第21話 乗馬服(3)

【6】

「だから最近はモカシン靴が流行っているんだよ。あれは足首で止めれば脱げる事も無く、柔らかい革を使っているので動きやすい」

 そう話すヨセフ・エンゲルスは、男爵令息の近衛騎士である。兄が第五中隊に居るので同じ第五中隊に所属している。


「だが戦闘時に足の甲を狙われればひとたまりも無いぞ」

 ウラジミール・ランソン子爵令息がそれに反論する。彼はイヴァンと同じ第一中隊の近衛騎士である。

「弓兵や斥候によいと思うぞ。それに本格的な戦闘ならサバトン鉄靴を付けるだろう」

 普段ではらしからぬ的確な回答をするイヴァンも、やはり近衛騎士なのだなあと思い知らされる。


「俺的には靴底が薄すぎるのは、騎馬で踏ん張れないのが弱点だな。靴底を補強すれば合格点だ」

「それじゃあ、斥候や短弓使いの機動性が落ちるじゃないか」

「あなた達、もっと柔らかく考えなさいよ。騎兵と斥候じゃあ用途が違うのだから、違う靴を履けばいいだけじゃない。近衛騎士だからって同じ物を揃える必要は無いでしょう」


「ああ、それはもっともだ。乗馬用のモカシン靴は作れないのか? それに膝下のチャップスを付ければブーツはいらなくなる。騎士団で使うなら丈夫な牛革だろうな。それならばモカシン靴も鹿革じゃなくて牛革…そうすると柔軟性の利点が無くなるなあ。ならば鹿革の上にサバトン鉄靴を被せて…それでも同じ事か」


 イヴァンが真剣にものを考えている。

 私は同級生の近衛騎士を集めてセイラカフェにいる。

 授業が終わると直ぐに、昨日約束したチャップスの相談をする為に三人を集めてセイラカフェに赴いた。

 体育会系乗りの男子たちだが、実用的な話題になると真剣になるものだ。


「ねえ、あなた本当にイヴァンなの? 中身が誰かと入れ替わっていない?」

「オイ、セイラ・カンボゾーラ。それは一体どういう意味だ」

「セイラ嬢の言う事は分からないでもないぞ。イヴァンの日頃の言動を考えるとな。ただこう言う話になると、割と的確に考えを纏められる奴なんだ」

 同じ中隊のウラジミールが弁護している。


「まあ突飛な言動は多いし、時々後先を考えないところは有るが、着いて行けば不思議と正解に辿り着いているんだよ。こいつの凄いところだ」

 ヨセフもイヴァンのフォローに入る。仲間内でも人望はあるようだ。


「何か貶されている様な気もしないでは無いが、まあ良い。第七中隊が御執心のようだが、俺的には近衛騎士団のチャップスや靴には鹿革は向かないと思う。そもそも騎士団の乗馬靴を強度の低い鹿革に変える必要が有るのか?」

「あそこは靴に中隊の紋章の刺しゅう迄入れて揃えるとか言っていたぞ」

「バカバカしい。濡れた道だとどうするんだ。雨が染みてくるぞ」

「それこそ鹿革の靴の上にサバトン鉄靴を付けて歩く事になるぞ」


 さっきからのモカシン靴の話を聞きながら思いついた事が有る。

「ねえ、そのサバトン鉄靴だけれど、靴の内側につま先の部分だけを入れ込んでしまえば強度は上がって、機動性は損なわれないと思うわよ」

 そのなのだ。話を聞きながら安全靴を思い出したのだ。

 あれはつま先のカバーだけでかなり安全を確保できる。


「おお、そんな事出来るのか?」

「まあできると思う。靴屋に聞いてみなければ確実に回答は出来ないけれど」

「それはどの靴でもできるかな? ブーツでも?」

「足先がユッタリめのブーツなら出来るんじゃないかな。幾つか試作してみて検討が必要だけれど」

 バイク用の安全ブーツも有るのだからまず大丈夫だろう。


「オイ、イヴァンもウラジミールも今の話は絶対他で話すなよ。特に第七中隊の連中に話すと手柄を横取りされるぞ」

「そうだな。とにかく目途がついてセイラ嬢の了解が出る迄は三人の秘密にしておこう。イヴァン、絶対口を滑らせるんじゃないぞ」


「さっきから第七中隊って、どういう事なの?」

「ああ、これは愚痴になるからセイラ嬢の腹の中にだけ留めておいてくれよ。近衛騎士団の内情が絡むからバレたら叱られるんでな」

「分かってるわよ。一蓮托生だもの」


「実はな、第七中隊が鹿革に御執心なんだ。王立学校で流行し始めたが、鹿革は高級品で肌触りも良いし優雅なんだとよ。王都の盾たる近衛騎士団は気品と優雅さを兼ね備えていなければいけないので、革靴やチャップスを鹿革に変えよう等と言っていやがる」

