第195話 新たなる子爵家
【1】
「フィリップ・ゴルゴンゾーラ及びその妻ルーシー・ゴルゴンゾーラを正式にラスカル王国の貴族と認め新たに爵位を与える」
王都からやってきた宮廷貴族の官吏は尊大な態度で国王の玉璽の入った書状を読み上げた。
「また爵位を剥奪されたライオル伯爵領の南部1/3は、カマンベール子爵家に組み入れカマンベール子爵領とする。そして残りの2/3を其方ら子爵家の領地として新たな領主とする」
官吏貴族はゴルゴンゾーラ卿の顔を見て、承諾の意を確認すると締めくくりの一言を告げる。
「新子爵家の立ち上げについては、後日国王陛下よりの使者が承認状をご下賜くださる。謹んで奉呈する様に。以上である」
それだけを告げると官吏は帰って行った。
「一体どういうことなの? ゴルゴン…お父上様が子爵って」
「ああ、俺たちをゴルゴンゾーラ家から切り離すつもりだろう。領地的にも北部のリール州の領主となるという事だ。アヴァロン州に光の聖女を置きたくないという事なんだろう」
「そうですね。ゴルゴンゾーラ公爵家は北西部に大きな力を持っていますし、南部や西部にも支持者が多い。その上光の聖属性を持つセイラさんが一族に加わるとなると影響力が大きすぎる。子飼いだったライオル伯爵領を取り上げられて、その上補償金も取られるとなると、シェブリ伯爵家が大人しくいう事を聞くでしょうか?」
ルーシーさんも懸念事項を口にした。
「その件についてだが、補償金と復興資金の上乗せを条件にシェブリ伯爵から又分水嶺の開発許可を求められてる」
「あの山は特に資源も無い山でわずかに鉄が出るとは言われてますが採算がとれるものではありません。元々火山だったので若干の硫黄くらいしか出ませんよ。その硫黄も北へ向かう河の麓に火山の火口跡が有って露天掘りで硫黄が取れるところが、ライオル伯爵領…今は私たちの領地ですね。有りますから」
「ルーシーさ…お母上様。その、山師が調査したのはどれくらい前なのですか?」
「もう二十年以上前ね。私が予科に上がる少し前だったと思う。先々代国王様からあの山と周辺の土地を領地として賜って直ぐだったわ」
ルーシーさんの話によると今のカマンベール新子爵領、旧ライオル伯爵領の南側と例の分水嶺付近の山々、そしてモルビエ子爵領にかかる一部の土地は元来デュポン男爵家の領地で、先王の暗殺を企てた為廃嫡となったそうだ。その時そのデュポン男爵家との戦闘で功績有ったカマンベール男爵家と密告したライオル伯爵家、そして戦闘に参加したモルビエ子爵家に功績に応じて領地を与えられた。
その時からライオル伯爵家は分水嶺に拘っていたらしい。
あまりにライオル伯爵が固執する為、カマンベール男爵は特に何もない土地だと言われていたけれど調査を行う事にした。
念の為の調査と言う事で何組かの山師のグループがあの山に入って調査をしたがこれといった成果は出なかった。
報告では少量の鉄の産出が見込まれるが採算がとれるほどの物では無いという結論だった。
その時にもライオル伯爵家が紛れ込ませた若い山師見習いが報告書やサンプルの鉱石を盗み出そうとして追放されたそうだ。
「廃嫡されたデュポン男爵家って言うのは確か多額の借金を重ねた挙句、先々代王の伯父のモン・ドール侯爵に唆されて暗殺に加担したが、ライオル伯爵の密告で発覚したと言う事件だな。デュポン男爵の単独犯だと結論付けられてモン・ドール侯爵はお咎め無しだったが、あれは現法皇のペスカトーレ侯爵家と今のポワトー枢機卿が関わった陰謀だと思っているがな」
また厄介な話が出てきたが、そのデュポン男爵と言うのが何か握っていたのか?
