第131話 船主たち
【1】
翌日の正午に船主たちを招いてポワトー
私たちが枢機卿の治療に行っている間に、国外へ向かう外洋船を持つ船主すべてに紹介状が発送され、港湾事務所にも大型外洋船の船主に向けた昼食会がもようされる旨通達が掲げられた。
追記として、今後国外貿易を考えている中小の船主も希望すれば参加できる旨書き加えてある。
その追記を見て更に二人の船主が参加を表明した。
昼食会には大型外洋船を持つ四つの船主と参加を希望した二人の中型船を持つ船主の六人が参加している。
「この料理は始めていただきましたね。火は通っているのに焼き目は無く、煮ているわけでも無いようですね」
「紙に包んでいるのは何か意味が有るのでしょうか?」
「これは聖女ジャンヌ様の考案された紙包み焼きと言う料理です。今日はホタテとエビを使ってみました」
「これは玉ねぎや香草も入っておるのですな。チーズの香りが食欲をそそる」
概ね船主たちにもこの料理は好評であった。
「皆様方とこうしてお話しするのは初めてでしたね。中小の船主様とは…そちらのお二人とは幾度かお話したことはありましたが」
「それは…それはご領主様がお会い下さらないからではありませんか? 筆頭司祭様を通してご挨拶のお誘いを幾度も致しておるのですが」
「これは異な事を仰いますね。筆頭司祭様と私がどう言う関係が有ると…? 私は聖職者では御座いませんよ」
「いえ、商工会を通してもお誘いを申し上げたはずなのですが」
「重ねて申し上げましょう、私は商人でも御座いません。そこをお判りいただけていない様ですね」
「それでもで御座います。せめて何かお返事だけでも頂ければ」
「はて? 執務に関するご依頼でしたら私に届いているはずですが。事務書類は全て事務官を通して峻別され業務に関する書類は私の所に回ってきているはずです」
「しかし! それはおかしい。私どもの挨拶状やお食事のご招待状などは読まれたことが無いと仰られましたね」
「その事務官は信用できるのでしょうか? わたしどもの出した書類だけ廃棄しているのではございませんか?」
「きっとそうですとも。その様な事務官は遠ざけた方が宜しいかと思いますな」
「オホン。あなた方の仰られている事務官は、ポワトー
「いえ、そこまでは申しませんが、現に私どもの御案内状はポワトー
「それでは私からお聞きしますが、食事の案内状は業務書類なのでしょうか? それらの手紙は一般には私信と言われるものでは無いのですか? それもご本人からではなく第三者から来た者では無いですか。請求書、領収書、申請書、陳情書…領地運営における業務書類は全て的確に処理されているはずです」
「それはそうでしょうが、しかしご本人に渡しもせずにとは」
「波止場では私やジャンヌさんにズケズケとご招待のお言葉を述べられていらした様ですが、やはり聖女様や子爵令嬢風情とは違い、
「いえ、その様なつもりは御座いませんでした。唯々この機を逃すとお会いする事もかなわぬと思い気ばかり焦ってしまいまして」
私の当て擦りに船主たちん顔色はどんどん悪くなる。
「私の領地では招待状や挨拶状はご本人に送る事が礼儀で御座いますよ。ご本人がすぐ近くにいらっしゃるのに、第三者を通すなど無礼極まりない事で御座います。ポワチエ州ではそれこそが礼儀と言うのならば派遣した領主家の者として謝罪致しますが」
「いえ、ポワチエ州に限らずどこでも無作法極まりない事ですよ。セイラ様の仰られた事は間違っておりません」
私とカロリーヌが睨みつけると、四人の船主たちは慌てて取り繕って来た。
「いえ、私どももその様なつもりで申し上げたわけでは御座いません」
「そうです。無作法は謝罪致します」
その雰囲気にジャンヌがオロオロと私たちと船主たちの顔を見比べている。
「ポワトー
「その通りで御座います聖女様。ポワトー
「ジャンヌさんの仰られる事も道理ですね。こちらこそ失礼いたしました」
私が頭を下げると船主たちも慌てて頭を下げ返す。
これで船主たちに対して心理的に優位に立てただろう。それにジャンヌの好感度も上がったと思う。
「皆様、この様なご招待は個人的に受けるつもりは御座いませんの。お食事でしたら今回のような昼食会なら時期に応じて開催いたしますが」
「いえ、そう仰らずにご招待を受けて頂きたいのですよ。これからもご領主様とはご懇意に致したいと思っておりますので」
「それは有り難いお言葉ですが、私は未婚の上まだ学生の身。特定の方と懇意にしているとの噂が立つこと自体はばかられます。そこはご配慮いただきたいのです」
「そう仰いますが、新しい河上の荷受け場の件は中小の船主に対する贔屓では無いですか。埠頭の入札が始まるまで我々は何も知らせれていなかった」
「あら? そんなはずは御座いませんよ。告知は致したはずです」
「ですから、私どもはその告知を聞いていない」
「告知をされていないと仰るなら、何故他の皆様がそれを知っていたのでしょう? おかしいのではございませんか」
「ですから、ポワトー
「失礼な事を申されるな! 我々は港湾事務所に掲げられた告知を見て埠頭の入札に参加したんだ。詳細についても港湾事務所に聞きに行って事務員から説明を受けた。情報を流されてなど言いがかりだ!」
「それでも…それなら告知が出された事を何故知らせてくれないのです!」
「そんなん事、港湾事務所に行けばいつでも見られるのになぜ知らせる必要が有るのでしょうか。あなた方の仰っている事こそ贔屓では御座いませんか?」
「いや、それでも慣例と言うものが…」
「船主様方。港湾事務所が何のために合って何をしているのかお判りになっていいらっしゃいますよね。荷揚げ荷下ろしの税務申請や入荷品の申告の為に船が停泊していれば毎日通うところでは無いですか。それこそ知らない方がおかしいのでは無いですか」
大型船の船主たちは雑務を嫌い、字も読めない水夫や荷受け作業員に書類だけ提出に行かせているので、告知の内容などわかるはずもなかった。
「そうですな。今日の昼食会も二週間前に告知されていた新規の他国間外洋貿易船に助成金が出ると言うお話の関係では無かったのですか」
「ええ、その通りですわ。三枠募集でしたがあなた方お二人以外参加が無かったもので、後一枠をどなたか引き受けて頂けないかとご相談もかねてお招きしたのですよ」
「「「「そっそ、そんな話聞いていない…」」」」
大手船主の四人は、いつの間にか港湾での仕事のやり方が変わってしまっていた事を今になって実感した。
これまでの様な聖教会や商工会を通した根回しが一切通じなくなっている事を気付いてしまったのだ。
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