第127話 冒険者ジャック

【1】

 カロリーヌが学校に出てこない。先々週にジャックたち三人が王都にやって来たと聞いたが、その週も先週も月曜日は登校してこなかった。

 そしてこの今週はサン・ピエール侯爵邸に帰った切りとうとう戻って来なくなって、やっと出てきたのが木曜日だ。

 ポワトー伯爵領に戻っているのだそうだ。


 先週の週末の夜にポールがカロリーヌを迎えに来たが、挨拶もそこそこにサン・ピエール侯爵邸の別邸に帰っていった。

「本当に、ジャックさんとピエールさんに至っては一度も顔を見せないのですよ。お仕事もお忙しいとは思いますが少し薄情ではございませんか」


 珍しくジャンヌがプンスカ怒っているのだ。

 まあ、ジャックたちも忙しいのだろうと思う。ピエールは向こうのまとめ役だから離れられないだろうし、ジャックを使いに出せば入り浸ってボロを出しかねない。

 ジャンヌは満足するかもしれないが、あいつがいつ口を滑らすか気が気ではなく私の胃が持たない。


「セイラさんはあまりご存知ないかもしれませんが、ジャックさんはとても楽しい方なんですよ。ねえ、ナデテ」

 ナデテもジャンヌの隣で曖昧に微笑んでいるだけだ。

「きっとウィキンズ様や厨房のダドリー様のところに勝手に乗り込んでいって、カロリーヌ様に迷惑をかけないためにピエール様が行かせないのですよ」

 アドルフィーネがやれやれと言った顔で、二人の弁明をする。


「まあそうかも知れませんが、少し冷たいと思いますよ。折角お呼びしたのに…」

「そうですね。…それならば一度カロリーヌ様にお伺いして別邸の方でお手伝いできることがあれば一度お邪魔しても宜しいのではございませんか?」

 私がそう促すとジャンヌの顔がパッと明るくなった。


「そうですね。それはいい考えですね。なんでもサン・ピエール侯爵邸の聖教会ではピエールさんが治癒治療をお教えされているとお聞きしましたし、ご指導のお手伝いに参りましょう。ねえセイラさん」

 …えっ! これ私も巻き込まれるパターン?!

 そう言えばさっきからナデテが必死で私にアイコンタクトを送ってくる。ナデテ一人じゃあ荷が重いのだろう。

 さすがにジャックはウィキンズかグリンダが居なけりゃ御しきれないよなあ。はー、仕方ないついて行くか。


「ジャンヌ様、ご無沙汰しております。護衛のお三人を派遣して頂き大変ありがとうございました。セイラ様、文官の派遣をありがとうございました。それにエマ様、弟のエド様は…元気にしていらっしゃいます。いえ、色々とお祖父様とお話が弾んで…」


 気を使わなくって良いんだよカロリーヌ。

 どうせエドは侯爵様を唆して自分は引きこもり三昧なのだろうから。

「ええ、シャピのセイラカフェの料理はすごく評判が良いの。それに新鮮な材料が他所では手に入らないから、シャピのセイラカフェご当地グルメだってすごく評判に成っているわ。そうだわカロリーヌちゃん、私と一緒にシーフード専門のレストランを始めません? 女伯爵カウンテスお墨付きの高級レストランを。ポワチエ州限定ならファナ様のハバリー亭を出し抜けるかもしれないわ。契約書を作りましょう、五十一%はライトスミス商会の出資で後はポワトー伯爵家の出資で…」

