第128話 聖霊歌合唱隊
【1】
州内でもカロリーヌの実姉が嫁いでいる二つの領はほぼ清貧派の聖職者に入れ替え、転向が終了している。
その他の子爵領や男爵領でも司祭の入れ替えが進行しつつある。
問題はカロリーヌの膝元、シャピ大聖堂の筆頭司祭に連なる上級司祭達と教導騎士団の幹部連中だ。
聖霊歌隊の活躍で信徒の八割は味方につけた。修道士・聖導子クラスの聖職者も八割がカロリーヌ支持を公に表明している。
しかし司祭職の上級聖職者は八割以上が教導派の筆頭司祭に従っている。
本来その舵取りをするべき大司祭様は無能を晒し、この状況を収拾する事が出来ない。
不眠と胃痛で憔悴しきっている様なのだが、枢機卿付きの優秀な治癒聖職者の治癒により病に託けて逃げる事も出来ないでいる。
ペスカトーレ枢機卿に近い三人の司祭が、早々にシャピ大聖堂を逃げ出している事がせめてもの救いだ。
利権に群がる窓口になるだけの役職で、祭事に際して何ら執務が滞ることはないのだから、残務は事務処理関係の聖導師や修道士に回して処理させている。
事務処理のトップはカンボゾーラ子爵領の高等学問所から派遣してもらった聖導師が着任し極めて事務的に書類審査をこなしている。
今まで利権に群がっていた苦情を申し立てる窓口を無くし怒りを通り越して混乱している。
要するに収賄側も贈賄側も窓口を失ってしまったと言う事だ。
高等学問所上がりの財務官聖導師のサインの無い書類は大司祭の認可が下りず、全て撥ねられる。
サイン無しで財務書類を発行しようとした事務職の修道士たちがこれまでに十三人左遷されて周辺子爵領や男爵領の農村の聖教会に送られた。
更にゴリ押しして書類を押し通そうとした司祭長が降格の上、教導派に留まっている男爵領の中心聖教会司祭として左遷された。
教導派の権威を笠に傍若無人を貫こうとしたこの司祭は、男爵家から疎んじられた。男爵家は清貧派への転向と聖教会教室の設置と引き換えに司祭の交代を願い出て、清貧派聖導女が司祭に昇格して赴任した。
その教導派司祭は司祭職のまま犯罪者矯正施設の開拓村聖教会に赴任しいる。
更に二人の司祭はサインを偽造して提出した結果、公文書偽造で投獄されたのだ。
ポールの助言で罪状告発と同時に捕縛投獄の上、伯爵家騎士団と衛士隊が執務室や自室を強襲し全ての書類を押収したという。
この結果面子を潰された筆頭司祭一派や教導騎士団とポワトー伯爵家の緊張がピークに達している。
今はお互い牽制し合って膠着状態だが遠からず教導派が爆発するだろう。
聖霊歌隊の活動は今の教導派執行部の首を真綿で絞めるが如くゆっくりと力を削いで行っている。
一般信徒や農村の聖教会の離反を許せば権威の維持が難しくなる。
本来教導派聖教会を保護ずるべき領主貴族と対立しているのだから、農村や一般信徒の締め付けが意味をなさない。
その上、都市部での一般信徒の離反と商工会や大商人達からの
教導騎士団も同様で、その維持費の捻出が難しくなってきている。
年明けの王都でのジャンヌ暗殺未遂(馬車暴走は今はそう呼ばれている)以来、教導騎士団の中心、ロワール大聖堂教導騎士団とは反目が続いている。
その内末端騎士の俸給すら払うのが困難になるかもしれない。
【2】
シャピ大聖堂には袂を分かって出て行った上位聖職者三人いる。上位貴族の子弟たちで、そのあとに入る聖職者は選定されていない。
空いた役職は空席のままにするように祖父の枢機卿を通して、父の大司祭に厳命してもらっている。
そしてその高位聖職者が使っていた使用人宿舎はポワ等ー伯爵家に接収されて、大量に連れてこられた子どもたちが起居しているのだ。
しばらくは冒険者と思しき若い男が子どもたちの面倒を見ながら警備に当たっていたが、南部から獣人属! の聖導女と修道女がやってきて子どもたちの面倒を見始めた。
