第129話 バレました

【1】

 夏休みを迎えたので直ぐにでも領地へ帰りたかった。

 義妹のルシンダが生まれて一年。もうハイハイを始めているからそろそろ立つかもしれないし、言葉を発するかもしれない。

 一言『オネエタン』と言わせたい。


 そんな希望を打ち砕かれて私は今王宮に居る。

「ほんに其方は見事に謀ってくれたわな」

 腹立たし気な王妃殿下に睨みつけられていた。

「北方三国はおろかハウザー王国まで巻き込んでよくぞ謀ったものだ。仔細を明かして貰うぞ」

 宰相閣下も呆れ顔で私を見下ろしている。


 絹の出どころがバレたのだ。

 想定はしていたし半年以上も騙しおおせたので上出来と言えば上出来なのだが、叱られるのはあまりうれしくない。


 原因はこの夏の北海での騒乱だ。

 入荷云々という話ではなく、私がそれに駆り出されて右往左往していた為細部に目が届かなかったのだ。


 発端はオークションハウスに出された小振りの磁器の皿であった。

 王妃殿下がその意匠を気に入り落札したのだが、その二週後に開かれたオークションにまったく同じ意匠の絹の緞子が出展されたのである。

 一早く気付いた宰相閣下がオーヴェルニュ商会を通して落札させたので勘付いた者は今のところこの二人だけ。

 いや多分アーチボルト・オーヴェルニュも気付いただろう。

 宰相閣下はだからオーヴェルニュ商会を巻き込んだのだ。

 そして私は今この場に居る。


【2】

「どちらも高価な品の上まだ流通路は不安定。武力と権力で抑え込まれればあっと言う間に奪われますので」

「それは教皇派閥の事を申しておると思っておこう。…で、出所はどこなのじゃ。私の肝入りで動いている以上嘘は許さぬぞ」

 王妃殿下も諦めた様に私の顔を見て回答を促した。


「北海航路で御座います。絹生地の献上やゴッダードへの入荷は全て偽装で御座います」

「それは事実か? ハウザー王国経由では無いと言うのか」

 私は絹の販売についてこれまでの経緯を全て明かした。

 ゴッダードの綿花市場を潰す見返りと西部航路への参入の牽制の為に全ての目をハウザー王国に向ける為だと。


「なんとも、自国はおろか他国の王族迄謀ってその駒に使うとは。ほんに不遜な娘よ。その首が飛ぶとは思わなかったのか」

「それは相手を見てで御座います。少なくともこれからの価値をお判りになる方をお相手にしておると思っておりますが」


「しかし問題は今後の事だな。まだしばらくは仕入れ先は特定されぬだろう。他国やアジアーゴには出来る限り知られたくない」

「それはハスラー聖公国にもという事か? なら何故オーヴェルニュ商会をも巻き込んだ? ラスカル王家の立場なら其の方が一報を入れて私が競り落とすべきであったろうに」


「アーチボルト・オーヴェルニュの事ですからあの時点で勘付いていてもおかしくは有りませぬ。なら王妃殿下に不信を抱かせるより巻き込んだ方が得策。あ奴もどうせそこの小娘の策略だと気付いておるでしょうからな」

 ひどい言われ様だが実際その通りだろう。

 アーチボルト氏なら私が王妃殿下も含めて騙していたと即座に判断するはずだ。


「それでだ、セイラ・カンボゾーラ。これからはシャピで降ろした磁器は絹と一緒に、いや同じ国から出たと思われる品は全てゴッダードに回せ。お前の策に乗ってやる」

「この娘の策? 其の方は何か聞いておるのか」

「聞かづとも判ります。こ奴はシャピのラスカル西部航路組合で全てを独占しようと企んでおるのです。西部航路の全てを押さえて他国の交易船を入れさせぬつもりなのだろう?」


「そこまで強欲では有りません。でもラスカル西部航路組合が西方海域に拠点を多数作り、船舶数でも圧倒出来れば他国の進出はより難しくなる。だから少しでも時間が有ればそれだけ有利になると考えております」


