第20話 乗馬服(2)
【3】
メアリー・エポワスは教皇派閥、ジョバンニ・ペスカトーレの取り巻きの一人と思われている。
別に教皇派閥・国王派に共感を持ている訳でも無ければ、ジョバンニ・ペスカトーレが好きなわけでも何でもない。
生まれた家の立場上ここに居るのだけれど、今クラス内の派閥対立が激化している以上どこにも属さない気楽な立場など許される空気ではない。
入学当初から明確だった清貧派と教導派・反王族派と王族派の対立。
そして教導派内でもハスラー公国派閥の王妃派と教皇派閥の国王派の対立。
教導派でモン・ドール侯爵家と関係の近いエポワス伯爵家は、今の派閥の中から抜けられず、メアリーは派閥にがんじがらめ縛られているように思う。
去年初めて開かれたファッションショーは派閥関係の為に観に行けなかったが、後で聞いた新しいドレスは興味をそそられた。
その冬の上級貴族寮のくだらない自慢大会よりも、ジャンヌが主催した新作服のデザインの方がずっと着てみたいと思えた。
清貧派女子の様に普段使いであのドレスは着てみたいと思うが、立場上そういう訳にも行かない。
初めて参加した夏至祭のファッションショーは感動的だった。
そして今年の秋の礼拝堂のファッションショーである。
今までは上級貴族では中々着る事の難しいコンセプトのドレスが多かった。
昨年の春は普段使いの服で、今年の夏至祭は同じデザインをコーディネートで変えてみたり、レディーメイド用のデザインであったり。
下級貴族や平民主体の物が多かったからだ。
でもこの秋は違う。
近衛騎士団副団長の娘として馬術の嗜みも有り興味もある。幼い頃から見ていた近衛騎士達への憧れもある。
あの乗馬服は着てみたいのだ。
最高級の革を使った乗馬服をオーダーして、馬術で高位貴族たちや他家の伯爵令嬢を見下ろしてやりたい。
武門の娘と言われ高位貴族に侮られるのも同格の令嬢たちに見下されるのも我慢ならない。
教導派の近衛騎士の娘としての気位も、向こう気も強い伯爵令嬢であった。だから乗馬服ファッションは気にはなるが、下級貴族の、それもセイラ・カンボゾーラに聞くなどプライドが許さない。
エマ・シュナイダーに聞くのは更に腹立たしい。
どうした物かと思案していると声をかけて来る女性がいた。
【4】
以前から、メアリー・エポワス伯爵令嬢が、乗馬服を気にしていたことは気付いていた。
入学当初から馬場で時折馬に乗っていたのを見かけた事も有るので、乗馬の嗜みが有る事も知っている。
彼女は割とスポーティーなファッションが好きなようで、以前のコルセットを廃した普段使いのドレスにも関心を示していた。
ただ気位の高さから中々言い出せないのだろう。
まあ私としてはたいして好きな相手でもないし、エマ姉の顧客になろうがなるまいがどっちでも良い。
顧客になったところで好き勝手、無理難題を言うクレーマーになりそうな相手に関心は無かったが、オズマの件が有るから今はそう言う訳には行かない。
私が話しかけても、どうせ木で鼻を括ったような返事しか帰ってこないだろう。そこで隠し玉の登場である。
「エポワス伯爵令嬢、幾度か馬場や騎士団の訓練場でも見かけたのだが、騎士団の事にはお詳しいのだろうか? 僕はハウザー王国では女騎士なのだがラスカル王国にはそういう風習が無いので、訓練場所が判らないのだよ」
「まあ、エヴェレット王女殿下。お声をかけて戴いて光栄です。それならば私はうってつけで御座いますわよ」
「おお、そうなのかい。あなたの様な可憐な令嬢がなぜ訓練場にと不思議に思っていたのだけれど」
「可憐だなんて、お世辞でもうれしゅうございますわ。でも私の父は近衛騎士団の副団長で、私も父の背中を見て育ちましたの。ですから王女殿下のお役に立てると思いますわ」
メアリーが満面の笑みを浮かべエヴェレットに礼をする。
「それは助かるよ。乗馬はともかく、相手のいる鍛錬には困っていたのだが、大丈夫だろうか?」
