第19話 乗馬服(1)

【1】

 秋のファッションショーは大盛況だった。

 特にエヴェレット王女が乗馬用のキュロットと、それに併せて使用したチャップス(乗馬用足カバー)が注目を集めた。

 キュロットスカートもチャップスもエヴェレット王女のお気に入りとなった。


「うん、これは良い物だ。これならばドレス姿でも周りを気にせず動けるし、優雅に見える。チャップスもキュロットと併せて使えば、乗馬の折に一々ブーツに履き替えなくても良いのも良いよ。僕はどうも横乗りサイドサドルは苦手でね」

「これを機会に横乗りサイドサドルにも挑戦されてはどうかしら。やはりラスカル王国では女性は横乗りサイドサドルが主流で、跨いで乗っているのはセイラ・カンボゾーラくらいかしら」


「そんな事は…。そうだわ、清貧派の修道女は跨いで乗る人も多いですよね、ジャンヌさん」

「ええ、私は馬は跨いで乗る物だと思い込んでいたので、私の周りの人はそういう人が多いかもです」

「スカートで足を出すのはさすがに無作法なのだわ」

「だから、ジャンヌさんが横乗りサイドサドル用のスカートも考案してくれたじゃないですか」


 そうなのだ。ジャンヌの考案で、ボタンを外すと足を隠す布が出てくるスカートも今回披露されたのだ。

 おかげで多くはないが乗馬経験の有る女子の間でも話題になって、乗馬を嗜む女子が増えてきた。

 エヴェレット王女の乗馬姿が一部の女子学生の憧れをそそったのだ。

 マキシ丈のタイトなサイドサドルスカートにブーツという組み合わせで、馬場に通う女子生徒を目当てに、指導という名目で騎士団員が通い始めている。

 そしてその騎士団員を目当てに、乗馬に縁の無かった女子生徒たちも顔を見せ始めた。


 定番はコットン地のサイドサドルスカートにコットンの編み上げ靴だが、上級貴族や富裕層の下級貴族女子生徒は、サイドサドルスカートも靴も鹿革の高価な物を求める人が増えだした。

 そんなこんなで王立学校では乗馬がプチブームになっている。


 そう言った経緯で王立学校では、乗馬服が普段使いでもブームになり始めている。

 まあ、乗馬服風の装いが女子の間で流行り始めているのだ。

 エヴェレット王女が普段に着ている服装。

 上半身は騎士服をアレンジしたブレザーとコート、下がスカートといういで立ちである。

 最近はキュロットや乗馬スカートの需要も増えてきた。

 編上げのブーツの代わりに、こちらもジャンヌが考案したモカシン靴やショートブーツも人気が出て来ている。


 しかしなぜこの世界の短靴は皆編上げ靴ばかりなのだろうか?

