第133話 新規航路開拓

【1】

「新規国外航路の開拓の助成金についてはここに居られる船主様が候補の全てですから、もうここでお話してもよろしいでしょう」

 私の宣言にカロリーヌが頷く。


「新規航路はシャピより北及び西に向かっての貿易航路となります。これまでも通商が無い訳ではありませんが、小型船を使って沿岸を何度も経由しながらの小規模のものでした。それに陸路ではラスカル王国は西方山脈に大規模な通商路が開けません。なので中型船以上の出来れば大型帆船での通商路開拓をお願いしたい」


 新航路の開拓は対象となる国の位置が地図で解っていてもそれだけで行ける訳では無い。

 新規の航路は潮の流れや暗礁の位置など事細かな情報が有って初めて可能になる。

 嵐や座礁の危険だけでなく私掠船…俗にいう海賊の襲撃なども考慮しなければならない。

 さらに停泊した場所でも住民からの襲撃の可能性だってある。


 まあ此処に居る船主の船だって、品行方正な訳では無いだろう。

 私掠船や沿岸からの略奪行為に備えて武器も積み込んでいるし、船員もそこいらの傭兵よりも屈強だ。

 彼らだっていつ私掠船に早変わりするかも分からない荒くれ者の群れなのだから。


「沿岸商船は中規模船団でのモース公国やその周辺国の航路開拓を表明されておられます。内陸通商は新規に大型帆船を就航させてノース連合王国への就航路開拓をお任せ致しております。もうドックでの造船も進んでおられるそうですね」


「セイラ様、商船連合もノース連合王国の航路なら知識も有りますぞ。対岸までの航路なら自信も御座います」

「外洋商船組合も中型船の実績はある。その航路に大型帆船を回す事は可能でございます」

 …気概の無い事だ。彼らは安直に中型船の航路をなぞって対岸に着く事しか考えていない。

 内陸通商は北上してノース連合王国の王都近くに直接接岸できる新規航路を開拓するのだ。

 最終的には島国であるノース連合王国をぐるりと一周する航路を作ると張り切っていた。それに新規帆船にはアヴァロン商事の新規帆布の使用テストも依頼している。


 沿岸商船は中規模船の船団での航路開拓だ。モース公国はサンダーランド帝国から独立した国で、西部山脈を挟んでラスカル王国の向こうに位置している。

 モース公国の後ろには同じく独立した公爵領と辺境伯領が並んでいる。

 この三国に向けての通商路開発が使命だ。


 そして行く行くはその後ろに控えるサンダーランド帝国との取引も視野に入れている。

 多神教のまるで違う宗教を国教とするサンダーランド帝国はハッスル神聖国と相容れない。

 これまではサンダーランド帝国との交易は殆んどがハウザー王国を経由しての取引だった。

 周辺国の独立で国力は衰えているがそれでもまだ広大な領地を持つサンダーランド帝国との交易路が開かれれば利益は格段に上がる。

 今回の航路開拓はそれを踏まえた地均しのつもりだ。


【2】

 商船連合も外洋商船組合も帆船協会もノース連合王国への大型船の航路開拓に名乗りを上げてきた。

 その内容も予想通り対岸までの大型帆船一隻だけの航路申請である。


 北部商船の代表は宣言通りサンダーランド帝国迄の航路開拓案を提出してきている。

 それも大型帆船三隻の船団での渡航である。


 審査の結果は北部商船で落ち着いた。

 その結果、沿岸商船は中型船五隻の船団でのモース公国航路の開拓。

 内陸通商は新規に大型船を設えてノース連合王国沿岸周回航路の開拓。

 北部商船が大型帆船三隻の船団でのサンダーランド帝国への通商航路の確立だ。


 こうなると落選した三人の船主が黙っているはずは無いだろう。

 当然狙われるのは内陸通商だ。

 ほぼ毎日シャピから港湾関係の状況の連絡を受けている。

 接待から始まって埠頭での嫌がらせや資金面での圧力もかけて来ているそうだが、アヴァロン商事やライトスミス商会がバックアップしているので上手く進んでいないようだ。


 一昨日は沿岸商船の船団がのモース公国に向かって出発したと知らせが入って来た。

 北部商船の準備も着々と進んでいる様だ。

 どうにか順調に進んでいると思っていると大変な知らせが飛び込んできた。


 大型帆船の船主たち三人が次々に持ち船のメンテナンスと称して、ドック入りを始めたのだ。

 いきなり大量の持ち船を遊ばせるような行為をしてまでこんな事を始めたのは、船大工を抑える為だろう。


 他の中小の船主から苦情が出始めている。

 仕方が無いので中型や小型の商船はアヴァロン商会で資金援助して沿岸の他領のドックを使い急場をしのいでいる。


 三人の船主は北方三国間貿易に胡坐をかいていたため、実際にじり貧になりつつあったのだ。

 昼食会で私が指摘した通りラスカル王国からの輸出超過でハスラー商人から不興を買っている上、これまでのしがらみで割高のハスラー聖公国産の輸出品を買わねばならない。

 又それが不良在庫として残っている為倉庫費用もかさむ。


 活況を呈する中小商船への嫌がらせもかねてドック入りをしているが、その実帆船の稼働を下げたいと言うのが本音である。

 出来るならノース連合王国との簡単な貿易で助成金をせしめて赤字補填をと考えているのだ。


 これまでなら聖教会や商工会に働きかけて有利な条件で優遇を受けられたが、今はそう言う訳には行かない。

 だからと言って彼らの体質が改まるわけでも無く、ポワトー伯爵家の中で付け届けをする相手を探しているのだがそのターゲットも見つからない。


 当然メイドや護衛がその仕分けをしているなど思ってもみないだろう。

 この間などカロリーヌに面会する為王立学校にまで押しかけて来た船主が居た。

 カロリーヌに面会が出来ず私にまで面会の要請が来たが、アドルフィーネに追っ払われてすごすごと帰って行った。


 そしてとうとう決定的な事件が発生した。

 港の外れのドックで火災が発生したのだ。

 深夜で船大工や作業員はおらず人的被害は無かったが、ドッグに入っていた船は全焼しドックも半壊で当分使用できない状態になってしまった。


 カロリーヌも私も予想はしていたので警戒は怠っていなかったのだが隙を突かれてしまったようだ。

 当然夜中の人の居ない時間に火の気がある訳もなく、ほぼ放火で間違い無い。

 そんな事を企む者は限られている。

 しかし証拠がない三人の船主はグレーのまま法務官と衛士の取り調べと監視を受けている。

 への放火の罪で。


 その三日後カロリーヌの姉の嫁ぎ先の男爵領で内陸通商が発注した外洋船が就航した。

 グレッグ兄さんとウィキンズの兄のドニ・ヴァクーラが設計に携わり色々と新しい技術を入れた新造船が、カマンベール領で織られた一枚物の巨大な帆布の帆を張って外洋へと躍り出たのだ。

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