「デュポン男爵家の隠し財産とか、陰謀を裏付ける証拠とか隠してあるのかなあ?」
「そいつは考え難い。隠し財産が有るなら借金なんぞ重ねないだろう。陰謀の証拠と言っても、今の国王も関わっているだろうから出てきた所で握り潰されて終わりだ。それなら金になりそな何かが有ると思い込んでいたから借金を重ねたと思う方が正解だろう」
「あの山から何か出ると思ってたのかしら?」
「そうかも知れないわ。それでも本当に何もないのよ」
…休火山で若干の鉄が出る。後は硫黄の産出。
「それならば条件を付けて採掘権をシェブリ伯爵家に売ってしまおうよ。ライオル領側の北の河とカマンベール子爵領側の南の河とをつなぐ運河を掘る事を条件にして。距離にしてだいたい3000クデ。大人が両手を広げた長さの3000倍くらいだから大した距離じゃない。うちとカマンベール子爵領を結ぶんだ。どうだろう」
1クデがだいたい1メートルくらいだろうか。3キロメートル程度のそれも平地を抜ける運河なら大した負担にはならないだろう。
多分分水嶺の山からは大した物は出ないだろう。新米の山師や知識の無かったデュポン男爵の思い込みと勘違いだ。
「今無いものを憶測で話しても始まらない。領地の山や河を荒らされなければそんな権利売ってやればいい。それに運河を作れば河を越えなければ何も運び出せないんだから」
「お前も腹を括ったようだな。よし! その話、乗った。それでシェブリ伯爵と話をつけよう」
ゴルゴンゾーラお父上様は、その日の午後にはシェブリ伯爵家に交渉に迎った。
フットワークの軽いオヤジである。
戻ったゴルゴンゾーラ卿の話しでは、いくつかカマをかけて見たがやはり埋蔵金や秘密文書の類では無いようだ。
採掘権には食いついて来たとの事で鉱物資源で間違いないとの話だ。
条件に付いては摺り合わせをする事になるが、私たちの条件は通りそうだ。
「一体何を採掘しようと考えているのかしら? 本当に何も出ないと言われているのですよ」
「セイラ、お前何か心当たりがあるんじゃないか? 気になって仕方がないんだが」
「知らないわよ。でも産出する鉱物なんてしれているわ。金銀銅鉄錫そんな物出ないって山師が言うんならそうなんでしょう。後は黒鉛や硫黄や鉛とか塩とかだけれど少量なら採算なんて取れない。採算のとれる量ならもうみんな知ってるくらいの鉱床が無いと意味が無いわ」
レアメタルなどの概念も無いこの世界だもの、そこまで採掘に拘るのなら金銀プラチナ、そして宝石のくらいだろうか。
鉱脈があるにしてもそんなに大きな鉱脈では無いだろう。シェブリ伯爵が儲けようが損をしようが知ったこっちゃない。
領地内で土砂の廃棄は認めないし精錬の許可も出すつもりはない。土砂は船を仕立ててシェブリ伯爵領迄持って帰ってもらう。
私は河や大気が汚れなければそれで良い。
「運河の設置も土砂の運搬も二つ返事で引き受けてくれたが、シェブリ伯爵家は何が目的だ? あとはライオル伯爵領の借金の肩代わりを承諾させたがな」
「何が産出されるか隠したいのでしょう。王家に対しても」
「こちらの意図は隠して、欲張らずに早めに手打ちにしようかしらね」
新しい領地も色々と動き出しそうだ。
後は国王の承認状待ちである。
そしてその承認式がロワールの州庁舎前の広場で行われた。
国王の特使が私達三人の前で演台の上から厳かに承認状を読み上げる。
「汝らに新たに国王陛下から家名が下賜された。カマンベール家とゴルゴンゾーラ家を併せ持つ新たな家名である」
わざわざと格上のゴルゴンゾーラ家を下に持ってくるあたり王家の意図が伺える。
「心して奉戴奉れ」
重々しい言葉に続いて家名が読み上げられた。
「汝らの家名はカンボゾーラ子爵家と致す」
そして全員に示された承認状には『カンボゾーラ子爵家』と記された家名の下に国王の玉璽がシッカリと押されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます