第126話 エドの仕事
【1】
昨夜は別邸でレオンを交えてサン・ピエール侯爵夫妻と三人の護衛やエド・シュナイダーとの顔合わせの夕食会となった。
三人の護衛は日替わりで聖教会教室の講師になり、レオンの教師にもなるそうだ。
ピエール聖導師が主担当で初級三学と上級四科、治癒治療や水属性の魔術も教える。
ポール聖堂騎士は土属性魔術と法学や経理そして上級四科の数学と天文・幾何も担当する。
ジャックは風魔法と剣術・体術と経理や経営学もそして音楽も教えるそうだ。
レオンは一週間ぶりにあうカロリーヌに甘えていたが、いつの間にかジャックに隣で話に聞き入っていた。
「それでなあ坊ちゃん、これは聖女ジャンヌ様が作った曲でな。 ♪君に母の祝福がありますように、私の命の喜びである君に、父が私のために君を守り、私たちすべてをお守りくださいますように♪ って言う歌詞だ」
いきなり歌い出したジャックの声はとても澄んだ美しい歌声で、カロリーヌもサン・ピエール侯爵夫妻も眼を瞠った。
レオンは興奮して更に歌をせがみ始めた。
「よし! 明日から邸内の使用人の子供を集めて聖教会教室を始める事にする。初めは音楽からだ。ジャック殿よろしく頼むぞ」
サン・ピエール侯爵急に立ち上がり言い放つ。
「それから、ルイーズ ミシェル。どちらでも良いからセイラカフェでの聖霊歌の発表の仕事を頼んでくれぬか。週末に一度でも月に一度でも良い。カタチだけでも聖教会工房のような日銭を稼げる仕事を作って前例としたい」
「聖教会教室に通う子供には、平日は朝の礼拝の時間に、聖霊歌を歌わせる様に致します。子供たちには僅かですが銅貨十枚の報酬を出します。これを聖教会工房の実績と致しましょう」
サン・ピエール侯爵夫人が話をつづける。
「分かりました。明日一番でセイラカフェに赴いて契約を済ましてまいります」
ルイーズが侯爵夫妻にカーテシーをしながらチラリとエドを見て眉をしかめた。
「それでは私が、修道女の皆様方に経理や会計の指導も含めて工房の運営の方法をお教えいたしましょう」
ミシェルも答えてエドを睨む。
カロリーヌは急な展開について行けない様でひたすら困惑している。
「侯爵ご夫妻はエドめに何やら吹き込まれたのですよ」
「あの男は自分では何もせずに人を誑かすのが得意なのです」
ルイーズとミシェルが耳元で囁く。
何となく理解した、エド・シュナイダーという人物を。
根っこは違うのだろうが、同じような思考をする人物をカロリーヌは知っている。
そうやって周りに毒を流し込んで行く毒蛇のような人物を。
その毒を打ち消す為にセイラ・カンボゾーラはエド・シュナイダーを送り込んできたのだろう。
先程の歌を、今ジャックの指導を受けながらレオンが一生懸命に歌っている。
ジャックはあの歌は聖女ジャンヌを守って死んだ両親を思って作った歌だと言った。そしてジャックはその時一緒に死んだ彼の父とジャンヌを助けた自分の母の歌だと思っていると付け加える。
カロリーヌにはこれからレオンを守って立つ自分の応援歌に聞こえた。
【2】
サン・ピエール侯爵邸の聖教会は邸内の関係者だけの施設なので、これと言って大きな仕事が有る訳では無い。
三人の修道女は聖教会工房の仕事を手伝いながら、聖教会教室で経理や会計処理の基本を教え込まれている。属性魔法についても必要がある事から愚痴をこぼしながらも真面目に勉強している様だ。
そんな彼女たち三人が勇んで受けている授業が、ピエールの治癒魔術の授業で有る。
まあピエールの授業は手の空いた若いメイド達も沢山やって来る人気の講義なのだが、治癒魔術は今のところ修道女たちにしか教えておらず、それも直に手を触れて講義されるので三人の邪な欲求を満たしている様だ。
そして以外に本来の子供たちへの指導で一番成果を上げているのがジャックであった。
見るからに粗野な冒険者というイメージながら、ジャンヌに習ったというチェンバロを演奏しながら歌う姿は不思議と絵になっている。
