第130話 蠢く悪意
【1】
ハスラー聖大公の執務室ではアーチボルト・オーヴェルニュとの密談が交わされていた。
「やはり出所を謀っておったか」
「その様で御座いますな。マリエル王妃殿下も手の上で踊らされておったようでご立腹なご様子でした」
「それでアーチボルトよ。この先どうなると思う」
「宰相のフラミンゴ卿は面白がっておられましたし、マリエル様もさほど気にかけておられない様でしばらくはこの状況が続くかと」
「結局出所は明かされておらぬのか?」
「どちらも同じ経路で仕入れたこと以外は口を割らぬそうです。マリエル王妃殿はそれで利益が上がるならと無理維持はせぬような御様子」
「我が娘ながら喰えんな。知っておって明かさぬのかも知れんぞ。ハスラー聖公国も販路に食い込みたい。調査には手を抜くな」
「それは当然でございます」
「それとハッスル神聖国や教導派聖教会系の貴族には気取られるな。この機に奴らの力を削ぐ。…でどちらだと思う、北か南か」
「南が怪しいと言えば怪しいですな。もともとあの小娘の地盤の様ですし、ハウザー王国からの献上品の件も有るので。…ただあの小娘ならばそこまでやって、北からという線は濃厚で御座います」
煮え湯を飲まされたことが一度ならずあるアーチボルトにとって、セイラ・カンボゾーラのやり口は回答が出る迄確実とは言えないの事を身に染みている。
「たかが十七~八の小娘がそこまでするか?」
「するでしょう、あ奴ならば。どちらにしろハウザー王国との通商路確保は必須で御座います。綿糸を直接輸入するだけでも利益は御座います。それに苧麻の栽培も利益をもたらしておりますが、ハスラー王国の北部清貧派諸州がライトスミス商会やアヴァロン商事を通じて農法の革新を謀っておる様でそれも移入可能かと」
それでもセイラ・カンボゾーラの目的は明確でわかりやすい。
教導派教義の破壊。これさえ見誤らなければ与しやすい相手である事は確かだ。
「小賢しい小娘だ。教導派の教義を捨てればハウザー王国経由で利益を分けるという事であろう。マリエルは手放さぬであろうな」
「マリエル様だけでなくフラミンゴ宰相も首輪をつけようと躍起になっておりますな」
「これ以上ハスラー聖公国が小娘に踊らされぬ様に任せたぞアーチボルト」
聖大公もそこは承知しているのだろう。
どちらに向いても獣人属か異教徒相手。国益の為なら取り込める者は取り込み異物は排除する。
そうしなければあの小娘に潰されてしまうのだから。
【2】
司法卿からペスカトーレ枢機卿の所へ幾つかの報告が上がって来ていた。
軍靴の機密漏洩事件の報告である。
エポワス伯爵がモン・ドール侯爵家を追い落とすため罠を仕掛けたあの事件の顛末だ。
近衛騎士団から邪魔なモン・ドール侯爵家の勢力を排除して、リチャード王子を自分の手駒の第九中隊に取り込んでしまった。
ペスカトーレ枢機卿としてもこんな伏兵がいるとは少々甘く見ていた。
そのエポワス伯爵が輜重の権限を一手に握ったと言うのである。
以前からストロガノフ子爵の下に就く事に不満を感じていた様だが、近衛騎士団の実利を奪い取ったという事だ。
これならば騎士団向けの皮革製品の購入をゴリ押しできる。
ハッスル神聖国へは牧畜の拡大を進める様に連絡を入れた。特にこの先大幅に装備が更新される靴については鞣した革で送らせれば良い。
軍機扱いで工房は限定されているのだからその手前の革の段階で輸入となるのだから。
ハッスル神聖国で製品化された軍靴は教導騎士団に回せば良い。各領地貴族の教導騎士団に割り当てれば済む事だ。
騎士団に関しての問題は色々あったが目途はつきそうだ。
しかし軍務関係でもう一件厄介事が有るのだ。
昨年から引き続いた北海の事件からフラミンゴ宰相が介入を始めたらしいのだ。
どうも商船団の運航に海軍を介入させるつもりらしい。
今ラスカル王国が持っている海軍船と言えばハッスル神聖国との国境辺の小さな港に係留されている王室専用の御召船とそれを警護する三隻の老朽艦だけである。
海軍とは名ばかりの商船団にすら歯が立たないものだ。
それを軍務省内に独立した部署とした海軍を設立する動きがあると言う。
これから造船を進めると言うので先の話になる様だが、今後それに伴って私掠船許可の廃止が検討されていると言う。
もし海軍の監視が強まればアジアーゴでの通商活動にも支障をきたす恐れもある。かと言ってシャピに海軍の中心基地が設けられればアジアーゴへの脅威となる。
どちらに転んでもペスカトーレ侯爵家にメリットは少ないようなに感じる。
今回の法案についても騒乱時期にアジアーゴの封鎖を行ったあの事件を想定している様で、法案検討の指示は王妃殿下から出ている様だ。
あの時もハスラー聖公国とシャピが連動して動いていた。
今回も海軍法案を使ってアジアーゴとハッスル神聖国を封じ込めるつもりなのだろう。
シャピとハスラー聖公国によって東西から監視と圧力を掛けるための法案ならばどう考えてもマリエル王妃が裏で動いているに違いないのだ。
あの王妃はますます邪魔になって来た。
【3】
セイラ・ライトスミスからヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢に宛てておかしな依頼が来ていた。
フラミンゴ宰相の許可証が付いた荷物の通関時の記録を残さないでくれというのである。
書類上にサンペドロ辺境伯領に入った履歴を残さないで欲しいという事だ。
それからライトスミス商会の用意した品をサンペドロ辺境伯家からの献上品としてハウザー王室とラスカル国王夫妻に送って欲しいとの事だ。
別にその程度の雑事は父に相談せずとも事後承諾で事足りる。
了承の返事を書き、メリージャの辺境伯家にも使いを出した。本来ならそれで済ます案件なのだが一点気になるところがある。
フラミンゴ宰相の名だ。
通関記録の隠蔽の為の見返りが王家や王族へのサンペドロ辺境伯家名義の献上品だという事なのだろうが、これによって何かの片棒を担がされていると言うのも事実。
事が露見した時に巻き込まれる事も必然だろう。
気になる事は一つだけ。
フラミンゴ宰相が主導したのかセイラ・ライトスミスが主導したのかで信頼度が違ってくる。
セイラ・ライトスミスが画策したならまず失敗する事も無ければ、もししくじってもボヤ程度で収まるとは思うので恩を売っておく事にして良い。
セイラ・ライトスミス名義で来ている書状なので掌で踊らされているのはフラミンゴ宰相だと思うが探りだけは入れておこう。
ブル・ブラントンの一件のせいでこれまで比較的自由に出来たのだがそうも行かなくなった。
宿舎も近衛騎士団から王立学校の使用人宿舎に移されてしまった。
近衛騎士団から離れるのは寂しいが、本来の王族の警護と言う目的には合致している。
当然留学生たちは王都から出る事は出来ないのだからその護衛のはずの彼女が単身で他州迄赴く事の方が異常だったのだ。
しばらくは王都で出来る事、エヴェレット王女殿下たちに利する事であれば特に積極的に動くべきだろう。
まずはラスカル国王夫妻への献上品についてフラミンゴ宰相の所に相談に行こう。
腹に一物ある曲者か御しやすい愚か者か見極めておくに越した事は無い。
ならば下級貴族寮に残っているセイラ・カンボゾーラを呼びつけて準備をさせる迄だ。
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