第136話 王妃殿下の寝室

【1】

 ゴルゴンゾーラ公爵家の治癒術士たちが来た事で、王宮治癒術士団との睨み合いが始まった。

 王立学校からカタリナが連れてきた二人の修道女は蒼ざめた顔でそれも見たが、二人とも直ぐに首を振って治癒に専念しだした。

 当然だろう二人はカタリナに学んでいるとはいえ所属は教導派の治癒術士なんだから。


「もう良いわよ。ゴルゴンゾーラ公爵家から応援が来たから下がっても」

「いやです。こんな機会は二度と有りません」

「セイラ様の治癒力を通して教えを受けられるなんて」

「ウフフ、そこは王妃のわたくしの治癒を出来る名誉をくらい言いなさい。わたくしが命じます。この者達も含めて治癒をお続けなさい」

 大妃殿下も大分落ち着いた様でこれで一安心だ。


「あなたたち、もうすぐロックフォール侯爵家からも治癒術士が到着するのだわ。今でも十分だけれどもこれ以上増えても面倒なので王宮治癒術士はとっと帰るのだわ」

 ファナ・ロックフォールが王宮治癒術士団長に言い放った。


 それ迄イヴァンに殴られた頬に氷水をあてて冷やしていた王宮治癒術士団長は、ファナのその言葉を聞いて血相を変えて立ち上がった。

「なっ何を! ここは離宮では有っても王城の一部ですぞ! それを清貧派の異端治癒術士に任せて私どもに帰れとは、なんという暴言!」


「あんな馬鹿の相手なんてしていられないのだわ。王妃殿下をこんな所に寝かせたままで、その後の気遣いも出来ない治癒術士などお呼びで無いのだわ」

「きっ貴様! 侯爵令嬢だと思って調子に乗るな! それならお前は一体何が出来ると言うのだ!」

「もう済ませているのだわ。メイド達に命じて王妃殿下の私室のベットを整えさせて余計な物の片付けに掃除も換気もアルコールの消毒も済ませたのだわ。あなたは分別を失っているから今の暴言は忘れてあげるのだわ」


「おのれ! おのれ! 王太后殿下こんな傍若無人な振る舞いを許して良いのですか。こんな事では王宮の威信が!」

「そうじゃ。たかが侯爵令嬢の分際で王宮内で身勝手な振る舞いはわらわが許さぬ!」

 その王太后の言葉に何か言いかけた王妃殿下を遮ってジョン王子が立ち上がった。


「ファナ・ロックフォール其の方の迅速な判断と処置に礼を言う。後は俺が全て引き受ける。早く母上を部屋まで連れて行ってくれ。セイラ・カンボゾー、すまないが母上の事は其の方に任せる。責任は俺が持つので全権を委任する」

