第133話 王妃殿下の晩餐会(1)
【1】
オークションは思いもしない結果で終わった。
地団駄を踏みマリエル王妃殿下に呪詛の言葉をまき散らすマリエッタ夫人をモン・ドール侯爵たちが引っ張って帰って行く。
思わぬ高値で売れた事で王立学校長と内務卿は満悦だ。
「おおセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢。其方も本日の王妃殿下のお招きに応じるのであろう。王妃殿下にもジョン王子殿下にも内務卿が礼を述べていたとお伝え願いたい。エヴァン王子殿下やエヴェレット王女殿下にもお礼を伝えてくれ」
そう言うと二人も退出して行った。
そのせいでいらぬ時間を喰った為オーヴェルニュ商会の代理人は商品引き取りの手続きに部屋を去ってしまっていた。
出来ればあの高額の落札理由を聞きたかったのだけれど。
あのアーチボルト氏が価値の解らない代理人を送るとは思えない。それに競り落としたいにしても一気にあの引き上げ方はおかしい。
何か絶対に落札したい理由が有ったのだろうが、これ以上はここでは確認できない。後で調べさせよう。
【2】
オークションハウスから戻るともう夕方になっていた。
ファナからドレス選びを手伝えと言われたがそこは丁寧にお断りを入れた。
「セイラ様、”恐縮ですがクソ面倒くさい事は出来ませんご辞退申し上げます”と言うのは丁寧でも何でもございませんよ」
「だってアドルフィーネ、ファナ様だってあなたのセンスには期待していないのだけれどって言う言葉も一言余計でしょう」
「まあ今夜はあまり時間も御座いませんからご辞退なさったのは正解で御座います。王妃殿下の御招待に遅れる訳にも行きませんし、何よりそれなりのドレスを選ぶ必要も御座いますから」
ウルヴァとアドルフィーネに手伝って貰ってドレスを選んで行く。
こんなのどれを着ても同じだし王妃殿下が私の装いを気にかける事も無いだろうに、宮廷作法と言うのは面倒くさい。
そうこうするうちに下級貴族寮に王家からの差し回しの馬車が来る。
王宮から今夜の招待客全員に一台ずつの御者付きの差し回し馬車が警護付きで出ているだ。
今夜の晩餐会はハウザー王国との友好をアピールするために、王城の高札でも告知されており、王立学校の前には出て行く車列を見ようと市民が集まっていた。
王室と言うよりも王妃殿下とジョン王子の為の人気取りイベントである。
識字率の低い王都にしては思ったよりも見物人がおり、口コミの力もあるだろうがかなりの数の獣人属も見受けられる。
馬車の窓から手を振るエヴァン王子とエヴェレット王女に歓声が上がっていた。
王城には高貴なものから順に入って行く。私の馬車はイヴァンの馬車の後だ。その後ろ、最後尾のヨセフ・エンゲルス男爵令息の馬車が入ると扉がゆっくりと閉まって行った。
馬車は王妃殿下の離宮の車寄せの前に停まって、高位の者から順に降りて入場して行く。
ハウザー王族に続いて高位貴族であるファナとマルコ・モン・ドール、そして上級貴族の留学生の二人とメアリーが入場して行く。
そこから後の下級貴族はひとまとめで入場だ。何で私は汗臭い騎士に囲まれて入場しなければいかないのだ。
そう言えば馬車から降りた時に薔薇の香りがしたので周りを見ると王妃殿下の離宮のすぐ横には大きな薔薇の庭園が石塀の向こうに見えていた。
暮れ切らぬ夜の日差しの向こう小さいが豪奢な建物が薔薇園に囲まれて建っていた。あれが薔薇の離宮と言う伏魔殿なのだろう。
一瞬悪寒を憶えて慌ててイヴァン達の後を追う。
「うまいモノは出るかなあ? 肉が良いなステーキが」
「俺、エシャロットとニンジンは嫌いなんだ。残しても叱られないかなあ」
「なあ、セイラ・カンボゾーラ。こういう時の作法って…ゴメン聞く相手を間違えた」
おい、ヨセフ・エンゲルス。後でぶん殴ってやるからな。
そんな無駄話を介しつつ離宮に入ると、離宮の中もむせ返るような薔薇の香りに包まれていた。
ホールや廊下の至る所に薔薇の鉢植えが並べられているのだ。
切り花ではなくご丁寧にスズランの様な下草迄はやしている色々な薔薇の鉢並んでいる。
