第132話 金象嵌

【1】

献上式の帰りに私の部屋にやってきたヴェロニクが、式の様子をさも楽しそうに話してくれた。

エヴェレット王女殿下も一緒で恐縮してしまったが、寵妃のマリエッタ婦人の様子は私も見たかった。


「しかし今回もよくあんな立派な細工物の金製品を手に入れられたものだね。サンペドロ辺境伯の伯父上には感謝しかないよ」

「いや~殿下、どうも最近父上のところに出入りしている貿易商人が新しい交易ルートを開拓したそうで声をかけられたとか」

絹の時もだが今回の金象嵌も殿下たちは出どころを知らない。

すべてサンペドロ辺境伯家を通じて送られたものと認識している。


「そういえば兄上がセイラ嬢には交易先の心当たりはないのかと聞いていたよ」

「えっ?! なぜ私が?」

「兄上が言うには、なんでもセイラ殿がオークションに出展している磁器と今回の金細工の意匠は同じ国の物ではないかと」

以前のサッシュの時もそうだったが、エヴァン王子はかなり博識のようで鋭い。


「まあエヴァン殿下の聡明さは王族は愚か貴族の間でも群を抜いておられるからな。お前もなにかご教授願ってはどうだ?」

ヴェロニクが勝ち誇ったように私に嫌味ったらしく言ってきた。

「私もそういった知識には欠けるもので、できれば色々とご教授願いたいものですね」

「うん、そうだね。その時は僕もご一緒させてもらおう。博識な君からも色々と示唆に富む知識を聞けそうだ」

その時はボロを出さないように気をつけねば。


「それでと言っては何なのだけれど、マリエル王妃殿下からご招待があったんだよ」

ご招待? あの獣人族嫌いのマリエル王妃殿下が?

「二日後に開催されるオークションに今日献上した宝石箱が出品されるのだ。それでその夜に王立学校の代表としてAクラスの最上級生を晩餐に招待したいとの仰せだった。まあ今王都周辺に残っているものに限られるのだがな」


それは周囲に向けてのアピールなのだろう。

王立学校への寄付という形での献上品なので内外に向けてパフォーマンスは必要だろう。

「度々献上を受けている手前、何一つお返し無しというのは王家としてもバツが悪いのだろうさ。あれだけの献上品を受けて晩飯だけで済まそうというのもどうかと思うのだがね」

