第131話 献上品
【1】
夏の休暇に入り王立学校内は閑散としている。
平民寮も下級貴族寮はほぼ誰もいないが、それでも今年は女子上級貴族寮だけは賑やかだ。
王都から移動が許されないエヴェレット王女殿下一行がいるのだが、その無聊をかこつためにと、どうでも良いのにメアリー・エポワス伯爵令嬢が残っているのだ。
さらに次年度に妹が入寮してくるのでその準備だと言ってファナ・ロックフォール侯爵令嬢も寮に残っている。
ダドリーからの情報ではファナは姉には反発していたが妹は可愛がっていたと言う。
私にはファナが誰かを可愛がると言うイメージすら沸かないのだが。
まあ、交換留学を仕掛けた手前、その罪滅ぼしにでも寮に残っているのだろう。
そして私と言えばそのあおりを食って王立学校に留め置かれている。
エマ姉やオズマが居ないのでその代わりをお前がしろと言われているのだ。なんで御用商人の代わりを子爵令嬢の私が!
王妃殿下たちのせいで逃げ遅れてしまった事が悔やまれる。
そんな中いきなり下級貴族寮にヴェロニクが押しかけて来た。
無理やりお茶会室を開けさせて、勝手にウルヴァにお茶とお菓子の準備を命じやがって傍若無人も甚だしい。
そして開口一番にこれからフラミンゴ宰相に面会できるように段取りを付けろとのたもう。
「お前が企んだのだろう。乗ってやるんだからさっさと段取りをしろ。どうせ良からぬ事を企んでいるのだろうが仔細は聞かん。エヴェレット王女殿下の為になる様だが話せる事だけは話して貰うがな」
「分かったわよ。北海の貿易で手に入った工芸品や貴金属の出どころを隠したいのよ。ハスラー聖公国や何よりハッスル神聖国とペスカトーレ枢機卿に気付かれない様に。シャピの外国船貿易には王妃殿下も一枚噛んでいるの。ハッキリ言うわ。シャピの交易品は北海に港を持たないハウザー王国では手に入らない。だからハウザー王国は私の上客よ。でもハッスルもハスラーも入手経路を知ったらそれに参入しようとする。だからフラミンゴ宰相に渡りをつけてハウザー王国を通して出所を偽装しようとしているの」
「ワハハハ、お前らしいやり口だな。西部航路の交易品がお前と我が家で独占できるなら…良いぞ、信じてやる。どうせまだ隠し事は有るのだろうが、協力してやろう。…で、献上品は何だ」
「金象嵌の工芸品よ。燭台に宝石入れと香炉」
「香炉? 聖教会の儀式で使うものではないか」
「少し違うわね。あちらでは香木を燃やして部屋に香りを満たす事があるようなの」
「それを献上するお膳立てが必要という事か? 国王夫妻で良いのだな。絹の時は後で揉めたそうだが…」
「良いのよそれで。王妃殿下の留飲も下がるから私たちにはプラスになるわ。あの寵妃殿下は教皇庁の紐つきだもの」
「ならば王女殿下にお願いして手ずから渡して頂いても良いぞ。枢機卿や教導派聖教会の関係者の目の前でな」
この女も性格悪いな。嫌いじゃないけどそんな嫌がらせの為に王女殿下を使うのか!