一体どういう演出なんだろうと思いつつ晩餐会の場に入場した。
一緒に来たメイドやサーヴァントたちは一旦ここで別れ控えの間に移る。実は彼らは控えの間で私たちに出される食事の毒見係も兼ねているのだ。
だから控えの間にはアドルフィーネとエヴェレット王女付きのナデタもいるはずだ。
もうすぐ午後の四の鐘が鳴ろうかという時間ではあるが夏の日は長い。
窓からはさす日差しは薄暮に近づきつつあるがまだまだ明るいのだ。それでもテーブルやシャンデリアには灯りがともされている。
王妃殿下とジョン王子殿下、そしてエヴァン王子殿下とエヴァレット王女殿下そして同様に上座に座っているポワトー女伯爵に一礼して案内された席に着く。
驚いた事に王妃殿下ではなくジョン王子が立ち上がると第一声を発した。
「このたびは王立学校の為に高価な献上品を賜りハウザー王室には感謝致す。王家の一員としてそして王立学校の一生徒として、エヴァン王子ならびにエヴェレット王女両殿下に謝辞を述べて乾杯を行いたい」
その言葉を待って全員がワインが注がれたグラスを手に持って高々と持ち上げると盛大に乾杯が行われ、晩餐会が始まった。
「堅苦しい晩餐会の態をとってはおるが今宵は私の主催する親睦会じゃ。ここに集う若者たちは次代を担う精鋭であろう。今宵は宮廷作法は気にせず飲み食いしてたもれ。席次も気にする事は無い。私も気安く呼びつけるであろうからな。なにより作法が苦手な令息や令嬢がおるのも承知の上だ」
王妃殿下が自ら無礼講を宣言する。でも最後の一言は余計だろう。今年は赤点じゃねえんだからな。
「失敗ないか緊張していたがこれで肩の荷が下りた」
「セイラ・カンボゾーラ、良かったな。王妃殿下もご存じで」
ウラジミール・ランソン、お前もぶん殴る候補だからな。
「スープより先に肉をくれ肉を。おっこのステーキは美味いな塩の味が違うじゃねえか」
「当然でしょう。藻塩って言ってカロリーヌ様の領地で新しく始めた塩よ。旨味が違うでしょう」
「梅実? 酸っぱくはねえぞ。でも旨いからいいや」
イヴァンの話には頭が痛くなる。ああこの男と同レベルって言われたんだよなあ私は。
スープ、オードブル、メインディッシュと進んで小休止となった頃合いで王妃殿下から声がかかった。
呼ばれて側に行くとオークションの状況について問われた。当然だが状況は既に耳に入っているのだろう。
立場上顔を出す事が出来なかったのでマリエッタ夫人の様子を聞いてご機嫌のようである。
「しかしオーヴェルニュ商会が何故あのような事をしたのか腑に落ちぬ」
「代理人の方はえらく熱心に象嵌の模様を吟味しておりましたが、事前に買い付ける予定であったようには思えません」
「そうであろうな。今回の出品も唐突であったが、もしやもすると父上から香炉も所望されるかもしれんな」
「それなら、今日あの香炉でジャンヌさんのアロマを焚いて見せるのも一考では無かったですか」
「それも考えたが、この薔薇の香りのなかではその効果も半減じゃ」
「そう言えば薔薇の鉢植えが異常に沢山御座いますが」
「ああ、あの王太后が送ってよこしたのよ。わたくしが香炉を献上されてそれで香を焚き始めたと聞いた途端にな」
「それで切り花で無く鉢植えですか」
「ああ質の悪い嫌がらせじゃ。離宮中薔薇の臭いで辟易するが捨てるに捨てられん。それにこの時期は窓を開くので虫が多量にやって来てたまったものではない。返す返すも嫌らしい事を」
王族の嫌がらせは手が込んで金もかかる事だ。
そして席に戻り甘いお菓子が饗される直前に従卒の声が響いた。
「王太后殿下がお見えになられました!」
その声と共に車椅子を押されてあの肉塊が晩餐会の会場に入って来る。
「若き学生たちと饗しておると聞いてな。わらわも労に参ったのじゃ。何やら甘い良い匂いがしておる様じゃがわらわにも饗してくれんかのう」
「直ちにお席を用意して王太后殿下へのアントルメをお持ち致しなさい」
立ち上がった王妃殿下の顔は燭台の灯りに照らされて真っ青であった。
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