第135話 王宮治癒術士団(1)
【1】
王宮治癒術士団と私たちは険悪なムードになっていた。
私は王妃殿下の内臓…肝臓や腎臓などの臓器へ聖魔力を流しつつ脈拍を図るのに集中している。
「この事は国王陛下にも上申いたしますぞ。素人が我々を差し置いて…」
「好きにするが良い。俺は少しでも母上が助かる可能性があるならばそちらに賭けるつもりだ」
「それならばなぜそんな小娘の言う事を! 私は司祭位を持つ王宮治癒術士団長ですぞ! それを蔑ろにして何を偉そうに! 王太后殿下、この様な暴挙を許して宜しいのですか?」
「ジョン、其の方の行い感心せんな。王宮治癒術士がこれだけ来ておるのだ。これはわらわの命じゃ。愚かな真似は止めよ」
王太后の連れてきた随員も動き出した。
ウラジミールとヨセフの両近衛騎士はそれに合わせて前に進み出て戦闘態勢に移る。
「黙れ! 先ほどまで
「だからと申してこの様な仕打ちの上にそんな小娘に任せるなど!」
「黙れと申したぞ! この女は光属性を持つセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢だ。治癒術士なら聞き及びも有ろう」
「セイラ・カンボゾーラ…、あの異端のジャンヌ・スティルトンの走狗! なりませんぞ! 子爵の娘風情がふざけた事を。私は伯爵で司祭! そんな娘と格が違う」
「どの口がそれをほざいた。お爺様が、先王が崩御なされた時もこれとよく似た状態であったではないか。その時も貴様が来たな! それでどうなった? その不手際も何も咎められず、良くしゃあしゃあとこれだけの口を開けたものだ」
「光の聖属性? その様な話聞いておらぬぞ。聖女は闇の聖属性を持つジャンヌ・スティルトンではなかったのか?」
「最近発現してポワトー枢機卿様の治癒に当たっていると聞き及んでおります」
王太后の側ではそんな話がささやかれている。
しかしジョン王子の指摘に納まらないのは宮廷治癒術士団長だ。
「何を申される! あれは陛下がご高齢であったためだ。表立った持病は見られ無くともその原因が有ったのだ。それとこれとは話が違う」
「そうですぞ、ジョン王子殿下。お気持ちは解りますが少し落ち着かれては。セイラ・カンボゾーラの様な異端の跳ね返り任せよりも宮廷治癒術士に」
マルコ・モン・ドールが王太后の側に立ち横やりを入れてくる。
「そうじゃぞ。これはわらわの命じゃ! 治癒を変われ」
「もう一度申しますぞ、お婆様。だ・ま・れ・!」
「そっ…其方…」
「ジョン王子それはあまりに不遜ではないのか」
「マルコ、お前もだ!」
いつの間にかエヴァン王子とエズラとイライジャの三人の留学生がジョン王子の周りを囲んで目を光らせている。
あちらは王太后の随員が三人でマルコを入れても四人。マルコもそれに宮廷治癒術士も荒事になると役に立たちはしないだろう。
それに対してこちらはマルコを除いても騎士が六人。
…六人? エヴェレット王女はどこに行ったんだ?
