閑話4 教導派の憂鬱(1)

 カロリーヌ・ポワトーは思っていた以上に強かだ。

 もちろん後ろにいるゴルゴンゾーラ公爵家やロックフォール侯爵家の存在は大きいが、ポワチエ州を着々とその傘下に収めつつあるのは本人の力である事に間違いが無いのだから。


 食い詰めたガキどもを集めて聖霊歌隊などを作って、慈善家気取りの若造だと侮っている内に州内の聖教会で清貧派の聖霊歌の響かぬ場所は無くなってしまった。

 さらに葬儀や祝祭の場でも聖霊歌隊が現れる様になり、教導派の司祭に声が掛からなくなったのだ。

 カロリーヌ・ポワトーは僅かの間に平民信徒を清貧派の傘下に収めてしまっていた。


 それだけでは無い。

 かつて教導派の御用商人であったオーブラック商会をその手中に収めて手駒にしてしまった。

 アヴァロン州に進出させようとして失敗し、使い潰して打ち捨てたはずの商会が、カロリーヌ・ポワトーの手によっていつの間にか復活して、今やポワチエ州全体の物流を取り仕切っている。


 おまけにポワチエ州内の商工会は彼女たちの手で壊滅状態に陥り、L&E相場社交クラブの会員商会とそこに集う貴族たちだけが利益を上げている。

 完全に教導派聖教会への資金の流れが止められたのだ。


 このままではポワトー枢機卿があと数年存命すれば、娘のカロリーヌの威光で今のポワトー大司祭が枢機卿職を継ぐことも不可能で無くなる。

 その力をもってすれば若い弟を成人後直ぐに大司祭にすることは確実だろう。

 いや、カロリーヌ・ポワトー自身が父親を隠居させて大司祭職を継げば、間違いなく新たな枢機卿として君臨できる。


「由々しき事態ですぞ。たった半年でポワチエ州はカロリーヌ・ポワトーの物になってしまった」

「それだけでは無い。この度の救貧院廃止にもカロリーヌ・ポワトーとオーブラック商会が関わっているそうではないか」

「ゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家ばかりに気を取られておったが、獅子身中の虫とはこの事だ! 我らの足元にこの様な毒虫がおったとわ」

「南部貴族や北西部貴族ばかりか身内に離反者が出るとは情けない。死人を生きながらえさせて、実の父を隠遁させて、実の兄を投獄して、実の弟を成人前から聖職者として聖教会に送る。これこそ悪女であろうよ」

 集まった教皇派閥の貴族から怨嗟の声が発せ続けられる。


「落ち着かれよ、皆様。ペスカトーレ枢機卿もアラビアータ枢機卿もモン・ドール侯爵殿も。そして父上も真の敵を見誤ってはいけませんぞ」

「何を申す! 今まで見誤って来たからこの様な事態に陥っているのだ。北部は我ら教皇派閥の足元であるぞ! 其方こそ見通しが甘いのではないか。大局を見誤っておるのは其の方ではないのか!」

 シェブリ伯爵の言葉に父であるシェブリ大司祭が激高する。


「だから落ち着けと申しておるのです。父上! この事態を招いた発端はどこにあるとお思いだ? 全ての起こりは昨年のジャンヌの異端審問からですぞ!」

「だから何だと言うのだ! とうに終わった事ではないか。今更蒸し返してどうなると言うのだ!」

「父上が業腹なのは分かっておるが根元はそこに有ると申したいのだ。これを見誤れば次のカロリーヌ・ポワトーが現れる事になるかもしれんのだから」


「其の方? 何が言いたい?」

「それならば率直に申し上げる。我々が読み誤っているのはセイラ・カンボゾーラだと言う事です」

「何を申すかと思えば、優秀とは言えたかだか子爵家の小娘ではないか」

「その優秀さも月並み。特待生には選ばれなかった程度の優秀さだ。ジョン王子に競り負けたそうだな。王子に忖度したとでも申すか?」

「ジャンヌの盾を名乗っている様だが、所詮清貧派の看板はジャンヌ・スティルトンではないか。金も持っている様だが、その金の流れを牛耳っているのはエマ・シュナイダー。政治力ではゴルゴンゾーラ公爵家の跳ね返りのヨアンナの取り巻きで、ファナ・ロックフォールの使い走りだ」

