第114話 夏至祭のファッションショー(午後)

【2】

 鐘一つ分の昼食休憩時間を挟んで午後の部が開演する。

 鐘半分の一刻まえに開場となるが、後方の自由席や立見席の入場者は少しでも良い場所を確保するために入り口周辺に早くから集まっている。


 今年もエントランスホールには売店が設けられ、テーブル席が闘技場の屋外にもカフェテラス方式で多数並べられている。

 昨年の売店が好評で、何よりロックフォール侯爵家のスイーツが味わえると評判を呼んで大盛況だ。


 入場を待つ客の中には服飾業界の商人や商店主たちも多数混じっており、すでに商談や牽制が始まっている。

 午後の部は昨年と同じ一商店二点の縛りがあるが参加商店は多い。

 午前の部に出店した高級服飾工房も多数残っている上、昨秋のファッションショーで発表された皮革製品の工房やそれに触発された革製品加工業者も参入したからだ。

 どうも一人分の衣装を複数の商会が分担して一点として参加している商店も有るらしい。


 そんな中会場と同時にメアリー・エポワス伯爵令嬢に先導されてエヴァン王子とエヴェレット王女の両殿下が現れた。

 お付きにド・ヌール夫人と王女付きメイドのアドルファが付いて来ている。

 アリーナ席の最前列を買っておいてなぜこんなに早く来たのかと不審に思っていると、メアリー・エポワスはアリーナ席を八席も買っていたのだ。

 そしてその内四席は潰してテーブルを設えさせていた。


 おい、金に飽かせてやりたい放題だなあお前。エマ姉がメアリーからどれだけふんだくったか想像すると頭が痛くなる。

 そしてそこに売店のスウィーツやスナックとコーヒーを大量に購入し、ド・ヌール夫人とアドルファに給仕させている。


「王女殿下、ここの売店の物はロックフォール侯爵家のプロデュースした物ですのよ。校内のどの食堂よりも味が格段に上ですから外で頂くより味も品質も上なのです」

「僕は美味いコーヒーがいただけるだけでも嬉しいよ。それにコーヒーに合うスウィーツも絶品だね」

「エヴァン王子殿下が名付けられたアーモンドハウザーコーヒーも御座いますよ」

「さすがに余の名前を出されると気恥ずかしいものがあるな。しかしこのホットケーキは悔しいが発祥のハウザー王国より美味であるな」


 和やかに歓談するエヴァン王子殿下たちをよそに貴賓席にバイヤーや出店商会の関係者たちが集まり始めている。

 席に着いたバイヤーたちにメイドが資料に添えてコーヒーと鉛筆を手渡して行く。

 先ずは鉛筆に興味を持った商人たちから次々に売買交渉が始まった。購入申込書が次々に記入されてメイド達に回収されて行く。


 いつの間にかエヴァン王子殿下の周辺の席も埋まり始めていた。すぐ横の席にヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢とルカ・カマンベール近衛騎士団中隊長が並んで座っている。

 しかしその横にはストロガノフ近衛騎士団長、そして数人の大隊幹部を挟んでエポワス副団長その後ろには王都騎士団の将校クラスがずらりと並んでいる。


 …?

 いったい何なのだろう。メアリー・エポワスが券をバラまいたのだろうか?


【3】

 始まりは昨年からの人気を踏襲したコルセットを廃したベストやウェストコートをアレンジしたスリーピースやツーピースのドレスが披露される。

 まあこの国でのウェストコートとベストの違いなんて腰より下か上かの違い程度なのだが、それが今の王立学校では派閥の象徴になっているのはもどかしい事だ。

 最近では聖教会と関係の薄い貴族や平民の間ではTPOに合わせて使い分けている者もかなりいる。


 最近はそういう柔軟な娘たちに反発する原理主義的なジャンヌ信奉者を抑える為も有って、ジャンヌと私が時によってはウェストコートを着用して過ごしたりと気を使っているのだ。