【2】
その瞬間にいきなり会場のドアが乱暴に開かれた。
エヴェレット王女を筆頭に一団の女性の集団が現れたのだ。
「セイラ様! どのような状況ですか?」
息を切らせて駆けてくる修道女はカタリナだった。
「馬を借りてね、王立学校まで駆けて来たんだ。帰りは二人乗りでね少しでも早くと思って」
「セイラ様、アドルフィーネもゴルゴンゾーラ公爵家の別邸に治癒術士の応援を頼みに行っております」
「エヴェレット王女殿下と私を御者代わりに使うなんて。セイラ・カンボゾーラ、あなたは本当に不遜ね。これで王妃殿下にもしもの事が有ったら許さないのだから」
エヴェレット王女とナデタとメアリー・エポワスが馬で駆けてくれたようだ。
カタリナ修道女は王立学校で指導している貴族寮付きの治癒修道女をふたり伴って来ていた。
二人は乗り慣れない馬で真っ青になりながらも、治療の準備を始めている。
水属性のカタリナと残りの二人は風と土の属性だ。
「呼吸補助をこの男と変わって! 急いで!」
風属性の修道女が走って来る。
「バカ者が! 修道女の分際で我に変わろうなどど不届きな! 我は聖導師で…」
イヴァンがその男を摘まみ上げて放り投げた。
「カタリナ、取り敢えず胃の中の物を吐かせて炭を飲ませたわ。ただ生理食塩水が無いから水で。胃洗浄をお願い。それから心拍数が早いと思うのそちらもお願い」
「はい解りました。もう少し活性炭を投与しましょう。こちらの生理食塩水をお使いください」
私は活性炭を混ぜた生理食塩水を自分の魔法で人肌に温めて更に王妃殿下に飲ませる。
もう一人の修道女が王妃殿下の胸に手を当てて心拍を図っている。
「二人ともセイラ様の光の聖魔力が巡っている様子を感じなさい。患部が何処か見えてくるから。セイラ様、私は胃に生理食塩水を送ります」
「セイラ様やはり心拍数が極端に早くなっております。心臓に負担が大きいです」
「ベラドンナやトリカブトの毒とは違うようですが毒が何かわかりません。それでも少しづつは落ち着いてきているのでしょうが」
カタリナの言葉に近くで王妃殿下の顔を覗き込んでいたジョン王子緊張した面持ちで言った。
「顔色は戻って来たようだ。母上! ジョンです。母上!」
「ああ、ジョンか。眩暈が視界が暗くて何も見えぬ」
「大丈夫です。我々が付いております。」
心臓にこんなに負担をかける毒なんて…。
そう言えば…。
「ジョン王子! ジギタリスがどうとか言っていなかった?」
「ああ、薔薇の下草のジギタリスに虫が集まって」
「判った! 多分。でもどうすれば…」
たぶん王妃殿下に盛られたのはジギタリスの毒だ。
少量なら心臓病の薬として役に立つが過剰に摂取すると致死性の毒になる。
以前アガサ・クリスティーの小説で読んだ記憶がある。
乾燥葉を粉にでもして混ぜれば簡単に呑ませる事が出来る。
食事のスープにでも混ぜていたのだろうか?
今はそんな事より対処方法だ。
心臓の負担に対する処置方法…。
考えろ私!
冬海は重度の心臓病だった。
あの時心臓病の処置や治療で色々と看護師さんから聞いたし、調べた事もある。
ああそうだ、カリウムだ。
カリウムの過剰摂取は心臓の機能を不安定にするが、ジギタリスの過剰接種の場合は有効な場合もある。
幸い王妃殿下の腎臓は健康そうだ。少しくらいの過剰摂取なら大丈夫かも知れない。
なら後はカリウムだ。
カリウム化合物は…、硫酸カリウム、炭酸カリウム、塩化カリウム。
だいたいナトリウムと同じような化合物を形成する。
塩化ナトリウムなら塩が有るが…。
! 藻塩だ! シャピの藻塩は昆布やワカメやヒジキなどを大量に焼いて作っている。
シャピの藻塩はカリウムやマグネシウムなどの成分が非常に多いはずだ。
「ジョン王子殿下! 一か八かの処置を試します。もし王妃殿下の命が尽きるようあ事が有れば私の首を刎ねて下さい」
「其の方いつも不遜だぞ! 俺を誰だと思っている。其の方に任せた時点で腹は括っている。責任は俺がすべて取る。お前ごときの首にどれだけの値打ちがあると思っている。さっさとやれ」
「分かったわ。でも首はかけるからね。あんたに死なれちゃこの国が困るからね」
そう言うとカタリナに向き直って指示を出す。
「生理食塩水の濃度は把握している? そこの塩とグラスで直ぐに作れる?」
「ええ、当然です」
「ならテーブルに有る塩を使って生理食塩水を作って。その味を覚えて王妃殿下の生理食塩水の投与はそれでお願するわ」
「この塩は一体?」
「後で教えるから急いで!」
私たちの治癒が続いてどれだけ時間がたったのだろう。
もう時間の感覚も無く良く解らない。
「すまぬ、セイラ・カンボゾーラ。目の前が少しづつ晴れてきた。ジョン、全ては私が命じた。私がどうなろうと責任はすべて私に…」
「母上! もうそれ以上お話めさるな」
「セイラ様、王妃殿下の心拍も前よりは納まりました」
一か八かの治療だったけれどどうにか緊急の措置が功を奏したようだ。
その頃にはゴルゴンゾーラ公爵家の治癒術士たちも駆けつけてきた。
「なんじゃ? いったい何が起こっておるのじゃ?」
王太后の声が虚ろに響いた。
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