ様一人なら近衛騎士一人くらいなら倒せるのですからね」

 ウルヴァは緊張した面持ちで頷いた。


「これで懸念事項は全て話せたかしら?」

「あと一つ気になることが御座います」

「?」


「手紙の投函経路なのです」

「アントワネットの手紙は判らないけれど、クロエお従姉ねえ様の手紙はチェルシーが受け取ったのでしょう。寮監に届けられたのではしょうけれど、寮監の聖導女には聞いてみたのでしょう。ああ、でも男なら警備員に止められるから寮監の所にすら行けないわね」

「実はそれが違うのです。手紙はクロエ様の部屋のドアの下に差し込まれていたそうなのです」


「えっ! そうだったの!」

「ええ、チェルシーが昼食の後の歓談の為に茶筒を取りに部屋に戻った時に気付いたそうで。手紙の差出人の名前を見て慌ててクロエ様のところに戻ろうとしてセイラ様と鉢合わせたと言っておりました」

「と言う事は下級貴族寮内に手紙を持ち込んだものが居ると言う事なのね。生徒なのかメイドなのか。手紙が投函される前に最後にドアを見たのはいつだか聞いている?」

「ええ、昼食前にチェルシーは部屋の片づけをしており昼食の給仕の為に部屋を出たのが昼の鐘が鳴った時。その時には無かったと言う事ですから昼食の間の一刻ほどのうちに入れられたのでしょう」

「そう、そのタイミングならば下級貴族寮のほぼ全ての女子学生が該当するわね。メイドも部屋付きだけでなく使用人寮のメイドも対象に入ってしまうわ。少なくともマルカム・ライオルに女性の協力者が一人いると言う事よね。厄介な事になったわね」

「一人なら宜しいのですが、シェブリ伯爵令嬢も同様とすれば上級貴族寮にも同じく協力者がいるかも知れませんね」

「可能性としては使用人寮のメイドなら寮監に咎められずどちらの寮にも入る事が出来るから確率は高いわね。時間差を考えれば上級貴族寮で下級貴族寮の順番で回ったと思うのだけれど」

「それは帰ったら早急に調べてみます」

「お願するわ。でもこれはあくまで仮説よ。二人以上の協力者がいる可能性も十分にあるのだから」

 どうも思った以上に厄介な案件になりそうだ。

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