「もちろんですわ。父の配下の近衛騎士に命じれば王立学校の訓練場くらいいつでもお使いいただけますわ。下級貴族や一般のご令嬢には難しいかもしれませんが、私ならば」
「それは有り難い。ならば何かお礼をしなければいけないね。とは言う物の僕も不調法者でね。ご令嬢が好みそうな者が良く分からないのだよ。僕に出来る事で恐縮なのだが乗馬スカートでもプレゼントさせて頂きたいのだが、乗馬は嗜まれるのだろう? お嫌なら別の物を…」
「喜んでお受けいたしますわ。王女殿下から御下賜戴けるならばこれほどの光栄はございませんわ」
「下賜とは大袈裟だよ。世話になった友人として贈りたいのだから。この間のショーでセイラ嬢から紹介して貰った腕の確かな革細工商会があるのだよ。その店でメアリー嬢の気に入るデザインの乗馬スカートをあつらえて貰おう。今日の午後でも如何かな?」
「もちろんですわ。光栄で御座います」
「ああ、そうかい。ならばその後に一緒にお茶も付き合って貰えないかな。実は甘いお菓子が好物なのだが、中々人目があるので一人で行く訳にもいかなくてね」
「喜んでご一緒させていただきます」
王女殿下…中々の腕じゃないか。この女誑しめ。
【5】
メアリー・エポワスは久し振りに気分の良い時間を過ごしていた。
今セイラカフェでお茶をしている相手は、獣人属とはいえ隣の大国の王女だ。しかも四位とはいえ王位継承権まで持っている王族なのだ。
「私もセイラカフェは初めてなのですが、ここの甘いものは格別ですね」
「喜んでもらえて嬉しいよ。今日頼んだ乗馬用スカートも気に入ってくれたらよいのだけれど。…そう言えば君は横乗り派なのかい?」
「…ええ、やはり上級貴族の令嬢は足を晒さないのが作法と申しますか…。幼少の頃は普通に乗っていたのですけれど、予科に入る頃からは横乗りにしましたの」
「ムム、この国では女性は横乗りで男性は跨って乗ると言う事なのかな?」
「ええ、ですから最近は近衛騎士団でもチャップスの評価が高まってきているのですよ」
「ほう、そうなのかい」
「ええ、一々乗馬ブーツに履き替えなくても良いので、緊急の時には都合がいいとか。馬で出るたびに乗馬ブーツに履き替えるのは面倒ですし、靴ひもを締めるのも面倒だとか。長距離ならいざ知らず、ほんの数刻騎乗するだけでその時間は勿体ないと言う事でしょうかね」
「ウーン、僕は乗馬の時以外でも日頃からブーツだからそこまで考えなかったけれど。そう言われれば乗馬の時に布靴から履き替えるのは些か面倒な気はするね」
「私はあのモカシンやムートンのブーツも試してみようかと思っておりますわ。王女殿下もあれならばキュロットでチャップスをつけて乗れば、一々ブーツに履き替えなくてもよろしいのでは」
「なかなか目の付け所が鋭いね。僕も一度試してみよう」
「いえ、これは受け売りなのですよ。騎士団寮の近衛騎士団員がそういう話をしておりまして。それで第七中隊のモン・ドール中隊長がそれを聞き及んで中隊でも採用を考えているとか」
「近衛騎士団でねエ。でもチャップス自体は目新しいモノでも無いだろう。ラスカル王国に無かったとも思えないのだけれど」
「ええ、もともと腰から吊るして両足に巻き付ける物だったので、大きくて手間もかかったのですわ。でも今回のファッションショーで王女殿下がお召しになったチャップスは膝から踝までを覆う物、それにボタンの採用で付け止めも容易になっておりますし。デザインも優雅で良いんのだと思いますわ」
「そうだね。足首だけを覆うチャップスなら簡単だし…でも近衛騎士団で使うなら優雅さなどいらぬだろうに」
「さあ、どうなのでしょうか? モン・ドール中隊長は高級皮革のチャップスを独占して、他の中隊に見せびらかしたいのでは無いでしょうかしら。上級貴族の在籍する中隊ですから下級貴族や平民のいる中隊に侮られる訳にもいきませんものね」
澄ましてそう答えるメアリー・エポワスを見ながら、ナデタは何となく近衛騎士団の意図が見えてきた思いだ。
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