第130話 ポワトー伯爵領の現状

【1】

 前回の枢機卿の治療から二か月が過ぎていた。私とジャンヌは王都からシャピに向かっていた。

 港で船を降りると埠頭には伯爵家からの迎えが来ており、そのままポワトー伯爵領の領城に赴く為差し向けられた馬車に向かった。


「聖女ジャンヌ様、セイラ子爵令嬢様よくお越しくださいました~♪。ナデテさんもお久しぶりです~♪」

 ポワトー伯爵家生え抜きのメイドだそうだが、えらく陽気な娘だ。なんでもナデテの弟子だとか自称していたけれど。


「アジフライも美味しい季節ですね。エビフライもこの時期はホタテ貝も美味しいんですよ」

 ジャンヌは魚介類のフライにはまっている様でとても機嫌がいい。

 漁船は増えている様で、河伝いに内陸でも鮮魚の荷揚げを行っているそうだ。


 ただ荷受け場は春に来た時よりも落ち込んでいる様だ。

 内陸に出来た新しい荷受け場はポワトー女伯爵カウンテスの直営となっており、先着順で埠頭の使用権を売り出したというが、エドの入れ知恵で商工会を通さずに埠頭の外れにある港湾事務所に告知板を掲げたそうだ。


 聖教会や商工会の幹部とズブズブの大手貿易商はその為、告知に気付くのが遅れてしまった。

 商工会から苦情が来たがカロリーヌは、埠頭の目につく場所に告知板を掲げて公平性を維持したと突っぱねてしまった。

 なにより領主直々の事業に商工会が口を挟む筋合いでは無いと言って、商工会の幹部はカロリーヌに合う事すらできていない。


 ここに至ってやっと大手貿易商たちも商工会や聖教会の教導派幹部も気付き始めた。

 代替わりしたポワトー女伯爵カウンテスに対して、彼らは何の伝手も持っていないと言う事を。

 そして独自に動き出した結果、北西部のアヴァロン商事が河船の運航を牛耳っている事、南部のライトスミス商会が州内で次々に店舗を拡大している事を知ったのだ。


 そして南部のライトスミス商会は聖女ジャンヌと懇意にしており、アヴァロン商事はリール州のカンボゾーラ子爵令嬢の父であるカンボゾーラ子爵が代表である事を突き止めた。


「聖女ジャンヌ・スティルトン様、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様良くぞいらして下さいました。こちらでご滞在でしたなら我々商船連合が宴を催したく是非今夜にでもおいで下さい」

「いえそれより我ら帆船協会のパーティーにご招待いたしたく宜しくお願い致します」

「それよりも外洋商船組合の夜会にこそお越しください」


 伯爵家から差し向けられた馬車に乗る前に、待ち構えていた貿易商たちに囲まれてしまった。

 私たちは彼らの誘いを振り切って馬車に乗り込んだ。


 領城ではお茶会に託けてカロリーヌと護衛の三人組たちから現状を聞いた。

 ルイーズにミシェル、そして先ほどで迎えに来たメイドとリオニーの弟子というメイドも同席している。

 アドルフィーネとウルヴァとナデテを入れてメイドが七人ついているお茶席だ。


 話を聞くとポワトー女伯爵カウンテスの決済と言われる事案はもちろん、ポワトー大司祭決済案件も全て高等学問所の文官が篩にかけて、護衛の三人とルイーズとミシェルが決定を下していた。


 全ての案件は書類として事務官に提出されて、カロリーヌは聖教会幹部とも商工会幹部とも顔を合わせていない。

『口頭のお約束は出来かねます。書面に手申請致して下さい』の一言で全て突っぱねてきたのだ。


 その結果商工会幹部も聖教会幹部も大手商人や船主から見限られつつある。

 その結果がさっきの波止場の状態度と言う事だ。

 何より護衛やメイドが全てを牛耳っているなんて誰も気付いていない。


「中小の船主で誠実な取引をしている方には優先的にアヴァロン商事の交易品を卸しているのですよ。中小の船主様は、ラスカル王国の沿岸を回る取引が多いようですので魚介類の干物や燻製、それから肥料用のイワシなどを交易品として仕入れています」