 今日も私はベストでジャンヌはウェストコートと言ういで立ちで、お揃いのデザインコーデで参加している。


 今年の午後のファッションショーはコットンがメインだ。

 秋は革をアピールしたがさすがに夏至から盛夏にかけてのこの季節には向かない素材だ。

 幾つか乗馬用のスカートとキュロットが紹介されたがその割には客席に皮革関係者が多い気がする。


 リネンやラミーの生地のドレスが多く出されたが、コットンと併せたドレスもかなり出品されている。

 敢えて絹は午後の部に出展させていない。

 清貧派の上級貴族でもシルクのドレスを誂えられるのは限られている。

 それにヨアンナはそういう方面で目立つ事は嫌う。リネン地のベストやウェストコートやジャケットの下に絹のシャツを着る様なタイプなのだ。

 ウェストコートの前面にだけ絹生地を使って悦に入っている教導派令嬢を、品が無いとせせら笑っている。


 カロリーヌやファナは立場上絹地のベストをつけているが、清貧派の上級貴族で絹地の物をつけて舞台に上がる生徒はいない。

 何より伯爵令嬢クラスの女生徒には清貧派教導派関係なく、メアリー・エポワス伯爵令嬢が睨みを聞かせ、エヴェレット王女殿下ですら絹生地を我慢しているのに不遜だと圧力を掛け廻っている。


 舞台も後半に差し掛かると学内に婚約者のいる三年の貴族令嬢たちが次々に舞台に現れ、それに併せてエスコートする男子学生が舞台に上がって行く。

 そこでやっと私もエマ姉たちが仕掛けた今回のショーの意図の一部を理解できた。


 次々に舞台に上がる男子生徒に圧倒的に騎士が多いのだ。

 政略結婚で許嫁が決まっている貴族令嬢は教導派が多く、清貧派でも上級貴族令嬢が主だ。

 下級貴族のそれも次女や三女になれば嫁ぎ先も限られてくる。目をつけるのは準貴族の称号を持つ騎士科の卒業生なのだ。

 下級貴族の多い清貧派令嬢にとって騎士科の卒業生は身分もその実力も保証されている。嫁ぐにしろ養子に迎えるにしろ結婚相手としては優良物件なのだろう。


 そして今回舞台に上がる騎士たちは、その典礼服や装備品そして何よりも靴が目玉となっているのだ。

 乗馬服に革の乗馬ズボンやサッシュ、革のベルトや帯剣釣りそして軽装の革鎧を着用しているものもいる。

 そして皆判で押したように爪先と踵の付いたモカシン靴やブーツを履いているのだ。


 皮革関係者と騎士団の幹部が多数詰め掛けている理由は理解できた。

 途中でオズマ・ランドックが舞台に上がり説明を始める。

 爪先と踵に木製の靴底をつけることにより靴の耐久性が上がり、中敷きと併用することで足のマメも出来にくくなった。

 何より摩耗しても靴底を張り替えるだけで済むのだからコストが大幅に削減される。


「歩兵には必須であるな。隊員の経済的負担も考えれば採用せぬ道理はないな」

「まあこれは我が娘がハウザー王国のエヴェレット王女殿下と改良してあのオズマとかいう娘に作らせたそうだ。この靴は騎兵にこそ必須の品なのだ。なあ、オズマ・ランドック、乗馬靴の説明をしてやれ」

 エポワス近衛副団長が我が物のように大きな顔でオズマに指示を出す。


「はい、こちらの乗馬ブーツと私が持ってまいりました鐙をご覧下さい。このように鐙に力を込める際に爪先の靴底が有ることで足先の負担が減り、力も込めやすくなります。更にこうなって爪先が滑っても、ほらこのように踵が鐙にかかるので足が外れることも少なくなるのです」


「乗馬靴としての機能も向上するとは…」

「近衛騎士団は南大隊は全てこの靴に更新すべきであろうな」

「宮廷内の隠密行動が必要な北大隊以外はこの靴に変更だな」

「オズマ・ランドックと申したか? 王都騎士団はすぐに乗馬靴二百とそのモカシンとかいう短靴を六百購入するから契約書を用意しておいてくれ。価格は言い値で構わん。初期投資として少しばかり高くてもそれだけのメリットは有りそうだ。今後のメンテナンスは交渉させてもらうがな」


 色めきたった騎士団幹部が場にお構いなく交渉を始めたため、女性たちから盛大にブーイングが上がった。

 ショーは継続されたが、騎士団幹部たちはオズマを呼んでエントランスに出て交渉を始めた。

 二階の立ち見席の手すりにもたれてニヤニヤ笑っているイヴァン達近衛騎士団の学生の顔から察するに安全靴の件は秘密裏に進めているようだ。

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