警備の冒険者もいなくなり、代わりに伯爵家の騎士が警備につくようになった。
元の聖教会の施設内に獣人属が居る。教導派聖職者にとっては我慢ならない事態だが、もう聖教会の施設では無いので文句もつけられない。
そしてその数日後に当主であるポワトー
大聖堂の司祭たちは考えることもなく受けてしまった。まさかこのような喜捨が成されるとは思いもよらなかったのだ。
翌日伯爵家の騎士に付き添われ、獣人属の聖導女に連れられた修道者用の
休息日の神聖な礼拝の時間に獣人属と貧民の子供が現れたのだ。
「神聖な休息日の朝の礼拝の時間であるぞ! これはいったなんだ!」
筆頭司祭が顔を朱に染めて声を荒げる。
「筆頭司祭様。信徒席の片隅に信者や聖職者が居てなんの不都合があると申すのです。聖教会の礼拝所はすべての信徒に門戸を開いているはずではありませんでしたか」
いつの間にか信徒席にポワトー
信徒席は困惑するもの、不快を表すものなどの声が入り混じり騒然となり始めた。
「きっ詭弁だ! そもそも…」
筆頭司祭の声を遮るようにポワトー
「これよりポワトー伯爵家を代表し聖教会に歌を喜捨致します」
それと同時に美しい声が響いた。
子どもたちとともに立っていた厳つい冒険者らしき青年が独唱を始めたのだ。
それに続いて聖導女の指揮で子どもたちの合唱が続いた。
はじめの独唱で耳を持っていゆかれた信者たちは子どもたちの歌に聞き入った。
洗煉されている訳でもなく拙いところもあるが、合唱など普段聞くことのない信徒たちには新鮮で、心を打つ響きは礼拝堂に沁み入った。
歌が終わると礼拝堂内に拍手と祈りの言葉が溢れた。
ポワトー
「信徒の皆様、私カロリーヌ・ポワトーはこれから礼拝のたびにこの子らの合唱を喜捨いたします。皆様方もこの歌に感じられることがあるなら聖教会へご喜捨をお願いいたします」
信徒席に喜捨のための壺が回されて次々に小銭が放り込まれてゆく。
「ワシはこの美しい歌にこれを喜捨致しますぞ」
そう叫んで金貨を掲げて喜捨の壺に放り込むものも現れた。
「何ということだ…。ジャンヌ・スティルトンの聖霊歌など…。あってはならん事なのに。それも獣人属の聖導女などが…」
筆頭司祭は青ざめた顔でそうつぶやき続けるが、信徒からの喜捨を受けてしまっては反論することも口を挟むことさえもできない。
シャピ大聖堂の聖霊歌合唱隊はまたたく間に評判になり、大聖堂の毎日の礼拝に欠かせない行事になった。
聖霊歌を聞くためだけに来る信徒もいれば、葬儀に聖霊歌を乞う者も現れだした。
子どもたちも上達しレパートリーも増えている。
商家や貴族そして地主などに乞われて祭事や慶事にそして葬儀に赴いて聖霊歌を歌う機会も増えるとその謝礼は子どもたちのものになる。
その金で救貧院の親を引き取りに向かう子供も現れた。
同じようなことがシャトラン州の州都、サン・ピエール侯爵家のお膝元プリニーの聖堂でも起こっていた。
そしてポワトー伯爵領ではポワトー
聖霊歌隊の話はポワチエ州内の他領にも広がり、領内の聖教会に指導できる聖職者を要請する領地も現れグレンフォードやクオーネの大聖堂から獣人属の聖職者が次々と派遣されてくる。
そして州内各地の救貧院では、聖霊歌隊に雇い入れるという名目で子どもたちがポワトー伯爵領に連れ去られていった。
いつの間にか清貧派の獣人属の修道女に連れられて、ポワチエ州だけでなく周辺の州の村々も回る旅の聖霊歌隊も現れた。
農村や都市の平民層には清貧派が多い。
獣人属と貧民の子供たちの聖霊歌隊。聖霊歌は虐げられた獣人属や貧民を救う歌。聖霊歌隊はその象徴。
その考えが北部の諸州に浸透し、そのテンプレートが出来上がりつつある。
聖霊歌と共に聖女ジャンヌの名と教えがジワリジワリと浸透していった。
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