「そんな事をエヴェレット様にさせるつもりなの? その代わりどれか一つはオークションに出すわよ」
「出来ればお二人の評判も上げたいしな。ハウザー王族からの献上品の方が箔が付くだろう。それでもう一品は噂を流して寵妃殿に競り落とさせるのだな」
「さあ、寵妃殿が落とすかハスラー商人が落とすかそれは知った事じゃないわね」
「性格の悪い…。それでどれを献上する?」
「王妃殿下には香炉を、国王陛下には燭台を。火に合わせてセットになるから」
「王妃殿下に宝石箱ではないのか?」
「ジャンヌさんがね、アロマオイルを焚く事を教えてくれたの。それを王妃殿下にお教えしたらいたく気に入られてね。それに宝石箱なんて自己顕示欲の強い女が欲しがりそうなものじゃない」
「フフフ、ならば香炉と燭台を国王夫妻に。そして宝石箱は世話になっている王立学校への礼としてオークションに出して収益を寄付という形でどうだ」
「良いわね、その案で行きましょう。フラミンゴ宰相と連絡を付けて献上の場も整えて貰いましょう」
【2】
翌日にはフラミンゴ宰相閣下との面会が実現した。
その場で献上についての計画が話し合われ、その二日後には献上式が行われる運びとなった。
献上品は先ず献上式の場で三品とも献上されることになった。
今回は王家の面々と上級貴族の代表だけの小規模な献上式であった。
前回同様に国王夫妻が上座に並んで座り、その両翼にはリチャード王子とジョン王子が立つ。
そして今回はリチャード王子の隣りにマリエッタ夫人が立っている。
左右には王都に屋敷を構える上級貴族達が並び立ちその後ろに警護の為の騎士が並ぶ。
そしてこれも前回同様エヴァン王子とエヴェレット王女が並んで入場し、その後ろからエズラ・ブルックスとエライジャ・クレイグの二人の留学生とヴェロニク・サンペドロの三人が献上の品を掲げて入場する。
「この一年王立学校で恙無く勉学にいそしむ事が出来たお礼に国王陛下並びに王妃殿下に献上の品をお持ち致しました」
エヴァン王子の挨拶の言葉と共にエズラとエライジャの二人が献上物を掲げて前に歩み出ると、それを掲げて片膝をつき頭を下げた。
掲げられた品は侍従の手によって国王夫妻の前に運ばれて、箱から取り出される。
「おおこれは美しい。黄金の細工物であるな」
「金象嵌と申します。ラスカル王家の旗に記された炎に合わせた品々をお持ちいたしました」
その言葉で侍従の手によって高々と燭台と香炉が掲げられ貴族たちの目に触れる。
「国の行き先を照らされる国王陛下には金象嵌の燭台を、馨しき香りを纏われた王妃殿下には金象嵌の香炉を献上いたします」
リチャード王子の隣りでマリエッタ夫人が憎々しげにそれを見つめている。
香炉と燭台が献上台に並べて置かれ皆の目がそれに釘付けになっている時にエヴェレット王女の声が響いた。
「そしてこちらは一年お世話になった王立学校への謝辞を込めて献上いたす品で御座います」
その声に合わせてヴェロニクが歩み出る。
先程と同じで侍従がそれを受け取ると王座の前でその品を掲げた。
マリエッタ夫人が眼を瞠り息をのむ。
侍従の両手に掲げられたのは黄金の宝石箱。
「学生という宝玉を迎え入れる教室を思いこの品を王立学校に献上いたします」
大きく反応したのはマリエッタ夫人のみであった。
居並ぶ貴族たちはカロリーヌ以外はすべて男性であり、なぜ王立学校にという疑問の言葉ばかりが付いて出る。
「聞いておらぬか? この間の事件を」
「その謝罪では御座らんか?」
「そもそもあれは近衛騎士団の不祥事であろう。解決にエヴェレット王女の警護騎士が尽力したと聞いたぞ」
「だからその騎士が持参したのであろう。あちらも大変な出費であろうな」
「しかしそれなら何故王立学校に」
「さあな? 宝石箱など王立学校に有っても意味が無かろう」
そんなざわめきをよそにエヴェレット王女の声が続く。
「この宝石箱は今王立学校に有っても不要な物。そこでこの品を次回のオークションに出品し落札された金貨を全て王立学校に寄付すると言う形で納めたいと思います」
「おお、それは良き提案じゃ。これからの若人の学びの場に寄与するのだから皆もこぞって参加してたもれ」
マリエル王妃殿下から賛同の声がかかる。
「ほう、そういう事か」
「宝石箱は金に換えられて王立学校を経由して国庫に収まるという事だな」
「中々に考えたものよ。これなら財務卿や宰相殿の覚えも良いであろう」
その中を宝石箱が献上台に運ばれて行く。
「皆の者、今回献上された品は学び舎に献上された物。ならばオークションの費用も併せて寄付としよう。さあ存分に見て貰ってオークションの寄付に参加いただきたい」
マリエル王妃殿下の声に一番にマリエッタ夫人が献上台に向かった。
それに続いてゾロゾロと貴族たちも献上台に向かう。
賛辞と値踏みの声を聞きながらマリエル王妃は台座の上から、献上台の最前列で宝石箱を食い入るように見つめるマリエッタ夫人を見下ろしていた。
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