第150話 光の神子(1)
【1】
三日目の午後になって休暇の開けた使用人たちが帰って来た。
捕縛されたり監禁されている使用人の補充にサロン・ド・ヨアンナのメイドとサーヴァントが幾人か残り、後は復帰した使用人たちに引き継がれた。
一日の休暇の間に離宮内の帳簿から宝物や在庫品や備品が全てリストアップされ精査されていた。
そして帰って来た数人の使用人が監禁室に連れて行かれた。
事件の起こった日から幽閉状態だった調理スタッフは、料理長も含めて事件への関与は無い事が証明されていた。
ただ、着服などの不正や食品や備品の管理不十分が目に余るスタッフはそのまま幽閉が解かれずこれからの懲罰判断結果待ちとなった。
それ以外のスタッフは、二日目の夜からは復帰していたが技量が未熟と判断された者がそのまま翌朝にはサロン・ド・ヨアンナへ修行に連れて行かれた。
結局王妃殿下の離宮の使用人は上級クラスの管理者が、内通者か不正に手を染めていた者ばかりで殆んどいなくなってしまったのだ。
今は王妃殿下の選定した花まるスタッフとサロン・ド・ヨアンナが協力して職員の再配置や指導を行っている。
「ハハハ、事件のついでで離宮内の不正も一掃できそうだ。奴ら門閥を背景に離宮に蔓延っておったが、明日には調書と書類をまとめて一斉に内務省に送って逮捕させて司法省に告発してやる」
「…すべて司法省に引き渡せば宜しいのに。なぜ内務省に?」
高笑いするジョン王子に私が疑問を口にする。
「今の司法卿はガチガチの教皇派閥なのだ。何より司法省はその成立に置いて聖教会の聖典に準拠した法を制定する為に出来た組織だから聖教会寄りが多い。門閥貴族からの横やりが入りやすいのだ。それなら内務省の衛士に捕縛させて内務省から告発させるに限る。立法権を持つ宰相殿と司法卿は仲が悪いからな」
「なら、直接事件に関与した者たちも?」
「いや、当分は離宮内に監禁しておく。口封じを防ぐための保護も兼ねてな。王太后殿下を直接告発など出来ないなら、少なくともその手足を縛る手札くらいは持ちたいのでな」
ここ数日でジョン王子がどんどん王妃殿下に似てきたように思える。何よりも王妃殿下を差し置いて離宮を完全に仕切っていらっしゃる。
その上ヨハネス・フォン・ゴルゴンゾーラ卿がジョン王子に色々と吹き込みつつ、政治工作のバックアップに回ているようだ。
「俺たち北西部は南部と呼応して清貧派の旗印として聖女ジャンヌ担いでおる。王妃殿下派閥の宮廷貴族や官僚たちには光の神子を担いでもらわねばな。ただこの神輿は鉄格子付きで無ければ暴れて人を噛むので注意してくだされ」
「そこは何度も噛まれている俺が良く知っておりますぞ。その代わり鉄格子にはヨアンナを寄越して下されよ
【2】
机に磔にされた刺客が晒されたその日の午後には、離宮内の喧騒は収束し一気に日常に戻りつつあった。
ただし近衛護衛騎士についてはその限りではない。
未だに邸内に入れるのは一部の近衛護衛騎士だけで、邸内警備は殆んどがゴルゴンゾーラ公爵家サーヴァントとメイドに任されていた。
私はと言えば午後になってフィディス修道女とレイチェル修道女の三人でお茶を楽しんでいた。
サロン・ド・ヨアンナの調理人がいるのだから当然だろう。
私のお気に入りの焼きたてスコーンとカスタードクリームを挟んだパンケーキどら焼きに舌鼓を打っていた。
「カステラも良いわね。卵も小麦粉も蜂蜜も砂糖もあるんだから。なんで思いつかなかったんだろう」
「何で御座いますか? それは」
レイチェル修道女が尋ねてきた。
ここ数年で南部の多くの聖教会で獣人属の聖職者が増えた。
レイチェル修道女はゴッダードでフィディス修道女に憧れて聖教会に入ったそうだ。
そこでヘッケル司祭の薫陶を受け治癒術士となり、その後はグレンフォードの治癒院発足の時に初期メンバーとして参加したそうだ。
「ロックフォール侯爵家の治癒術士隊では第一席の修道女様も水属性なのですが、ファナ様から私が行くようにとご指名頂いて。第一席の修道女様には悪いと思いましたがセイラ様のご指導を受けられるので厚かましくもこうして参りました」
多分その修道女は人属なのだろう。レイチェルを選んだのは絶対に王太后に対するファナ・ロックフォール侯爵令嬢の嫌がらせだ。
「それならば帰る時に新しいお菓子のレシピを持って帰って、その一席の修道女様に一番に食べさせてあげて。ダドリーには私から手紙を添えておくから」
