第169話 ゴルゴンゾーラ卿(2)

【3】

 フィリップ・ゴルゴンゾーラは先行させた斥候から報告を受け取っていた。

 ライオル伯爵領の二つの街道へ分岐する村にセイラとルーシーたちが泊まった事、斥候が付いた時には二手に分かれて街道をライオル伯爵領に向けて出発した後だった。

 それならば先行した彼女たちの後を追おうと準備を始めた頃に更に斥候が帰って来た。そしてその報告は衝撃的なものだった。

 ジャンヌたちが関を越えたと言うのだ。


 先ずはジャンヌを確保する。

 斥候の話では昨夕から関所の近くの森に潜んで監視していたところ、今日の朝方に関所付近が急に慌ただしくなった。

 領兵が増員されてきたのだ。直近の村から関所に向かう街道は領兵に封鎖され、直近の村にも領兵が入っている。

 昼前には関所周りを領兵が取り囲み、整列する領兵の間を教導騎士を先頭に聖女の物らしき二頭立ての馬車とそれを囲む三騎の不揃いな装備の警護が続いた。

 そこまでで斥候は帰って来たのだが、聖女は直近の村に入って休息するようだと言うのが斥候の見立てである。


 フィリップも多分そうだろうと考える。聖女ジャンヌの評判は高い為あまり派手に練り歩くような真似は避けたいだろう。

 出来れば秘密裏にロワールに入りたいはずだ。

 ただあの強情な聖女様はあの馬車を降りないだろうし、協力もしないだろう。

 監視の教導騎士を領兵か冒険者に偽装した騎士に替えて、大きな町や村に入らずにロワールに向かうのではないか。


 フィリップは全軍を率いてジャンヌの馬車を強襲し、警護と称してそのまま馬車を取り囲んでロワールに向かう事に決めた。

 三人の斥候にはモルビエ子爵領からの街道とセイラ達の動向を監視させて、日暮れ前には出発しライオル伯爵領へ向かう西街道を進み、夜半までに街道の半分まで進んだ。

 幸いにもこの遅い時間に街道を進む者もおらず、特に見咎められる事も無くここ迄たどり着けた。

 斥候を一人先行させて本隊は近隣の村に入り陣を張った。

 ジャンヌが動き出すのは明日の早朝だろう。出発した一行を強襲して領兵を排除しジャンヌたちを取り囲む。

 後は領兵が先導しようが逃げようが関係なくジャンヌを取り囲んだままロワールに向かうだけだ。


 ところが夜中にモルビエ子爵領方面に残した斥候が駆け込んできた。

 分岐の町に夜半シシーリア・パーセル大司祭が一団を引き連れて入ったと言うのだ。

 これで状況は大きく変わった。

 この街道筋でジャンヌを確保し警備の州兵ごとパーセル大司祭に預けるのだ。

 後はパーセル大司祭の一団が教導派の非を吹聴しながらロワール迄の大行進を行う事になるだろう。


【4】

 翌朝、準備を済ませて街道筋に兵を展開する。

 街道自体の人の流入も制限されたのだろう、朝からまだ誰も通らない。

 先ずジャンヌたちに付けた斥候が帰ってきて朝出発したとの連絡が入った。

 ジャンヌの馬車と護衛の三人はそのままで、教導騎士は商人団と冒険者に偽装した騎馬の領兵が六人で取り囲んでいるとの事だ。


 斥候が戻って暫くすると街道の向こうから蹄の響きが聞こえて来た。

 先頭に簡易兵装の傭兵のような一団が周りをぐるりと取り囲んでその内側に前と左右を騎馬で守られた馬車が道一杯に展開して進んできた。

 馬車の前には騎馬の修道士、右に聖堂騎士、左に冒険者、御者はまだ幼が残る修道女だ。

 間違いない!


 アヴァロン州とゴルゴンゾーラ公爵家の旗を掲げて街道を塞ぐ。

「聖女ジャンヌ・スティルトン様のご一行とお見受けする。我らアヴァロン州ゴルゴンゾーラ公爵家の州兵である。クオーネ大聖堂シシーリア・パーセル大司祭より聖女様の護衛を仰せつかり馳せ参じた次第。御同行を許されよ」

