第170話 東の関所(1)

【1】

 騎士団長との戦闘で教導騎士達も傷を負ったようだ。二人はかなりの深手の様で青い顔で馬に乗っている。

 私の監視についている教導騎士は元気そうだが、ルーシーさんの手綱を引く聖職者は荒事になれていないのだろう、青い顔で言葉も少ない。

 私も少し無理をしすぎたようで頭がフラフラする。

「セ…、大丈夫ですか。顔色が悪いわよ」

 ルーシーさんがこちらを見て気遣って声をかけてくれる。

「大丈夫です。この丈夫に出来ているので。それよりルーシー様こそお怪我は御座いませんか?」

「少し擦りむいただけよ。気にかけてくれて有難う


「血を見て気分が悪くなったか? 偉そうに言ってもガキはガキだ。分を弁えるこったな」

 手綱を引く教導騎士が悪態をつく。

「あなたこそ人を殺しておいてよく平気でいられるものね。それも同じ聖教会の騎士を」

「口の減らねえガキだな。お前みたいな平民のガキには少しわからせてやった方が良さそうだな」

「私のメイドに手出しするなら許しませんよ! も口を噤みなさい」

 ルーシーさんが鋭く言い放った。

「テメ―、捕囚の分際で…」

「止めよ! 見苦しい。騎子爵如きの分際で我の前で口を開くな。この者らをどうするかは我の裁量次第。其方が口を出すなど、それこそ身の程をわきまえよ」

 ギボン司祭がまるで地吹雪の様な低い声でゆっくりと言うと一瞬で教導騎士もお付きの聖職者も凍り付いたように黙り込んだ。


 その後は通夜のように無言の行軍が続き東の関所の村に到着した。

 関所は誰かが来るようで慌ただしく人が行き来していた。多分ジャンヌがやってくるのだろう。

 それならばなおの事私の本名がバレないようにしなければいけない。バレればジャンヌの足を引っ張る事に成る。

 教導派の有利に運ぶようなことはしたくない。今は偽ルイーズとしてルーシーさんの保護に徹するだけだ。


 関所の村に入ると広場の正面にある村長館の前で降ろされて、館内に連れて行かれた。それも縛られたままでだ。

 私たち二人は鍵のかかる個室に放り込まれ、縄を解かれた。

 見張りの為だろう、修道女が二人部屋に入って扉のそばに待機している。

 私たち二人はソファーに倒れこむようにへたり込んだ。


「関所の向こうから誰か来るみたいです。多分聖女様でしょう。彼女と合流できるようにどうにかしたいですね」

「ええ、ただ私を捕えたギボン司祭の意図が分からないのよ。気の毒に騎士団長を殺してまでも何故私ごときを捕えようとしたのか」

「私ごときって…、ルーシーさん…様の身柄と引き換えに何か要求するつもりかと思いますよ。何か思い当たる事は無いのですか?」

「ああ、もしかしたら…。何故かライオル伯爵家は我が領地の分水嶺に執着しているようで、でも何も無い山なのになぜ」

「この前の冬の話しならルーシーさ…様かクロエ様の婚姻を仄めかしていたようにも思うのですけれど」

「それもあの土地を持参金にしろと言う口実だわ」

「しかし、ここは客にお茶も出ないのかしら。教導派の修道士など世間一般の礼儀も知らないようね」

 口を開かない修道女たちに精一杯の嫌みを言ってやる。


「主にお茶を差し上げます。お茶を用意してくださいませ。無ければ私が用意しますので厨房へ案内してください」

「小間使い風情が何を勝手な事を申しておるか!」

 いきなりドアを開けてギボン司祭が入室してきた。

「己らは立場をわきまえておらぬようだな」

「あなたこそたかだか司祭の分際で、男爵家のお嬢様に対して無礼でしょう。貴族に対して囚人扱い! 屋敷に監禁した上この扱い、正式に抗議致します」


「ああ分かった。この小うるさいガキとその主人に茶を用意せよ。どうせ代訴人としてジャンヌの審問に立つ心算だったのだろうが当てが外れたな」

「ルーシー様をこのような目に遭わせてよくそんなことが。それに騎士団長の件も許せません」

「フン。聖堂騎士団は団員同士の殺し合いでは無いか、我が教導騎士団は止めにはいってトバッチリを食ったのだ。この件はクオーネの大聖堂に抗議させて貰う。ルーシー・カマンベール殿は行動を共にしておったので一時拘束させていただいたが、事情聴取が済めば丁重に送り返してやる。ライオル伯爵領を通ってな。ライオル伯爵家で歓待して貰えるのではないか? 帰りたくなくなるほどにな」