そんな話をしながらお茶をしていると、死体が晒されてざわついていた離宮の前庭が更に賑やかになって来た。窓越しに覗いてみると聖堂のある方向から多数の人影がこちらに向かって歩いて来るのが見て取れた。
「何事でしょうか? 離宮に向かっている人影の様ですが」
群衆とは言えないが数十人の人が離宮目指してやって来ているのだ。
多くが貴族のようだが官吏や高位貴族の使用人らしき人影もある。
ここに居るのだから大半は宮廷貴族か王宮官吏、そして上級のサーヴァントだろう。
離宮の庭園の前で近衛護衛騎士に止められているが、口々に何か言っている。その内に庭園の前庭に晒されている刺客の死体を見つけて騒ぎ始めた。
そこに現れたカプロン中隊長の大声が響き渡る。
「この者は昨夜王妃殿下の寝室に侵入し暗殺を試みようとした刺客である。この様な輩は死しても邸内に置く訳には行かぬ。何者か分からんが衛兵隊に引き渡すまでの間この場に放置しておく」
その顔に心当たりが有る者もいたのだろうか、慌てて王宮の方向に向かって走り去る者がいた。
しかし集まった者たちの大半は立ち去る様子が無い。
護衛近衛騎士達も追い払う素振りは無いが中に入れるつもりも無いようだ。
その内に王妃殿下がジョン王子に伴われて正面玄関に現れた。
「何事です。わたくしの離宮で騒いでいる者は」
「おお、王妃殿下は御健在のようだ。やはり噂は本当で有ったのだ」
「王妃殿下、お願いが御座います」
「どうか王妃殿下のお力で光の神子にお取次ぎを」
「王妃殿下より光の神子にお口添え出来ぬのでしょうか」
…何やら不穏当な単語を口走る輩が居る。
この貴族たちはいったい何者なのだろう。
「わたくしに可能な事ならば口添えだけは致すが、後は光の神子の御心次第じゃ。一体目的はなんじゃ」
王妃殿下のその言葉に皆が一斉に話し出した。
部屋に居ると何を言っているのか良く解らないが、どうも私に治療をさせろと言っている様だ。
「如何致します、セイラ様?」
「治療するのは吝かでは無いけれど、誰でも彼でもという訳には行かないわ。今この屋敷に居る治癒術士は全員ここに集めて頂戴」
部屋に七人の修道女が集まった。
私と王立学校の修道女以外は獣人属である。ゴルゴンゾーラ公爵家はもとよりロックフォール侯爵家も意図的に送り込んで来たのだろう。
「これから外の人たちの治癒を行う事になると思うの。私を含めた八人で捌く事になるのだけれど、今回はトリアージを行うわ。どうせ高位貴族がゴリ押ししてくるでしょうからね。紙と鉛筆を用意してタッグ代わりにその場で記入して」
「「「「はい!」」」」
「あのセイラ様、そのトリアージとは何なのでしょうか」
「王立学校では使わないものね。それじゃあなたは私と属性が被るし、今回はトリアージの係を担当して。方法は教えるからお願ね。あなたの判断で患者の生死が分かれるのだから心して頂戴」
【3】
しばらく表では押し問答が続いていたが、ジョン王子の声が響いた。
「其の方らの言い分は判ったが、そもそもその様な事は聖教会の聖堂が対処するものであろう。それを病み上がりの母上に押し付けるのは筋違いではないのか!」
「そう仰いますがあの様な状態の王宮治癒術士団では治癒など出来ません。聖堂での治癒治療は無理なので御座います」
「王宮治癒術士団は王妃殿下の離宮に参られた故にこうなったと伺っております。ならば…」
「それは何か? 其の方は母上に非が有ると申すのか? しかと顔を憶えたぞ。その先は心して話せ!」
高位貴族の関係者らしい男はジョン王子の怒気を含んだその言葉に色を失いしどろもどろになって押し黙った。
「重ねて申すが、母上が、王妃殿下が毒に倒れた時に誰も呼びもせぬのに勝手に押しかけてきて尚且つ手を拱いて何一つ治癒すらできなかった王宮治癒術士団が如何になろうが当方の知った事ではない! もう一度言うぞ母上が毒に倒れた時に、勝手に押しかけて来た! 呼びもせぬのにな! 其の方らこの意味が解るか!」
「まさかそんな…」
「王宮治癒術士団が…」
集まった者たちに王子の言葉が浸透して行く頃合いを見計らって王妃殿下が口を開く。
「ジョンよ、とは言えこの者達に何の罪も無いのも事実。光の神子様も見捨てる様な無慈悲な事は申すまい。私が口添えを致そう」
やめてくれーーぇ! 王妃殿下が様付けなど。絶対面倒な事になるのが目に見えているじゃないかー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます