第129話 貿易船

【1】

 五月に入り初夏の日差しが最始めた。

 そんな頃久しぶりにカロリーヌが登校してきた。

 何やら領地のシャピで色々と動いている様だ。

 高等学問所からの財務官やや獣人属の聖霊歌隊所属の修道女の派遣を要請され幾人も送っている。


「ジャンヌ様、セイラ様、エマ様、人材の派遣をありがとうございます。お陰で農村の聖教会は掌握する事が出来ました。信徒の間に清貧派の考えが広まり出しています」

 上級貴族寮のカロリーヌの部屋にある応接室に私たちは集まっていた。


 カロリーヌは上級貴族寮の一番大きな部屋を与えられている上、使用人寮に併設してあるお茶会室も一室持っている。

 貴族寮の部屋は家格に合わせたもの。使用人寮のお茶会室は外部の人間や男性の関係者との交渉や折衝に使う為に学校が用意したものだ。

 何しろ現役の女伯爵カウンテス様だ。身分だけで言うと王立学校の講師たちより偉い。

 家格で言えば校長を含めた王立学校の全職員を入れても上から四番目なのだから。


 その部屋にジャンヌとエマ そして私の四人が呼ばれて、ポワチエ州の状況を聞いている。

「どうやって、自爆させて鎮火出来るか良い案が御座いませんでしょうか」

 カロリーヌとしてはこの硬直した現状を一気に打破したい様なのだ。


「エド様にご相談して逃げ出した大司祭の後に誰も、役職につけていないのです。その仕事の窓口はセイラ様から紹介いただいた財務肌の聖導師様にお願いして業務は滞りなく進んでいるのですが…」

 カロリーヌの口が濁る。


「聖霊歌隊のアイディアは素晴らしい事ですね。そうですわ、セイラ・ライトスミス様の行われた救いの再現ですわ。少なくともこれで救貧院の子供たちは救われます」

 ジャンヌは目を潤ませて聖珠ロザリオを握り締めた。


「でもそれだけでは大きな儲けに繋がらないのですよ。結局カロリーヌちゃんの持ち出しじゃないですか。エドの考えそうな事だわ」

 エマ姉がヤレヤレという風で首を振る。


「そちらの方は農村部から徐々に浸透させて、慶事や葬儀で信徒の方々から聖霊歌隊がご喜捨を貰える仕組みに変換するべきね」

「えー! そんなのより芝居小屋や広場を借りて入場料を集めてセイラカフェのような出し物にすれば儲かると思うなあ」

「エマさん、それは聖霊歌隊の趣旨から外れてしまいます」

 ストイックなジャンヌが、キャピタリズムの権化のようなエマ姉と何故か上手くやっているは少し不思議な気がする。


「何よりも筆頭司祭たちの金の流れを止める事ね。今も先細りになっているのでしょうけれど末端の聖導士や修道士はどんどんと保護下に入れるべきね。農村に移して聖教会教室や工房の準備をさせましょう。それを拒む人は切り捨てればいい」

 ジャンヌは眉を曇らせるが、そこは割り切るべきだ。今の大聖堂の待遇を諦めきれない者は清貧派に転向しても続かない。


「教導騎士団も末端の農民階級出身の騎士は道理を説いて、一旦伯爵家の騎士団に編入しましょう。上層部が片付いたなら聖堂騎士団に再編すればいいのだから。そもそも戦争を起こすわけでも無いのに過剰な騎士団を持つ必要が無いですもの」