「そうは行かないのだわ。三十三%はロックフォール侯爵家が出資するのだわ」

「…」

 ほら、エマ姉に話をふるからこんな事に成ってしまったじゃない。


【2】

 それでも週末は私とジャンヌがサン・ピエール侯爵邸に向かうことに成った。

 土曜日の午後、ポワトー伯爵家の馬車の中ではカロリーヌが楽しそうに別邸や聖教会の状況を説明してくれている。

 弟のレオン君はジャックにベッタリでいつも着いて歩いているとか、ピエールは屋敷中のメイドに人気で彼の聖教会教室の講義の時はメイドたちで満席に成るとか。


 ポールは騎士として腕が立つようで警備の騎士たちからの信頼が厚いようだが、侯爵邸のアッパーサーヴァントがその方面の資質がとても優れていると褒めているいう事だ。

 面倒見がよく経理処理や法律にも明るく、使用人たちにもそれとなく差配して仕事をさせている姿は騎士というよりランドサーヴァントだ言う。

 そんな事当然だ。パブロとパウロの兄で、何より私が仕込んだんだから。


 それよりも私が意外だったのはジャックが聖霊歌隊の指導をしているということだ。

 それを聞いたジャンヌが鼻高々で講釈を始めだした。

 なんでもゴッダードに行った時にジャンヌの歌を褒めてくれたので、彼のために歌を作ってプレゼントしたそうだ。

 その歌を歌えるようにゴッダードの聖霊歌隊に通って必死で練習したらしい。

 ジャンヌも仕事で会う時は隠れて色々と指導していたという。

 なんでもちゃんと歌えるように成ったらディエゴさんの墓の前でジャクリーンさんに聞かせるんだと頑張ったそうだ。

 同行したアルビドさんから聞いた話だと断って、ジャクリーンさんが号泣したとジャンヌが話してくれた。


「そうなのですよ。だからジャックさんの歌は心がこもってみんなの心を打つのです」

 さっきまで少し不機嫌そうにカロリーヌの話を聞いていたジャンヌが、何やら鼻高々にそう告げた。

「そう言えばセイラ・ライトスミス様も歌がお好きだそうですね。なんでもみかんの歌とかハナビラ大回転とか歌を作って歌っていたとジャックさんからお聞きしましたよ。一度お教えしていただきたいものですね」

「いや、それは聞かないであげて下さい。あの方とても歌が下手くそですから…」

 マシンガンズなんて歌うんじゃなかった…。せめて筋少にすりゃよかった…。

 着いたらジャックは一発ぶん殴る!


 別邸につくとミシェルとルイーズが先に降りて扉を開けてくれる。

 二人のメイドがカロリーヌの手を取り先に降ろすと、次に私、ジャンヌの順に馬車を降りる。

 最後にアドルフィーネとナデテが荷物を持ってい馬車を降りると、エントランスに向かった。


 本当なら本邸のサン・ピエール侯爵夫妻にご挨拶すべきだが、わざわざ別邸に来てくれていた。

 エントランスホールに立つサン・ピエール侯爵夫妻に挨拶をしていると、庭の向こうから木剣を振りながらジャックが駆けてくる。

「ジャンヌ様ー! お嬢!」

 その後ろから同じ様に木剣を持ったレオン君が着いて走ってくる。

「お姉さま!」


 さっと荷物をミシェルとルイーズに渡したアドルフィーネとナデテが、私たちの前に到着するかなり前方でジャックを確保し両脇を掴んで連行してゆく。

「あなたという人は、本当に!」

「時と場合をぉ弁えるのですよぉ!」


「お姉さま、おかえりなさいませ。いまジャックさんに剣術の稽古をしてもらっていました。お姉さまを守れるように強くなるんだ」

 そういうレオン君を見ているとオスカルを思い出した羨ましくなる。

 冬に有ってからずっと会えていない。早く会いたいなあ。


「ジャックさんは相変わらずですね。みなさんもお元気そうで良かったです」

 別邸での夕食の席にはみんな集まっての食事と成った。

 ジャックたち三人との久しぶりの再会でジャンヌのテンションが上っているのが分かる。日頃控えめで大人しいジャンヌがハジケているのが何となく分かる。

 何やらそこにカロリーヌが割って入っている。


 ジャンヌはジャックとカロリーヌはポールと何やら楽しげに話しているようだが何か違和感を感じる。

「ねえ、ピエール。何となくあの四人…気になるんだけれど」

「ジャックはジャクリーンさんの息子ということも有るし同じ境遇でも有るからジャンヌ様の信頼も一番厚いしね。カロリーヌ様はこういう境遇だったので年代の近い気の許せる人がいなかったんだろうね。ポールは面倒見が良いし人当たりもいいからカロリーヌ様の相談事に色々と付き合ってるみたいだね」

「でも、何か牽制しあっているような感じがしないでもないかなあっと思うんだけれど」

「まあそうは言ってもどちらも身分も違えば立場も有るから、結局良い友人で信頼できる仲間で終われると思うよ。ジャックもポールも分をわきまえた常識人だからね」

「そんなものかしら。それはそれで彼女たち二人にしては物足りないんじゃないのかなぁ」

「へーお嬢がそんな事を言うとは思わなかったよ。まあ俺は聖職者だから縁はないけれどね」


 そして、その翌日三人の修道女に牽制されまくりながら治癒魔術の講義を行うことに成ってしまった。

 そして講義の最中も屋敷のメイドたちの嫉妬のこもった視線が刺さりまくった。

 無自覚の色男め! 何が縁がないだ!

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