第115話 プレタポルテ
【1】
今年は昨年以上に舞台に上がる三年生が多く、また衣装の着付けやサポートスタッフで入っている平民寮の学生も多かった。
ショーのエンディングでは裏方で関わった全ての女学生が舞台に上げられて会場からは盛大な拍手で称えられた。
これもジャンヌの演出らしい。
舞台上は感極まった少女たちの涙で溢れ非常に感動的なものとなった。
しかしプロデュースしているエマ姉が感動だけで全てを終わらせるはずがありはしない。
出店した各商会が自分たちの衣装を着たモデルを集めてバイヤーたちに説明を始める。更に観覧していたご婦人方やご令嬢もそして立ち見席にいた予科の女生徒達もアリーナに降りてきて熱心に説明を聞き始めた。
昨年はここで既製品のドレス販売を始めたのだが、今年は参加している出店商会も倍以上に増え更に観覧客も、ショーの終了を待って戻ってきた午前の部の入場者や券が取れずに涙をのんだ令嬢方も大挙して押しかけている。
するとどこからともなく現れたエマ姉が全員を従えて会場を出てゆく。
いつの間にかエントランスには発表された服の展示がされており出店商会の名前が立て札に記されている。
そしてエマ姉が借りていた大倉庫は扉が開け放たれて中には色とりどりの服が並んでいるのが見えた。
今回公開されたドレスと同じデザインの
エントランス全体に悲鳴にも似た叫び声が響くと女性たちは、商店主やバイヤーを押しのけて倉庫に殺到する。
そして又倉庫の中でも悲鳴が響き渡った。
そこに展示されているのは大半が大量生産のコットン生地を使った格安品だったからだ。
今までの衣類の十分の一以下の価格で展示されているドレスにご婦人方もご令嬢も半狂乱状態である。
「良いのですか…? こんな価格でドレスを…」
「安価なぁコットン生地でございますぅ。この価格ならばぁ、汚れや痛みを気にせずに普段でもご使用いただけるかと思いますゎぁ」
「どのデザインにしようか迷っていたけれど、このお値段なら全部いただくわ」
「でもどうしてこんな価格で…」
「アヴァロン商事の尽力で綿生地の価格を大幅に下げることに成功いたしまして。あちらで生地の展示販売も致しております。何でしたら生地をご購入されて参加している服飾商会を通してオートクチュールのご検討もいかがでしょうか?」
「やはりこの価格は今回限りということなのかしら? 出来れば実家の従姉妹や姪にも買ってやりたいのだけれど」
「そんな事はございませんわ。これからも私どもシュナイダー商店は安定的にこの価格で綿製品を取り扱ってまいりますのご安心下さい。お気に召したデザインがございましたら後日でも連絡いただければお取引いたしますわよ」
いつの間にか倉庫の中は貴族令嬢や貴族婦人の修羅場になりつつ有る。
既製品のドレスの奪い合いが始まっているのだ。いつの時代にもバーゲンセールの女性のパワーは凄まじい。
ナデテもリオニーもエマ姉も売り込みに回って無いでさっさと止めてやれよ。
どの女性も男には見せられないような顔になってるじゃないか!
【2】
倉庫の中はユニク◯のバーゲン会場のようになっているが、この先こういう光景がラスカル王国内は愚かハウザー王国でもハスラー聖公国でも展開されることになるのだろう。
これまで服は庶民の何ヶ月分もの給料と同額の物だった。
平民や貧乏な下級貴族などは年に一〜二着服が買えれば良いような物だった。
その価格が一挙に十分の一以下に下がったのだ。
今はバーゲンセール程度の喧騒で済んでいるが、ここから経済構造の大変革がおこるのだ。
たぶん今日ここにいる貴族や商家の大半が格安の綿生地や綿製品の購入依頼を出すだろう。
王立学校の平民寮に居る繊維関連の商会や出入りしている服飾業者、そして南部、北西部と私たちの系列や取引の有る繊維業界は再編の手が入っている。
それでも西部、東部、北部の教導派の御用商人たちは混乱に呑み込まれて潰れて行く商会が多数出てくることになる。
始めは綿取引関係で秋にはリネンを扱う商会が…。
そして連鎖的に繊維とは関係ない商会もその大津波に呑み込まれて行く。
秋の収穫が終わる頃には教導派聖教会系の領地は経済的な崩壊が始まる。教皇派領主貴族は取引相手の商会が崩壊している状況に愕然とすることになる。
それは冬になる前にハスラー聖公国やハッスル神聖国にも波及して行く。
特にハッスル神聖国はこの冬が来る頃には大混乱に陥っているかもしれない。
【3】
「新しい靴の特徴は、左右が分かれている事です。足の裏の形に合わせた靴底を使う事でより一層足に負担がかからない構造になっております。材質としては豚革は安価ですが、騎士団で用いるならば強度的には牛革とお勧めいたします」
幾度も練習し、度々皮革商の工房や靴職人のもとに出向き知識を付けたオズマの説明は堂に入った物だ。
シャピでの海賊問題やノース連合王国での戦争の事も有ったと言うのに頑張っているその姿勢には頭が下がる。
「王都騎士団様へお納めする乗馬靴やモカシン靴につきましても出来ればご使用される騎士様各々に有ったサイズをご用意致したので、後程足型見本をお渡しいたします。五種類のサイズで団員様方のサイズをご確認の上個数を知らして頂ければ更にご満足いただける物をご用意できます」
「それならば近衛東大隊と西大隊にもその見本を三セットずつ配布して貰おう。本人らの希望に合わせて取りまとめて発注を行う」
「近衛南大隊は職人を寄越せ。少々時間がかかっても足型も含めて誂えるものが多いであろうからな。まあワシが靴底の製法も心得ておるからその辺りはカバーしてやる。安心せい、あの愚か者の中隊はワシが目を光らせておるから好きなだけ吹っ掛けてやれ」
エポワス近衛副団長はオーブラック商会を取り込むつもりなのだろう。
分家のエポワス子爵家には依然ひどい目に合わされているからオズマは警戒しているようだけれど、近衛騎士団相手ならかなり良いカモだろうと思う。
バックにはエマ姉が控えているからシッカリと毟り取ってくれるだろう。
「なあ、靴底の件だが今と同じような厚手の革で足に合わせたモカシン靴は出来ないのだろうかな。今の革底の柔軟性も捨てがたいと言うか、職種的にその方が都合が良い者もいる。ただ足の形に合わせると言うのは捨てがたいのだよ」
ルカ中隊長から提案が入る。
「職種と言うのは?」
「主に斥候職だな。それに短弓の弓兵だ。隠密行動であったり、夜間の偵察であったり、山間や森林でも足場の悪い樹上や岩上からの射撃手だ」
「それでしたら特別性の物をご提案出来ます。でもこれはエポワス副団長様の肝入りでアヴァロン商事が特許をとっております。お二方のご許可が無ければ」
「ああ、それならば僕らは席をはずそう。宜しいでしょう? 兄上」
「ああそうだな。これ以上は軍事機密に関わりかねん。余も近衛騎士団と諍いをおこすのは本意ではない。ヴェロニク、其方もこれ以上この件については詮索は無しだ。いくら親しい方であってもな」
「なっ! 殿下、それはいったい何のことを。私はそんな事は…」
売店のマドレーヌを大量に買って卑しく頬張っていたヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が顔を真っ赤にして弁解する。
ハウザー王国の三人はそう言い残して席を立って喧騒が続いている倉庫のバーゲンセールを見に行ったようだ。
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