「これ、ヴェロニク。少し言葉が過ぎるよ。気を使ってくれた王妃殿下に対して失礼です」

叱られてやんの。ヴェロニク、ざまあ。


「しかしこういった事は本来招いた側の国王陛下の派閥が行うことだろう。まああの派閥には嫌がらせの献上だからやりたくはないのだろうがね」

「まあそれに招待客のメンツを考えれば余計に嫌でしょうね」

今王都周辺にいて招集をかけられるのはほぼ清貧派貴族と王妃殿下派の貴族ばかりだ。


まず今回の主賓の留学生エヴァン王子殿下とエヴェレット王女殿下。

そしてお付きの留学生、エライジャ・クレイグ伯爵令息とエズラ・ブルックス伯爵令息。

そして主催者側でジョン王子殿下。


今日の献上式に出席していたカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテス

上級貴族寮にはファナ・ロックフォール侯爵令嬢とメアリー・エポワス伯爵令嬢。

下級貴族寮には私、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢だ。


あとは近衛騎士団の寮にいる者たち。

イヴァン・ストロガノフ子爵令息、ウラジミール・ランソン子爵令息、ヨセフ・エンゲルス男爵令息、そしてマルコ・モン・ドール侯爵令息だ。


私とファナとカロリーヌは清貧派。

イヴァンとウラジミールとヨセフはジョン王子殿下の仲間で王妃殿下派と考えてよいだろう。


教皇派閥の教導派はマルコ・モン・ドールとメアリー・エポワスの二人きり。

とは言うもののメアリーは自称エヴェレット王女殿下の取り巻き筆頭だ。

何よりメアリーは先の軍機漏洩事件でモン・ドール侯爵家とは大きな確執がある。

第一王子を押す教皇派閥はマルコ・モン・ドール一人だろう。

ああ、このメンツも見越しての晩餐会か。

大妃殿下もやるものだ。


【2】

オークションには私も主催側の関係者として赴いた。オークションハウスに出資しているアヴァロン商事の代表代行だもの。

まあ競り値にチャチャを入れて釣り上げてやる魂胆なんだけれども。


献上品としてオークションに上げることは予定済みだったので、ハスラー聖公国関係の商会向けのカタログには早くに素描画を掲載させていたためかなりのハスラー商人が集まっていた。


他のカタログには最後のページにハウザー王国からの献上品が一品オークションに上がるとだけ記載されている。

なので品物がなにか見ようとの好奇心からもかなりのギャラリーが集まっている。

当然オーヴェルニュ商会も来ていたが、さすがに商会主のアーチボルト氏は忙しいようで代理人であった。


そして今回の入札者の目玉はマリエッタ・モン・ドール・ラップランド婦人、すなわち寵妃殿下とその実家のモン・ドール侯爵家である。

毎度毎度、結構な散財をさせられてモン・ドール侯爵もたまったものではないだろうに、気の毒なことだ。

まあこれまでその散財は私の懐に転がり込んでいたのだけれど。


ハンマーが鳴り、オークションが始まると次々とカタログに記載された商品が競り落とされてゆく。

金銀の美術品、宝石などの装飾品、磁器製品や段通。

磁器製品はハッスル神聖国でも人気なようで、次々と高値で教導派聖教会関係者によって競り落とされてゆく。


お前ら、たかだか焼き物にどうのこうのと能書きをたれていたんじゃなかったのか。

オーブラック商会のパウロの話では、初回の最高級磁器製品の競りに競り負けたのでその反動なのか教皇庁で磁器の食器がブームになっているそうだ。

それを真似てラスカル王国の教導派聖職者や教導派貴族の間でも磁器製品の奪い合いが始まっているとか。

まあ、頑張って私を儲けさせてくれ給え。


そして本命の金象嵌の宝石箱の登場である。

小振りながら緻密な象嵌にところどころ翡翠があしらわれた見事なものだ。

辞書ほどの大きさの黒檀の箱の外面を覆い尽くすように龍や牡丹や孔雀の象嵌細工が施されている。

オークションテーブルに置かれたその宝石箱を次々と入札者たちが覗き込んでゆく。


「まあ細工は見事ではあるが、ハッスル神聖国やハスラー聖公国の職人でもこの程度なら」

「それに嵌っているのはジェダイトであろう。ダイヤやルビーなら兎も角ジェダイトではなあ」

「全て金かと思えば中は木ではないか。それを考えると見事ではあるがそこまで値は上がらんだろう」


そんな声を聞きながらマリエッタ寵妃殿下は満足げな微笑みを浮かべていた。かなり安値で競り落とせると思ったのだろう。

油断するなよ。私が釣り上げてやるからな。


ハスラー商人たちも真剣な表情で吟味している。

特にオーヴェルニュ商会の代理人は目が肥えているようで、宝石箱を凝視していた。

まあ今回はアーチボルト氏も居ないし、この金象嵌は彼やハスラー聖大公の趣味じゃないからなあ。


オークションハンマーが鳴り響いた。

「三十!」

マリエッタ婦人から第一声がかかる。

さすがに安い。七十、できれば百まで上げられればなあ。仕方ない対抗しよう。

「五十!」


「六十!」

「七十!」

マリエッタ婦人、乗ってくるかなあ。

「九十!」

良し、乗ってくれた。私は悔し気に俯きながら心の中でガッツポーズを決める。

マリエッタ婦人が喜色満面で微笑んでいる。


「百五十!」

いきなり声がかかった。

オーヴェルニュ商会の代理人だ。

会場の空気が凍りつく。

誰も口を開くことができなかった。

ハンマーが鳴り響いた。

「落札者はオーヴェルニュ商会様です」

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