「それは理解したが…。なぜ私を巻き込んだだ? 其の方の言う三商会と三貴族家で運用は可能。利益は独占できるでは無いか」

「国策として王家の圧力を排除したかったのであろう。国王陛下やペスカトーレ教皇家が知ればその利権を取り上げにかかるからな」


「価値の判らない方に提言しても目先の欲に囚われるだけですから。教皇庁など目先の利益を求めて多神教のサンダーランド帝国に攻め入るでしょう」

「私はその価値が分かると。その世辞聞いておいてやろう。ハスラー聖公国にも種麦を食う愚か者と言う例えが有る。其の方の申す通りだな。それからフラミンゴ卿、この間申しておった財務省の新局の件も急いで進めよ。前倒しでも構わんぞ」

「それは承り申した。それではこれからの方策を立てると致しましょう」

…んっ? 財務省の新局ってなんだ? まあ海外貿易にかかわる部署なんだろうけど。


【3】

 オーヴェルニュ商会やハスラー聖公国に対しては私が口を割らないという事で出所不明で通す事になった。

 エヴァン王子やエヴェレット王女を巻き込んだ工作のお陰で南部通商路からの入手と言う話は信憑性が高い。


 宰相閣下の指示通り西方、前世の極東製ポイ商品は全てファナタウンに輸送した後、一部は陸路でまた一部は河船でまた王都に運び込むように決めた。

 汎用品ならともかくオークション行きの高級品である。輸送費など落札額の中にすぐに吸収されてしまうだろう。


 絹の通商に携わるオーヴェルニュ商会によって東部諸州も流通でどうにか持ちこたえている。

 宰相閣下はこの流通路に東部商人を噛み込ませるようだ。ファナタウンからゴッダードを経由して中央街道を抜け王都やハスラー聖公国向かうルーとを作るのだろう。

 偽装工作は宰相閣下が配下を使って対応してくれることになった。

 これで暫くは騙しおおせるだろう。


 そしてその間に西部航路の拡充を図る。

「造船の補助を出そう。いや、官営の造船所を設置する。名目は海軍力の増強だ。北海の事件を考えれば、海上の防衛を商船団に頼っている訳には行かん。それを理由に造船所を設置する」

「それなら考えがあります。新造の軍船はすべて商船の護衛名目でラスカル西部航路組合につけて頂けませんか。先の北海の騒乱で前例があります。軍船と言えど砲の数が多いだけで商船と変わりません」


「其方がアジアーゴで行った方法じゃな。それなら新造軍船を商船団につける名目も立つ。軍船は最新が必須。就航した船は早めに西部航路組合に払い下げてたもれ」

「軍船が警護に付けば商船団の権威も上がります。就航する先々での交渉でも王国の名で交渉する事も可能ですから無用な諍いも減るでしょう。私掠船許可証も不要になると思います」


 そうなのだ。国の威信を背負う軍船の海賊行為を是認する訳には行かないのだ。

 もともと私掠船許可証は商船の海賊行為の裏で国が糸を引くために存在したのだ。戦時に通商破壊と略奪を許して、尚且つ国のかかわりをあいまいにするための物だ。

 つねに商船団に国の軍船が付けばそういう訳には行かない。


 宰相閣下はそれに気付いたのだろう、フッと鼻で笑って口を開いた。

「まあ良い。その案乗ってやろう。貸しにしてやる。急ぎ法を改正し正規海軍を立ち上げて商船護衛法案と通します。それに合わせて私掠船許可の廃止を内外に宣言しラスカル王国船籍の商船団への攻撃は宣戦布告に順ずる行為であると宣言しましょう」

「あとはアジアーゴがどう出るかじゃな。全てのが整えばアジアーゴに最優先で老朽した旧来の王国船艦隊を派遣してやれ。優先して動いてやるのじゃ。教皇庁も喜ぶじゃろう」

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