 アドルフィーネがお茶を入れながら報告する。


「アドルフィーネは王立学校の寮付きメイドなのに交易の詳細まで知っているのですか?」

「アドルフィーネはレディース・メイド…というよりカンボゾーラ子爵家の家礼ランド・スチュワードね」

「…それがなぜ寮付きで」

「それは私も不思議に思っているのだけれども…」

「カンボゾーラ子爵家はアッパーサーヴァントたちが優秀ですから。と言うよりアッパーサーヴァントしか居ませんから」

 そう言って胸を張って自画自賛している。

 まあその自信に見合うだけの仕事をこなしてくれているのだから、文句など無い。


「でも大型の外洋船をぉお持ちのぉ船主様と諍いをおこすとぉ、帆布の販売にぃ支障をきたしませんかぁ」

「それもそうよね。大型船の船主たちを一括りで敵認定するのも問題ね。良いわ、私が会いましょうか」

「セイラ様、それならばやはり領主である私が合うべきです」

「私とジャンヌさんが誘われたのだから、そんな煩わしい仕事を女伯爵カウンテスがする必要は…」

「いえ、逃げていると思われるのも癪ですし、それで舐められる訳にも行きもせんから」

 カロリーヌはここ二カ月ほどですっかりと肝が据わって貫禄が出てきた。女伯爵カウンテスと言う地位がそうさせるのだろう。


【2】

 午後からは、私たちは枢機卿の治療に向かった。

 枢機卿の看護にあたる治癒聖職者たちが、又替わっている。

 枢機卿の話を聞いても、どうも治癒術士の入れ替わりが激しいようだ。その上、常住する治癒術士は春から比べて倍に増えている。


 治癒聖職者の間にも何か問題が有るのだろうか。

 ジャンヌも不信に感じたのだろう、治癒聖職者のまとめ役を呼んで話を聞いてみた。


 どうも聖教会の中で治癒系の聖職者は特殊な位置のようだ。

 教導派の聖職者の中では治癒士系の聖職者の地位は高くない。地位や後ろ楯の無い聖職者がつく職業である。

 そもそも治癒院は聖職者が信徒の簡単なケガや病気を癒す為の施設で、建前上は全て無料で有る。


 一般に治癒魔法と言われる施術は、病人や怪我人に聖職者が魔力を注ぐことにより治癒力を上げて回復を促す事だった。

 治癒術士と呼ばれる聖職者は、人体に対する知識が有りどこにどの様に魔力を流す事で効率的に治癒力を上げられるかを学んだものの総称で有った。


 光属性の者は極端にその力が強く、これまで聖属性保持者も光属性が多かったのだ。

 その為癌や伝染病に対しては抵抗力を上げる反面、病巣や細菌も活性化させるためもろ刃の件であった。


 闇の聖属性は死を司る。すなわち魔力の活性化を抑える力を持つ事で、癌や疫病や感染症に対する治癒を持つ聖者と位置付けられていた。

 しかしジャンヌの登場で全てが変わった。

 聖属性魔法を軸にした医療として、各属性に合った処置方法や技術が確立されたのだ。


 その結果治癒術士は南部においては、高度のな医療技術を持つ専門職と位置づけられるようになり、グレンフォード大聖堂の治癒院は治癒聖職者の養成所となった。

 だから医療技術の高い治癒聖職者は南部に集中している。

 そして南部グレンフォード大聖堂は清貧派の牙城で有り、そこに居る治癒聖職者は当然清貧派聖職者である。


 ところが北部シャピ大聖堂の枢機卿治療のために、直接ジャンのの指導を受けた治癒聖職者が幾人か現れた。

 更にポワトー枢機卿治療の為ジャンヌが定期的に治療に訪れている。

 その噂を聞いた治癒聖職者が願い出て、或いは上層部に隠れてシャピ大聖堂に集まって来た。


 彼らは本来の教導派聖教会の治癒術士の待遇に不満を持っていたものが多く、ポワトー枢機卿の清貧派転向も相まって雪崩を打つように清貧派帰依を表明しだした。

 彼らはポワトー伯爵家の庇護のもと枢機卿の執務棟を全て占拠して治癒院を名乗り、教導派聖教会内に清貧派の拠点を確保した。

 そして治癒技術の基礎をレクチャーされた者は何とカマンベール子爵領のアナ司祭のもとに移っていたのである。

 ポワトー伯爵領は今混乱と対立のピークに達している様だ。

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