楽譜も読めてキーやコードもシッカリと説明している。
話も面白く、子供たちを乗せるのも上手い。子供たちは歌詞を憶える為に必死で字の勉強に励んでいる。
レオンはこの次合う時にお母様に聞かせるのだと初めてジャックに教えられて歌を練習している。
邸内ではカロリーヌの次にお気に入りがジャックだと言って、いつもジャックの後に着いて歩いている。
いつの間にか邸内の聖教会は、治癒院として機能し始め聖教会教室は聖霊歌合唱隊としてセイラカフェでの仕事も増えていった。
まだまだゴルゴンゾーラ公爵家やロックフォール侯爵家の聖霊歌隊には敵わないが、さまになり始めている。
子供達も他の聖霊歌隊との交流によりライバル意識が出て更に勉強と練習に力が入るようになった。
そしてエド・シュナイダーと言えば侯爵家の蔵書庫に籠って本を読むか、厨房に侵入してつまみ食いをしながら居眠りをしているだけだ。
あれから彼は王立学校の寮に帰らず、ずっと公爵邸に入り浸っているのだ。
もちろん学校の講義に出てきたのもあの日一日きりである。
三週目の週末にはセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢と聖女ジャンヌ・スティルトンがやって来たが、取り立ててその日に行動が変わると言う事はなかった。
ただ、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢とエドが何事か話していたのを見たがそれもわずかな時間であった。
日曜の夜、セイラ達が王立学校の寮に引き上げた後に、そのまま食堂で寝ていたエド・シュナイダーがカロリーヌに話しかけてきた。
「聖教会教室も合唱団も上手く行って良かったねー。そうだ、シャピの大聖堂でも聖霊歌隊を造れば良いんだよ。…救貧院の子供を全員雇ってね。聖霊歌隊の宿舎を作って、聖教会で礼拝の初めに歌わせればいいね」
「どう言う事でしょう? 聖教会から日当を頂くと言う事でしょうか?」
「違うよ。御祈りのたびにポワトー伯爵家が聖教会に喜捨するんだ。子供たちの歌をね。だから歌は無料」
カロリーヌは頭の中でエド・シュナイダーの言葉を反芻する。
伯爵家が喜捨をする…。歌は無料…。
今のサン・ピエール侯爵邸の聖霊歌隊は朝の礼拝に侯爵家が銅貨一枚を払って子供たちに歌わせている…聖教会で。
そう! 子供一人につき銅貨十枚分の仕事を聖教会に喜捨しているのだ!
そしてシャピ大聖堂の礼拝は一日五回。慶事や葬儀そして休息日にはその回数も増える。子供一人毎日銅貨五十枚以上の収入になる。
形式上この中から宿舎代と食事代を徴収したとしても、名目上は仕事をしている事になるのだ。
救貧院は異を唱える事は出来ないだろう。
聖教会で実施している先例が有るのだから、シャピ大聖堂も声高に問題視する事は出来ない。
これで救貧院から洗礼前、いや聖年式前の子供は全て救い出せる。
「でも、聖教会教室はどうすれば良いのでしょう」
「別に教える人がいれば聖教会でなくても良いじゃない。聖教会教室も初めはライトスミス木工所のチョーク工房で僕たちが交代で小さい子に教えていたんだから。伯爵家なら先生は沢山居るでしょう。何ならカンボゾーラ子爵家やボードレール伯爵家にお願いしても良いじゃない」
そうだ、何も聖教会に拘らなくとも良いんだ。
聖教会に喜捨する聖霊歌の習得のために字を覚えるのだ。楽譜を読むために音楽を教えるのだ。鍵盤を数える為、テンポを取る為に算術を…。
ポワトー伯爵邸の片隅にでも宿舎と練習場を作り、聖霊歌教室を開くのだ。
私は
直ぐにでも実現してやる。
翌日の朝にはレオンを伴って、三人の護衛と二人のメイドを連れてシャピへ向かうカロリーヌの姿が有った。
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