「私物の備品になるから経費は個人持ちだそうだしな。そんな金、貧乏男爵の倅の俺たちに出せるわけが無い。そんな物に変えたところで戦闘の役に立たない上使い道なんて他に無いだろう」


「でも鹿革自体がそんなに流通しているものでも無いでしょう。近衛騎士団全体でなんて扱えないし」

「まあとにかく第七中隊は変更するそうだ。他の中隊は強度や耐久性の問題で反対しているからな。だから今の靴の話が漏れるとモン・ドール中隊長やエポワス副団長がゴリ押ししてきそうなんだ」


「出来れば今の靴の話は、俺たちだけ特別性を履きたいな。鼻持ちならない第七中隊の連中の足の骨踏み折っててやりてえもんな。まあ秘密と言う事で」

「…なあ、セイラ・カンボゾーラ。お前これが金になるとか思ってないだろうな? 第七中隊に高値で売りつけようなんて考えてないだろうな」

 イヴァンがジト目で私を見ながらそう言ってきた。

 こいつ鋭い。


「バッバカねエ。そんな事する訳ないじゃない。相手はあのモン・ドール侯爵家よ。あの教皇に組する奴らは絶対許さないんだから。なぜ今日はエマ姉を連れて来なかったか、あなたこの意味がわかってる?」

「…そうだな。お前のそう言う所は信用に値するからな。ただ、急にこんな話を持って来たから、何かほかにも裏が有るのだろうかと勘繰ってしまったぞ」


 やっぱりこういうところは鋭い。多分勘が良いのだろう。

「…そうね。イヴァンなら話しても良いわよね。もちろん商談の事も有るわ。私としては男子生徒にも服飾用品が販売できれば嬉しいし、近衛騎士団や王都騎士団にも顧客が出来ればとも思っていたわ。でもそれだけじゃないのよ」


「やはり、何か訳ありなのか」

「ええ、実はオズマが第七中隊から呼び出し状を受けとったのよ。なぜオズマだけに、それも第七中隊に何の用なのかわからなかったのよ」

「そういう事か。オズマ嬢の事ならば、俺も世話になっているし救貧院の誼もある。

 職業安定所の支援に滞りが出るような事にでもなれば大変だから、協力するぞ」


「でもさっきまでの話で何となく、モン・ドール侯爵家の意図は掴めそうな気がするの。オーブラック商会が握っている鹿革の融通を迫って来るんじゃないかしら」

「それなら普通の商取引だ。何も問題は無いけれど、そんな事で呼び出し状を出すか? あのモン・ドール中隊長だぞ。平民の商人など騎士団の誰かに呼びに行かせて、有無を言わせずに中隊事務所に引き摺って来る様な男だぜ」

 ウラジミールはモン・ドール中隊長が余程嫌いなのだろう、表現が辛辣だ。


「だろうね。第七中隊最優先で価格も市価よりも安くと言う事だろうね。我が第七中隊が使ってやるのだ、栄誉な事だと思ってさっさと融通しろ! なんて絶対言いそうだぞ」

「おっ! 似てるなあ。そっくりだぜ。あの中隊長なら言いそうだ。それにエポワス副団長も出てくるかもしれないぞ」

「ただ気になる事が他にも有るのよ。モン・ドール侯爵家とオーブラック商会は以前取引が有ってかなり搾り取られた上、揉めて取引を切られたのよ。エポワス伯爵家の分家のエポワス子爵家とも同じような事が有って…。何かひどい目に合わされそうで」


「そいつは気になるなあ。あいつの中隊長は私怨と仕事の区別を付けない奴らだからな。何か情報が有るか探っておくが、オズマ嬢はいつ呼び出されているんだ?」

「明日の午後よ」

「…なら情報は間に合わないか。オズマ嬢がくればそれと無く見張っておくけれど室内には入れ無いからなあ」

「取り敢えずウチのアドルフィーネとエマ姉の所のリオニーが同行するわ。それにオーブラック商会の副支配人のパウロも居るから、押し切られる事もオズマを逃がす事も出来るとは思うけれど事を荒立てても良くないし」

 ヨセフの言葉に応えて私もオズマに配置した人員を説明した。

 イヴァンは三人とも知っているので納得したようだ。他の二人もリオニーの武勇伝やアドルフィーネの事は知っているので異論は無いようだ。


「明日は、明確に答えを出さずに、言葉を濁して退散するのが一番だろうぜ。俺たちで情報収集をしてから答えを出すように上手く誘導してくれよ」

 ウラジミールの言葉に私も相談して良かったと安堵した。

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