「私をライオル伯爵家で軟禁するおつもりですね。私ごときを人質にとってもカマンベール男爵家は、あなた方の要求には屈しませんよ。カマンベール男爵家をなめないで頂きたい!」

「威勢は良いが其方の兄弟や家族がその情を断ち切れるかな? 役にも立たぬ情けに溺れて貧乏な今の憂き目に会っておるのではないのか? 先代も先々代なそして今代もな」

「それがカマンベール男爵家の誇りです。私はそんなカマンベール男爵家だからこそお仕えいたしております。領民を物扱いする様なヤカラと他領民にまで手を尽くして介護するルーシー様を一緒にしないで頂きたですわ」


 ギボン司祭の平手が私の頬を打った。

「貴族をヤカラ扱いとは、使用人の分際で口が過ぎるガキだねえ。教育が必要じゃないか?」

 私は頬を抑えながら言い返す。

「ヤカラと言われて思い至る事が有るなら、自覚はおありのようですね司祭様」

「この娘は!!」

 激高すギボン司祭の前に両手を広げたルーシーさんが仁王立ちになった。

「私のメイドにこれ以上の無礼は許しません。私もこの娘の言っていることが間違いとは思っておりません。これは我がカマンベール男爵家の、いえ領内の総意です」


「その、領民ごときに下らぬ情をかけるのが其方らの弱点だ。おい、そこの小娘。所望の茶が来たぞ。メイドならばサッサと給仕せんか」

 ギボン司祭は向かいのソファーに腰を掛けると入室してきたサーヴァントのワゴンを顎でしゃくった。

 私は立ち上がりワゴンを受け取るとお茶の準備をする。

 退出するサーヴァントの様子を見ながらティーポットの準備を始めた。開いたドアの向こうで使用人たちが行き来しているのが見えた。

 二客のティーカップにお茶を入れ一客をルーシーさんのもとに持って行く。

「誰か来たようですよ」

 小声で告げて、もう一客のお茶を持ってギボン司祭に持って行く。

 忌々しいがルーシーさんの顔を潰すわけにもゆかない。いっその事私が飲んでやろうかしら。


 ギボン司祭がソーサーを受け取ると同時に部屋のドアがノックされて修道士が顔を出した。

「お見えになられました」

 ギボン司祭はそれに頷くとゆっくりとティーカップをローテーブルに置いて立ち上がった。

 部屋を出るのかと思い横に退こうとした私の腕が急に引っ張られる。予想以上に強い力で左腕を引かれてギボン司祭の左腕で首元を挟まれた。

 いつの間にかギボン司祭の右手にはナイフが握られており、私の喉元に突き付けられている。


「なっ! 何を?!」

 狼狽して立ち上がったルーシーさんに向けてギボン司祭が言い放った。

「もう直ぐ客が見える。このメイドの命が惜しくば客人の前でつまらん意地は張らぬことだ。なに、たかが平民のメイド風情の命など取るに足らぬものだ。気にせんでも良いぞ」

「卑怯者、ルーシー様。こんな奴の言う事など聞く必要はありませんよ」

「見上げた使用人の鑑だな。だが我がこのナイフをさせないと思うなよ。このナイフは一度ならず人の首に突き立っておるのだよ」

 表情も変えずに言い放つギボン司祭の声は非常に落ち着いている。騎士団長との戦闘の時もそうだが、この女は人の命などなんとも思っていないのだろう。

 息を呑む私の視界の向こうから部屋のドアをくぐって入ってきたのは予想だにしなかった人物であった。

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