 枢機卿や大司祭達から口々に反論が上がる。


「侮られるな! あの娘は光の聖属性持ちですぞ」

「別に侮ってはおらん。頭が切れて実力もある。新参と言え子爵家の長女でゴルゴンゾーラ公爵家の直系だ。そんな事は皆承知しておる」

 ペスカトーレ枢機卿が宥める様に口を開いた。


「皆様はあの娘と相対していないからそんな事が言える。私はあの後色々と調べてみたのです。カンボゾーラ子爵の言い分では、以前からあの娘がアヴァロン商事の名代として商取引の場に出ていたそうだ。表に出たがらないセイラ・ライトスミスの代わりに、カマンベール領でライオル伯爵との商談もした事が有ると言っていた」

「それがどうしたと言うのだ}


「ワシは全て虚言だと思っております。セイラ・ライトスミスはセイラ・カンボゾーラと同一人物。カンボゾーラ子爵家の言い分の方が事実にそぐわぬ。ルーシー・カマンベールの出産の事実を隠すため従姉であるライトスミス家に預けて隠していたと考える方が妥当だと思う。聖属性も早い段階で顕現したおったと見るべきであろうよ。だから聖年式をせずに済む平民の身分のライトスミス家に隠したのでしょう」

「それならばセイラ・カンボゾーラは聖年式を挙げていない事になるな」

「実はその年の聖年式の半月後にボードレール枢機卿…当時は大司祭だったが、彼がゴッダードに行っているのですよ。多分秘密裏にセイラ・カンボゾーラの聖年式と聖別を行っておったのではないかと」

「それならば合点がゆく。審問の折にボードレール枢機卿の委任状をあの小娘が所持していた事の」


「早い段階で我らは謀られていたと言う事だな。忌々しいボードレールめが!」

「それでは影の首魁はやはりボードレール枢機卿か…今ならクオーネのパーセルも加わっておるからさらに厄介だな」


「いや、それも早計でしょう。ライトスミス商会はセイラ・ライトスミス即ち、セイラ・カンボゾーラの持ち物。そしてアヴァロン商事はカンボゾーラ子爵家の物だ。その関連のアヴァロン建設は今オーブラック商会に起重機や荷馬車を出資している。多分資金も大量に出資しているでしょう。そしてエマ・シュナイダーは実家のシュナイダー商店では無くライトスミス商会の幹部ですぞ。それだけでは無い。王立学校や貴族家に大量にメイドを供給しているセイラカフェもライトスミス商会の持ち物では無いですか。これを全部光属性持ちのセイラ・カンボゾーラが握っておるのですぞ」


「そう言われれば凄まじいな。少々セイラ・カンボゾーラを見くびっていた様だ。ライトスミス商会とアヴァロン商事が繋がっている事は気を付けておこう。オーブラック商会の動向も今以上に注意が必要だな。こ奴らには我らの領域での商取引からは完全に締め出すように考えねばな」

 モン・ドール侯爵が眉間に皺を寄せて考え込む。救貧院の廃止でかなり痛手を被っているのだ。


「甘い! 我が娘のアントワネットは全て裏で動いているのはセイラ・カンボゾーラだと申しております。王立学校での画策が先手を打っても必ず潰されて、そこにはセイラ・カンボゾーラと彼女のメイドが必ず動いていると申しておる。この度のカロリーヌ・ポワトーの爵位就任もあの者の画策であったと申しておるのです」

「まあ、あの一派が動いておるのは間違いない。セイラ・カンボゾーラは優秀な実働部隊だとも思うがな。それでも一介の学生だ。ポワトー女伯爵カウンテスの件はやはりボードレールとパーセルが絵を描いたのではないか?」


「我が娘の言を侮って貰って困る。今の政治の裏舞台は王立学校の内に有るのですぞ!」

「それは分かっておる。ジャンヌに加えてセイラ・カンボゾーラまで聖属性持ちだ。ゴルゴンゾーラとロックフォールの跳ね返りどもに加えてハウザーの王子迄おる。其の方の娘には頑張ってもらわねばな。カロリーヌ・ポワトーに劣らぬ女傑の様であるしな」

 ペスカトーレ枢機卿が簡単に言い放つ言葉に、怒りを抑えつつもシェブリ伯爵は答えた。


「ええ、我が父が枢機卿に就任すればワシはアントワネットに爵位を譲って大司祭の席についても良い。そうすれば二人目の女伯爵カウンテスの誕生ですな」

「そっ…それは期待できそうであるな」

 ペスカトーレ枢機卿が口ごもりながら答えた。


 そうなれば癇癪持ちのお前の息子は我が家の養子にしてやる。そう言いたいのをグッと飲みこんでシェブリ伯爵は相槌を打った。

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