第132話 外洋航路

【1】

「他には…他に通達や告知は何が出ているんでしょうか…?」

 絞り出すような声で船主の一人が聞いてきた。

「さすがに今張り出されている告知全てを記憶しているわけではありませんわ。他にも執務が有りますからね。気になるようでしたら帰りに、城内の海事関係の事務所に御寄りになればいかがですか」


「船長と船員の乗船登録の変更。新型計算機研究への投資依頼。河川から外洋へ向かう小型船舶の税金優遇措置。ああそれに、積み荷の保障に関する共同投資の依頼を私の方からお願いしていたと思うのですが」

 カロリーヌの発言に被せて私が言葉をつづけた。


 船主全員の目が私に注がれる。

「そうですな。その件も機会が有ればお聞きしたかった。アヴァロン商事の積み荷を優先的に取り扱う船主と随時契約との事ですが。直接セイラ様とのお話させて頂いても良いのですか」

「私としてはそれでも宜しいのですが、それでは他の船主様との公平性に欠くのでお手数ですが、アヴァロン商事の事務員を通して下さい」


 中型船の船主の質問に私が答えていると、大型船の船主の一人がオズオズと話に入って来た。

「一体どう言う事でしょう? セイラ様は枢機卿様の治療にいらしたと伺ったのですが、アヴァロン商事とご関係が御有りなのですか」

 その言葉に驚いた様にジャンヌが顔を上げた。

「えっ? アヴァロン商事と言えばセイラさんのお持ちの商会でしょう。ライトスミス商会とも繋がりの深い商会じゃないですか」


「ジャンヌさん、南部や北西部では知られていますが、他ではゴルゴンゾーラ公爵家の物と思われいる方が多いのですよ。私も裏方に徹していますし」

 私の言葉にジャンヌとカロリーヌが懐疑的な視線を向けてくるが、なにか間違った事を言っただろうか。


「商船連合さんはあまり南部の物資を取り扱わないからご存じないのでしょうな。河船で南部から来る積み荷の多くがカンボゾーラ子爵家の割り印を押してあるじゃあないですか。アヴァロン商事の代表はセイラ様のお父君ですし」


「それより、先ほどの外洋貿易船に対する助成金の話だ! それをお聞きいたしたい! 後一枠ならば外洋商船組合にお願いしたい」

「契約内容も確認せずそれは、早計ではありませんか?」

「こちらのお二方が参加なされているなら、外洋商船組合なら同等の事は可能です。考える事などいらない、参加を表明致します」

「それならば帆船協会も!」

「われら商船連合も!」


「セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様。この募集は先着順なのですか?」

 熊の様な体格の髭面の男が声を掛けてきた。この男は波止場で見なかったが?

「北部商船の代表者様です」

 ウルヴァが私の横で耳打ちする。


「いえ、書類審査と契約条件の確認も行います。条件を遂行できる方を優先いたしますよ。今回の募集で審査を通られたのがそちらのお二方だけだったので、一枠空いてしまいましたので審査に参加しておられなかった方にお声掛けだけはと思いましてお呼びいたしましたの」

 私に代わってカロリーヌが答える。


「それならば北部商船は期限まで契約条件を吟味して審査書類を提出いたしましょう」

 ほう、この人は他の三人とは少し違うようだ。

「他のお三人も、慌てずとも契約条件をよく吟味して申請してください。提出期限までは未だ日にちも有ります」


「それはそうでしょうが、帆船協会はハスラー聖公国との貿易実績がある。そちらの二人よりも力も資金も有るのですから三枠とも見直しては如何ですか」

「そうですぞ。我ら外洋商船組合はハスラー聖公国だけでなくハッスル神聖国とも長年取引をしてまいりました。遡って助成金を頂ける権利もあると愚考いたしますぞ」

 この二人はカロリーヌや私に取り入って決定済みの二枠まで取り上げようと考えているのだろう。


「二枠は決定しております。今回は残り一枠の追加だけです。それに我が王国を含む北部三国は対象外です。助成金を出すメリットが有りません」

「メリットが無いとは異なことを。ポワトー女伯爵カウンテス様、これまでもハスラー貿易で利益を上げてきておりますぞ」

「この助成金をお願いしたのはアヴァロン商事です。北部三国間での貿易はジリ貧です。この先メリットが見出せないと判断致しました」


「なぜ! アヴァロン商事の商品はハウザー聖公国でも順調に売り上げを伸ばしていますよ」

「でも持ち帰って売れる物は減っているのではないですか? あちらから仕入れるものが無いのでは儲けは薄いのですよ」

 ハスラー公国からの輸入品は例のリネン布や彫金などの工芸品。それにさらに東から輸入している香辛料や茶葉だ。

 これらはかつてハスラー商人が独占していたため品質に対してかなり割高で、何より工芸品以外はハウザー王国との輸入品と被るものが多い。

「それなら一体どこと貿易を行うと言うのです!」


「向かいの島国であるノース連合王国や西のモース公国、そしてその後ろに控えるサンダーランド帝国の航路を開発して頂きたいのです」

「それは南部ハウザー王国との通商路を確立したライトスミス商会に対抗したいと言う事ですかな? かのセイラ・ライトスミスにならって北部で名を上げたいとお考えか?」

 この熊親父は他の三人とは違う様で、しっかりと私の事も調べ上げている様だ。


「その様な大それたことを。私どもアヴァロン商事もライトスミス商会に頼らずに、北部で利益を上げられるルートを欲しいと言うささやかな願いですわ」

「ささやかとは申しがたいお望みですな。面白い、最後の一枠はこの北部商船が全力で取らせていただきましょう」


「宜しいのですか? 契約内容を吟味しなくても」

「興が乗りましたのでな。少々の損失なら北部商船はびくともせん。船主のわしが決めたのだから、助成金が出ずとも船は回しましょう。その代わり通商路が確保できればその航路はアヴァロン商事と独占で契約したいものですな」

 こういうタイプの男は嫌いじゃない。勢いで契約してしまいそうな迫力がある。

 ヤバいなあ。このオヤジに呑まれそうだ。


「その折はご相談させていただきますが、仮定の話は置いて多国間貿易航路のお話に戻しましょう」

「先ほどの積み荷保証の共同投資の件ですな」

「ええ、新規航路開拓と係わりが有ります。航路開拓で出港する際の積み荷は全てアヴァロン商事の持ち物として、到着先での儲けも全て私たちの物と致したい。その代わり帰りの船便の荷の儲けは船主の取り分です」


「それがどう積み荷保証と関係するのです。それでは航海先に向かう輸送費用が丸損じゃないですか」

「行きの輸送費は出ませんが、もし船が沈んでも積み荷はアヴァロン商事の損失です。行きでも帰りでも船が沈没したり私掠船に合えば積み荷の損失は全額依頼元が支払うと言う契約を考えているのですよ」

「…積み荷の損害補償と言う事か。今までは積み荷も全て買取だったからな。沈没や略奪にあった場合は丸損だったが、それなら幾らかは損失の補填がきく」

「この方法を行く行くは荷主の共同出資で行えないかと考えているのですよ」

 六人の船主全ての目が輝いた。

 熊親父はともかく、大手の三人は中型船の船主二人に圧力を掛けそうだな。

 コッソリと融資や援助の手配をさせるようにした方が良いだろうな。

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