 慌てた先頭の男の馬が進み出て否定する。

「違う。人違いだ! 我らは旅の商人でそのようなたいそうな者では無い」


「有り難い! 聖女様の護衛痛み入ります。私どもも冒険者だけの警護では不安が有りました。願っても無い温情を賜りこちらこそ謹んでお願い致します」

 馬車の前を進んでいた修道士が馬を進めて前に躍り出ると、会話に割り込んできた。

 まだ少年の面影を残したとても整った顔の修道士だが、頭も切れて咄嗟の判断力もあるようだ。

 一瞬で周りの傭兵(…に仮装した領兵)たちが殺気立つ。

 その領兵たちの中を平然と進むと、フィリップの前まで駒を進める。

 領兵の先頭の男は剣の柄に手を掛けてその修道士を睨みつけた。

「おい!」

 低い声で領兵が修道士に声を掛けるが、彼は平然と無視した。


 領兵全員が右手に得物を握り締めて臨戦態勢に入っているが、馬車の警護の二人もそれは同じである。

 州兵たちも事が起こればすぐに動き出せるよう三人の聖女の護衛の動きに神経を尖らせている。


「始めまして。私は聖女ジャンヌ・スティルトン様付きの修道士でピエールと申します。遠路護衛の任に馳せ参じて頂き恐縮でございます」

「これは痛み入る。俺はゴルゴンゾーラ公爵家筆頭執務役、フィリップ・ゴルゴンゾーラと申す。この度は聖女様の一大事とお聞きし取る物も取り敢えず参じた次第である」


「待たれよ! この馬車の警護は我らが請け負っている。よそ者に関わりは無い事だ! さっさと引き揚げろ!」

「別にあなた方の警護を反故にすると言う話ではありません。私は警護は多ければ多い程安心です。フィリップ・ゴルゴンゾーラ様我らと共の警護をお引き受け願えないでしょうか」

「それは願っても無い申し出。俺たちも今の警護に否やがある訳では無いのでな。是非とも警護の末席に加えて頂きたい」


 ここまで話を進めると領兵たちは拒否できまい。

 案の定領兵の長と思しき男は了承の返事の代わりに舌打ちをして唾を吐いて馬の踵を返し馬車の先頭に戻って行った。

 続いて修道士もフィリップに一礼すると馬車に戻って行く。

 フィリップは馬車に戻った修道士が二人の警護とハイタッチをしている様子を微笑ましく見つめてから声を上げる。


「総員散開! それぞれ警護兵の側に付けて警護にあたれ!」

 その声を合図に一行が進み始める。

 先頭にフィリップ・ゴルゴンゾーラ。

 その両脇をアヴァロン州の州旗とゴルゴンゾーラ公爵家の軍旗を掲げた騎馬が進む。

 もう誰が見てもフィリップが主導するジャンヌの護衛隊列である。


 しばらく進めると先頭を中隊長に任せてフィリップは隊列離れて聖女の馬車の近くまで騎馬を下げる。

 遠目にちらりと見える馬車の横の格子窓が開いておりジャンヌが顔を出している。やつれて顔色は良くないが、とても楽しそうに護衛の冒険者と何やら話している。


「聖女ジャンヌ様! 一言ご挨拶申し上げたく参りました!」

 フィリップの声に二人は驚いたように振り返る。

 護衛の冒険者が来るかと思っていると、馬車の反対側から聖堂騎士が現れてこちらに近づいてきた。

「早々のご挨拶痛み入ります。フィリップ・ゴルゴンゾーラ卿、よくぞご助力くださいました。さあこちらへ」

 見覚えのある顔をした若い聖堂騎士に促され聖女の馬車に近づく。


「なんだ? このおっさん…”ボコッ“」

「公子様になんて言葉遣いだ! 少しは学習しろ。さっさと向こうに行けよ」

 聖堂騎士は冒険者の頭に拳骨を入れるとジャンヌに微笑んだ。

「あの、余り乱暴になさらないで」

「あいつは口で言って理解しねえんで、一発入れる方が良いんですよ。それよりゴルゴンゾーラ卿がご挨拶に見えられました」

 同年代だからだろうか聖女と護衛はとても気安そうだ。護衛達も節度をわきまえている様だがジャンヌが心を許している様子がうかがえる。


「ジャンヌ様、初めてお目にかかります。フィリップ・ゴルゴンゾーラと申します。このまま護衛についてロワール迄、多分審問会までご一緒致します」

「ありがとう存じます。私の為にご迷惑をお掛け致します」

「ご安心ください。もう領内にシシーリア・パーセル大司祭が到着しておられます。街道の向こうの町で合流してクオーネ大聖堂騎士団も伴ってロワール大聖堂に向かいます。教導派には指一本触れさせません。後は我が州兵に任せてお休みなさい」

 それだけ告げるとフィリップは先頭に戻り中隊長に全権を託すと、パーセル大司祭との合流点を目指して先行して二騎の騎士を連れて駆け出した。

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