 木靴が有るのだからスリッポンくらい作れと思うのだが、今回ジャンヌが発案するまで布靴も革靴も編上げ靴ばかりだったのだ。

 乗馬用のロングブーツは靴紐の無い物が多いのだから短靴だって靴紐無しで構わないだろう。

 そう言う私(俺)も不思議にも思わずその生活に慣れていたのだが。


 そう言う事で革細工の工房や靴工房などがファッションショーに参加したことも有って、騎士団寮の生徒の中にも関心を示した者がいた。

 チャップスも革製の膝上から足首までをカバーする物や、脹脛から足首を覆うものまで、数点披露されたのだがどれも騎士団寮の男子生徒に注目を浴びた。


「ウム、チャップスとか申す物を俺も購入できないだろうか。何ならあのキュロットとか言う物もゆったりして良さそうなので着てみたいのだがな」

「イヴァン様、キュロットは女性用ですよ。男性騎士が履く物ではありませんよ」

「お前は履いているではないか」

「オイ、イヴァン様! そりゃあどう云う意味だゴラァー」


 などと紆余曲折が有ったが、シュナイダー商店を窓口に型紙作成の折に交流の有った皮革工房に依頼が集まっている。

 それに合わせてオーブラック商会の輸入皮革の売り上げも好調だ。

 特に北海の新航路から輸入された鹿革はとても評判が良く、これからの輸入品の目玉になりそうだ。


【2】

「近衛騎士団から呼び出しがかかったのです」

 オズマがぼそぼそと話し出した。

 オズマから講義室で相談に乗って欲しいと頼まれたので、エマ姉と三人でセイラカフェにやって来たのだ。


「輸入革の事で話があると、明後日の午前中に近衛騎士団の第七中隊の事務所に出頭しろと一方的にそう言われて」

「ああ、マルコ・モン・ドール侯爵令息が嵩にかかって何か言ってきたのでしょう。無視すれば良いのよ。グダグダ行って来たら私が相手になってやるわ」

 マルコ・モン・ドール侯爵令息は同級生の近衛騎士だ。所属する第七中隊と言えばモン・ドール侯爵令息の叔父が中隊長だ。

 どうせ叔父と実家の権威で、オズマから鹿革の素材を融通させようと考えているのだろう。


「いえ、それが直接近衛騎士団第七中隊からの召喚状が届いたのです」

「封蝋の印は間違いなかったの?」

「ご覧になって下さい、中に押してある押印も封蝋と同じ物でした」

「グリフォンにツーハンデッドソードの紋章は第七中隊の隊旗と同じ意匠ですね」

 アドルフィーネがテーブルに広げられた召喚状を見てそう答えた。


「なら間違いなさそうね。さすがに女子学生を呼び出すのに偽造印まで作らないでしょうから」

「でも、それならば余計に理解に苦しむわね。甥っ子可愛さに叔父様がオズマちゃんを近衛騎士団迄呼び出すとも思えないし」

「何か良からぬ事が有りそうな予感がするわ。ただの鹿革の融通くらいなら近衛騎士団迄動かさないわ。マルコ・モン・ドールから召喚状を受け取ったのではないのよね」


「ええ、一年生の近衛騎士が女子平民寮の受付に持って来たそうです。寮監が受け取って渡してくれました。持って来た生徒の名前も新入生名簿に有る名前で、近衛騎士の制服を着ていたそうです」

「と言う事は昨日の午後に持って来たと言う事ね。今日は学校でマルコ・モン・ドールから何か言って来なかった」

「それが何も。私から声を掛ける事も、身分的にも立場的にも出来ませんし、マルコ様が知っているなら何かあちらから話が有るだろうと思っていましたが、特にそんな素振りさえありませんでした」


「これは少しキナ臭いわね。第七中隊ならば近衛騎士団の副団長絡みだと思うわ。あちらは教皇派閥で近衛騎士団では反主流派の筆頭が第七中隊だもの。何をする心算か知らないけれどオズマちゃんとカロリーヌ様を引き剝がす作戦かも知れないわ。それともオズマちゃんに圧力を掛けてカロリーヌ様を潰しにかかるのか」

「そういう事ならばイヴァンやルカ中隊長の線からの情報収集は難しいわね。そもそもイヴァンから情報収集できるとは思わないけれど」


「それならばメアリー・エポワス伯爵令嬢にそれとなく話を聞いてみるわ。あの娘、乗馬服ファッションに興味津々の癖に立場上関わり難い立場だから」

 そうだ忘れていた。メアリー・エポワス伯爵令嬢は近衛騎士団のエポワス副団長の娘だ。

 こう言う搦め手はエマ姉の得意技だね。


「明後日なら、私たちも同行しても良いんじゃないかしら。エマ姉と私がいればムチャの要求も跳ね除けられるかもしれないし」

「ウーン、どうだろう? セイラちゃんと私が着いて行けば警戒されるし口を噤まれれば相手の意図も見えなくなるわ。…取り敢えずリオニーを貸すわ。アドルフィーネも付けてくれればどうにかなると思うわよ」

「そうね。アドルフィーネはオーブラック商会の実情を一番把握しているし、リオニーはシャピの商人達や株式組合の大半を押さえているものね」

 そう言いつつ私は戦慄する。

 多分この二人のメイドが居ればポワチエ州の経済は思うがままだ。


「有難う御座います。アドルフィーネさんが付いて来ていただけるなら怖い者など無いですわ」

 アドルフィーネの名が出た途端にオズマの顔に安堵の表情が浮かんだ。オズマにとってアドルフィーネへの信頼は絶大なのだろう。

「それならば私は校内で出来る限り情報収拾をしてみるわ」

 イヴァン達近衛騎士団長派閥の騎士団寮生をチャップスの融通をエサに集めて話を聞いてみるとしよう。

 私は早速ウルヴァをイヴァンのもとに使いに走らせた。

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