 そもそも教導騎士団の幹部が自身の俸給を削ってまで下級騎士の面倒を見るはずが無い。真っ先に俸給が滞るのは下級騎士だ。

 そのタイミングで伯爵家にスカウトすればいい。

「そうよね。聖教会の騎士なんて無駄だわ。聖堂を守るのは聖堂騎士が居るのに教導騎士団なんて何のために居るのかしら?」

「もちろん、教導派貴族の子弟を養う為ですよ。聖教会に寄生する上級聖職者に湧いた寄生虫です」

 こういう時のジャンヌは辛辣だ。


「裏で動くのは良いのですが、それでは少々時間がかかり過ぎるのではないでしょうか」

「うーん。金の流れを断ち切らないと難しいと思うの。商工会を聖教会から離反させる手立てが欲しいわ。カロリーヌちゃんの街で教導派にベッタリのお金持ちって誰かしら」

「やはり大商人や大手の船主たちですね。特に取引相手もハスラー聖公国やハッスル神聖国ですから繋がりが大きいですし」


「それならばしばらくすれば結果が出てくると思うわ。それよりも川筋の水深は深いのかしら? 小型船はともかく中型船はどのあたりまで河を進めるのかしら」

「中型船でも領境の辺りまで、小型船ならお祖父さまのブリーニの近くまで行けるのではないでしょうか」

「それならば河口の関を廃止して領境に移しましょう。そして州境に荷受け場を新しく設けましょう。それから荷受け場での荷受けの税額を他領より減らして貰えれば、王都から東の河筋を使っている河船も西のポワトー伯爵領に向かうようになるのではないかしら」


「それはそうかも知れませんが、それでは大手の船主も潤す事になりますよ」

「川筋の荷上場で小型船から外洋に向かう中型船に移し替えれば大型船への積み荷は減りますよ。シャピの波止場での取引は減ってもポワトー伯爵領での税収は減りませんし。大型船の取引先は殆んどがハッスル神聖国とハスラー聖公国ですから教導派司祭への献金も減りますよ」


「何より救貧院の廃止の影響が大手の船主に影響を出し始めますから安心して下さい」


【2】

 子どもたちの居なくなった救貧院では思わぬことが起こり始めた。

 港湾労働での人手不足だ。

 不定期で発生する港湾での荷揚げ荷下ろしは、狭く不安定な渡板タラップを上がり下りして働く子供が最適なのだ。


 そのため船主たちは救貧院の子供を必要に応じて斡旋してもらい銅貨三枚の日当で使っていた。

 冬の荷積みででは落水すれば凍死する危険のある現場でだ。

 これから最盛期に向かい貨物の入荷が増える初夏に入ってのこの状態に大型船の船主や大商人の間に少なからず動揺が走った。


 小型船や中型船なら接岸時に近くに寄せられるので大人での運搬もさほど不安定ではないが、大型船はそういうわけにはゆかない。

 不安定な渡板タラップを駆け回る子供が必要不可欠なのだ。

 彼らにはクレーンや安定した固定タラップに投資するつもりはサラサラない。

 銅貨三枚で使えた子供の代わりに熟練した大人の労働者に高い日銭を払うつもりもない。

 仕方なく救貧院の大人たちを使うが、不安定な足場で体の大きな大人たちは子供の半分も動けない。

 荷を落としては儲けもふいになってしまうので、一度に運べる荷物減らさねばいけない。

 結果今までの四倍以上の時間を要することになった。

 荷積みや荷下ろしに時間がかかり人件費も増えている。それらのすべてが商品価格に上乗せされる。


 港湾関係の商会や大型船を持つ貿易商だけでは無く、ハッスル神聖国やハスラー聖公国から船便で貿易をしている内陸の北部の教導派大商人たちも大きな影響が出始めている。

 商品の入荷が滞って、価格も上がっているからだ。


 そしてそれに追い打ちをかけたのが、領境に出来た荷受け場である。

 そこはポワトー伯爵領と隣接する二つの領が交差する土地で、ポワチエ州と隣のロール州の州境でもある。

 そこに中型の外洋船が停泊できる荷受け場が出来たのだ。シャピの港に集中していた荷がそちらに移動し始めた。

 中小の貿易商は新しい荷受け場にいち早く埠頭を確保し移動していった。中にはシャピの埠頭の権利を売ってまで移動した貿易商もいる。

 大手の貿易商はなまじ大埠頭を幾つも要している為完全に出遅れてしまった。その上大型船の荷受けの為シャピの大埠頭を手放す事は出来ない。

 結果新しい荷受け場での取引が出来ず売り上げを減らす事になった。


 彼らはこれ以上自分たちの儲けを減らさずにこの窮状を打開する方法を模索し始めた。そしてその方法は、…権力者に取り入り利権を維持する事。

 懇意にしている領主や宮廷貴族に働きかけを行い始めたが、それには付け届けの金がいる。

 さらに働きかけても彼ら貴族も有効な手を打つことができないのだ。

 貴族たちは自分たちの膝下で何が起こっているのか把握することすら出来ないで右往左往するしかなたった。

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