第52話 手紙
【1】
昼食を早めに切り上げてクロエの下に急いだ。クロエは下級貴族寮の食堂で昼食をとる事が多いから寮にいるだろう。
私が行くのと同じくしてクロエのメイドのチェルシーが慌てて駆けてくるのと行き合った。
「マルカムからの手紙が来たのね」
「ええ、それではセイラ様の所にも?」
「いえ、私はアントワネット・シェブリから聞いたの。私の所にも来ているかもしれないけれどまだ確認はしていないわ」
「そうなのですか。あの一体何が書いてあるのでしょうか?」
「ただの世迷いごとよ。狂人の妄想ね。でも狂人だから理屈が通じないから困った事ね。クロエお
「私では駄目でしょうか…」
「ごめんなさい。そう言う意味では無いの。あなたにも危険が及ぶ可能性があるのよ。武術の心得があるナデタならクロエお
「そうですか…それならば」
チェルシーも不満そうだが納得は出来た様なので二人でクロエの下に向かう。
クロエはカミユ・カンタル子爵令嬢たちと昼食後の歓談の最中だった。
「お
私の言葉にチェルシーが一礼して手紙を差し出す。
クロエは頷いて手紙の封印を割り読み始めると見る見る顔色が変わり始めた。
「クロエ、私にも見せて貰ってよいでしょうか?」
カンタル子爵令嬢がクロエから手紙を受け取った。エダム男爵家令嬢やサヴァラン男爵令嬢も覗き込んで来る。
「マルカム・ライオル!」
「まあ、これは、なんという…」
「これは事実なのですか?」
「はっきり申し上げます。すべては彼の思い込みですわ。なによりカマンベール子爵家の領地で、採掘をしたシェブリ伯爵家はそれだけの料金を払っております。それに金鉱と言われている場所は採掘口の爆発と有毒ガスで作業中止の状態です。そもそもが没落の原因はライオル家の悪事が原因ですからね」
「そうでしょうとも。私たちもマルカム・ライオル在学中には色々と嫌がらせを受けておりましたからどんな男かよく承知しております。セイラさんが来られたと言う事はセイラさんの所にも手紙が?」
私はエダム男爵家令嬢の質問にアントワネットととの会談の経緯を話した。
「あの女、クロエお
「以前もマルカム・ライオルの後ろで糸を引いて嫌がらせを仕掛けてきた事が有りましたよ。でも肝心のマルカム・ライオルは今どうしているのでしょう? いったいどこで何をしているのでしょうか?」
「そう言われれば今どうしているのでしょう? 近衛騎士団の寮にいると以前伺ったのですが」
カンタル子爵令嬢の言葉にクロエも首を傾げた。
「ルカ様に確かめる、と言うよりマルカム・ライオルは近衛騎士団に居所が良くあったと思うのですが」
チェルシーがボソリと言った疑問に私たちはハッとした。
そう言えば私はアレックス・ライオルが同級生でいるので普通にマルカム・ライオルも近衛騎士団の寮にいると思っていた。
学校などよりも身分による対立の激しい近衛騎士団で上級貴族の伯爵から準男爵に没落してやって行けるのだろうか。
「そうですわね。学生時代でも上級遺族の権威を笠に着て好き勝手をしておりましたもの」
「そうですわ。ウィキンズ様に…ケイン様にも色々と嫌がらせをなされていましたから。それにも負けずウィキンズ様は…」
「近衛の同級生の何人かは取り巻きで使い走りをさせられていたようですし、平民出の近衛騎士の中にはひどい目に合わされた同級生や後輩もいたようですよ」
カンタル子爵令嬢の発言にクロエや他の令嬢たちも相槌を打った。
「私ウィキンズ様に聞いてまいります。…ああでもこのお話をするとウィキンズ様に心配をおかけする事になるかも」
「それならばナデタにでも聞きに行かせれば。あの娘なら卒無く聞き出してくるのではないですか?」
逡巡するクロエにそう提案するとクロエはサッと立ち上がった。
「いいえ、それではいけませんわ。私がしっかりしないと。これからウィキンズ様の所に聞きに行ってまいります」
そうして私たちは五人揃って騎士団寮に赴く事になった。
別に今すぐでなくても良いし、放課後にルカに聞けばもっと良く判るだろうにみんなそれまで待てないようだ。
【2】
騎士団寮に向かう前にチェルシーに頼んでアドルフィーネとウルヴァに伝言を入れてもらった。
寮につく頃にはウルヴァが私宛の手紙は来ていないと告げに来て、アドルフィーネは近衛騎士団に向かったことを教えてくれた。
ウィキンズにはクロエに脅迫状が来たことは隠して、マルカム・ライオルがカマンベール子爵家に対して復讐を企んでいると言う警告をアントワネット・シェブリから聞いたからと言うことにしておいた。
ウィキンズの話では、王立学校卒業後すぐに近衛騎士団寮に移り住んでいたそうだが、新年度を迎える直前にあの事件が発生して長期の休みを取って居なくなったそうだ。
九月の終わりに近衛騎士団寮に帰ってきたようだが、数日と置かず騎士爵の任命とともに地方への移動の辞令が出て姿を消したという。
そもそも王室を守る近衛騎士団で地方への移動などありえない。移動先も辞令の内容も下っ端の学生近衛騎士であるウィキンズに知る由もないことではある。
「もしかするとマルカム・ライオルだけでなく彼の友人たちも何かするかもしれませんわ。クロエもですが私たちもあの男には色々と嫌がらせをされてきましたもの。レオナルド様何かあれば守ってくださいましね」
なぜかサヴァラン男爵令嬢がウィキンズの友人の王都騎士団員に護衛を頼んでいる。
「シーラ様も身辺はお気をつけてください。授業中、学校内では俺が気をつけることが出来ますが、騎士団に訓練に出ている時はくれぐれも外出は控えてください」
「ウォーレン様、私もクロエ様のように王都騎士団の訓練にお邪魔してもよろしいでしょうか? それならば安全ですもの」
エダム男爵家令嬢ともう一人の王都騎士団員の間でも似たような会話がされている。
それを聞いていたカンタル子爵令嬢はため息をつくとウィキンズに「ケイン様が帰っていらっしゃったらねぎらって差し上げてくださいまし」と告げた。
騎士団員寮の帰り道いつの間にかクロエの背後にナデタが付き従っていた。
「クロエお嬢様、しばらくは部屋付きメイドとして私がチェルシーと交代致します」
「えっ? でも」
「何かあれば、チェルシーにも危険が及びます。使用人寮ではアドルフィーネと同室にさせて安全を図ります。しばらくは学校と寮の送り迎えも私がいたします」
「でもそこまではしなくても」
「クロエお
「そうです。ルカ様のところにいらっしゃるのは構いませんが、行き帰りは私がご一緒いたします。できればケイン様かウィキンズ様もご同行できるようにルカ様にお願いいたしましょう」
「ええ、それは良いわね。お願いいたしましょう」
その一言でクロエは急に機嫌が良くなった。
私が一言言おうとする前にカンタル子爵令嬢が口を開く。
「ナデタ、主人を甘やかしすぎるのは良くないと思うわよ」
うん、私もそう思う。
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