「ジョン王子殿下、毒を盛られた可能性が高いのです。この後も襲撃の危険性が!」

「近衛騎士団の三人はしばらく母上の寝所の警備を頼む」

「行くのは良いけれど、治癒術士団の指示で消毒は行うのだわ。いつもの薄汚い騎士団服なら丸洗いさせていたところなのだわ」


 王妃殿下はサーヴァントたちにクッションを並べた担架に移され、私たちは彼女の手や胸に手を置き治癒を続けている。

「待て! 何を勝手なことを! わらわを誰と思っておる。王太后のわらわが命じておるのだぞ。勝手な事するな!」


「少しでも早く着替えさせて楽な寝巻きにお召し替えをさせてあげて」

「おい、其方! セイラ・カンボゾーとか申したな! わらわの命を聞け! ただで済まぬぞ!」

「どうぞ御随意に。その時は国を割る御覚悟を持ってこの首を御召上げ下さい」

 それだけ言い放つと私は王妃殿下と治癒術士の一団を伴なって王妃殿下の寝所に向かった。


【2】

 私たちは王妃殿下に寄り添いながら階段を進んだ。

 治癒術士はカタリナ達三人とゴルゴンゾーラ公爵家の修道女三人がついている。

 イヴァン達は前方と後方左右に分かれ警戒に当たる。

「王宮の警備も近衛騎士団の仕事でしょう。誰か信用のおける警備の人をあなた達は知らないの?」

「しらないんだ。王宮警備は北大隊で特別なんだ。メンバーも明かされていないから知りようが無い」

 イヴァンがそう告げる。


 保安上の観点からは頷ける措置だが、これでは警備兵か刺客か区別がつかない。

 王妃殿下の離宮内でこんな大胆な事が行われたのだ。毒見役すら信用できないこの状況でどこまで離宮の警備兵を信用できるだろう。


「第十中隊の中隊長をガプロン中隊長を呼んでたも。父上が付けてくれたわたくしの腹心じゃ」

 担架を抱えるサーヴァントの一人にそう王妃殿下が伝える。

 周りに追随していた治癒修道士の一人がそのサーヴァントと変わって担架を持つと、彼は外に向かって階段を駆け下りて行った。


 事前に待機していた年嵩のメイド長らしき女性とゴルゴンゾーラ公爵家の治癒修道女が扉を開け放して待機していた。

 私たちはその部屋の中に入ると窓を開け放たれた巨大な控えの間を抜けてダンスホールの様な応接の奥の寝室の扉をくぐる。

「ここからは殿方はお控えくださいまし」

 メイド長らしき女性がイヴァン達を押しとどめた。

 担架をメイドと治癒修道女がサーヴァントに変わって抱える。

 近衛騎士たち三人と治癒修道士二人を部屋の外に残したまま寝室のドアが閉められた。


「王妃殿下を寝台に移して、お着替えを! 私も着替え…脱ぎます」

 私のドレスも吐瀉物やら何やらでかなり汚れている。

 その場で脱ぎ捨てると下着になる。夏の宵はこの格好の方が涼しくていいかも…。

「そのドレスは部屋から持って出て! それから私を消毒して。王妃殿下の寝台を汚さない様に気を付けて…。王妃殿下お着物を切り裂いても良いですか?」

「かまわぬ。また其方が良い絹地を手配してくれるであろうからな」


「王妃殿下の御召物ははさみで切って脱がせて、お身体を拭いた後ゆったりした物をお着せしてちょうだい」

 私の消毒も大妃殿下の着替えも済んだので王妃殿下に歩み寄り手を握ると又聖魔法を少しづつ流し始める。

「カタリナ修道女は一旦離れて水系の治癒術士に例の生理食塩水の説明と実践を指導してあげて、それから王立学校のお二人もそろそろ他の方と交代して消毒と休憩を。朝まで交替で見る事になるわ。無理はしないで」

 二人の修道女も名残惜し気にゴルゴンゾーラ公爵家の修道女と交代した。


「これからは治癒術士がこの部屋で治療に専念致しますので、応接室に二人ほどメイドを残して後はお引上げください。この断ち切ったドレスも衛生上問題が有るのでどこか外へ出して処分をお願いします」

年嵩のメイド長らしき女性はそれらを持ってメイド達を引き連れ寝室から出て行った。


「セイラ・カンボゾーラ、其方が居て助かった。あのまま王宮治癒術士の手に委ねられておればわたくしは今頃死んでいた」

「もうそれ以上はお話しなさいませんように。しばらくは私も付きます。ご安心してお眠りください」

「相分かった。ジョンに全権を託されておるのじゃから今宵は其方がトップじゃ。大人しく従うとしよう」

 王妃殿下はらしくも無く弱々しく微笑むと、それでも満足げに目を閉じた。


「ジョンもこの二年で逞しくなった。後を任せても安心できる」

「その様な事は申されませんように。速やかにお眠りください」

「フフフフフフ」

 王妃殿下は目を閉じ含み笑いをすると静かに口を閉じそれから暫くして静かに寝息を立て始めた。


 ドアの外に待機していたメイドが一人そっと入って来ると私に耳打ちをする。

 どうもあの後ロックフォール侯爵家の治癒術士団も到着し王太后と一悶着あったようだが、これからこちらに合流するという事だ。


 王妃殿下が小康状態に入り私も落ち着いて来たらフツフツと怒りが込み上げてきた。

 あの王太后が何のためにここに来たのか。

 あの外道め。絶対に許せない。

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