第151話 光の神子(2)

【4】

 私はタイミングを図ってフィディス修道女とレイチェル修道女を従えて王妃殿下の前に向かう。

 フィディス修道女は遠目には解らないかもしれないが、レイチェル修道女は立派な角が有るので一目で獣人属と判る。

 ある意味ファナ・ロックフォールは秀逸な人選をしてきたものだと思う。

 一早くヨハネス・フォン・ゴルゴンゾーラ卿をこの事件に引っ張り込んだのも彼女だ。


 前庭に出ると王妃殿下がこちらを向いた。

 今にも頭を下げられそうな気配を感じ、私は速足で前に進むと跪いて先に頭を下げた。

 ここで王妃殿下に頭を下げられると逃げ出す事すら叶わなくなりそうだから。

 変な神輿として担がれるのは真っ平だ。

「王妃殿下、仔細は承知いたしました。慈悲深い王妃殿下の御心に沿うように善処致したいと思います」

 そう言う私の後ろでフィディス修道女とレイチェル修道女が同じように跪いて頭を垂れている。


「皆の者! 聞こえたであろうか。慈悲深き光の神子様が皆を治癒してくれると仰っておられる。これからは神子様のご指示に従い不敬の無い様に治療を受けよ。護衛騎士達も神子様をお助けして恙無く事を進めよ。治癒はエントランスホールを解放して行うように致す。準備が整までこの場で神子様のご指示を仰げ」

 王妃殿下はそう言ってジョン王子と共に離宮内に戻って行った。

 今まで色々と言われてきたけれど様をつけても敬意が無ければ意味がないって今初めて実感したよ。


【5】

 前庭に残った私達三人の前に高位貴族と思しき男が代表ととして歩みだす。

「おお其方が光の神子か。まことに美しい。王宮で噂になっておる様に慈悲深いその心根には神の祝福が有るであろうぞ。われらは皆王宮に仕えておる者だ」


 なんだこの男は? 自ら名乗りもせず、完全な上から目線のその物言いは。

 王宮に居る高位貴族などみんな超特権階級だから多分これが当たり前なのだろうな。

「光の聖女ジョアンナを失ってから光の聖女が不在で難儀をしておったのじゃ。しかし其方が現れてくれたことで一安心じゃ。今の聖女は闇属性の上平民だしな」


 …今なんて言った? ジャンヌが平民だからなんだって? その上ジャンヌさんのお母さんを物の様に。

「只今より簡単な症状の確認を行います。フィディス修道女、レイチェル修道女。全員の簡単な触診を」

 私の言葉に後ろの二人が前に進み出る。


「! いったい何を! そのケダモノに何をさせようというのだ!」

 さっきの男が吠える。

 集まった患者たちにも動揺が走り、口々に疑問の声が上がる。


「症状の確認です。治癒を行うなら病の状況を知らねば何も出来ません。さあ時間が有りませんから二人共手早く」

「触るな! このダニッシュ侯爵をケダモノに診察させようというのか!」

「いえ、侯爵様だけでなく此処にいらした全ての方は彼女達が治癒の主力として対応致します」

 私がそう言うと離宮から他の四人の修道女が姿を現す。全員獣人属の修道女だ。


「バカな! ふざけておるのか! 高位貴族や上位貴族がおるのだぞ。我らを侮っておるのか!」

 集まった患者の中からも非難の声が上がる。

「何を仰られる。この六人はみな聖女ジャンヌ様のもとグレンフォードの治癒院で修行を積んだ者ばかり。特に後ろの二人はジャンヌ様手ずから教えを施された特に優秀な者。その技量は国内でも折り紙付きでしょう」


「そんな事は聞いておらん! 我らにケダモノに治療させるのかと問うておるのだ!」

「当然では有りませんか。治癒術士は遍く全ての患者を救う事が使命。しかし私一人で全てを賄う事は不可能。ご安心を私は全員の補助に回ります。治癒士の技量はこの六人の方が上ですから、さあトリアージを始めましょう」


 私の言動をダニッシュとか言う侯爵が唖然とした顔で聞いていた。空っぽの頭にはこんな展開も私の言動もまるで想定がの出来事だったのだろう。

「儂は…儂は其方が治癒するのであろうな」

「だから申しております。遍く全ての患者に対して等しく治癒を施すと」

「きっ貴様! 北部の者では無かったのか! 子爵家の小娘の分際で分を弁えぬ事を! この先どうなっても良いのであろうな!」

「もちろん北部の吹けば飛ぶような子爵家の娘で御座います。その娘が今王立学校で何と呼ばれているかご確認下されば幸いかと」


 集まった患者の一部からクスクスと笑いが漏れた。官吏や下級貴族で私の事を知った上でやって来た者が居るのだろう。

「なんだ! 今笑った者は」

「侯爵閣下、相手が悪うございます。その子爵令嬢は王立学校では清貧派の切り込み隊長と呼ばれる武闘派の乱暴者で御座いますよ。Aクラスに在籍しておりながらペスカトーレ枢機卿の御令息を袋叩きにしたと聞いております」


 その言葉で私に詰め寄ろうとしていた他の貴族も慌てて後ろに下がる。

 ひどい言われ様だけれどほぼ間違い無いので反論し難い。

「袋叩きなどしておりません! 腹に一発入れましたが、蹴りは止められて入れられませんでしたから」

 患者たちから失笑と非難の声が混じって上がった。


「何が光の神子だ! とんだ食わせ物ではないか! 王妃殿下も王妃殿下だ。抗議するから覚えておれ」

 そう捨て台詞を残すと、ダニッシュ侯爵は踵を返し、患者の三分の一ほどはそれに追従した。


「それではトリアージをお願いします」

 そう私が宣言すると、王立学校の修道女が鉛筆と紙束を持って現れて一人ずつ、簡単な触診をして状況を書き込んで行く。

「これはトリアージと言って病の軽重を確認する作業です。症状の重い方から順に治癒してまいります。症状が重いと感じられた方は自ら名乗って下さい。先にトリアージを行います。トリアージが済まれた方は順番に離宮内にお入りください」


【6】

 六つのソファーが診療台の代わりに並べれれてトリアージタッグを見ながら治療が始まる。

 今回は魔力を流してのチェックもされてその結果もメモされているので問診票以上の情報が書き込まれている。


 幸いここ迄歩いてこれる体力のある患者ばかりだったので、極端な重病患者は居なかった。

 そのお陰で王宮治癒術士などよりもずっと高い治療結果が現れたと非常に高い評価を受けて患者が帰って行く。

 しかしそういう事なら歩いてこれない患者もいるという事だ。

 私はその治癒治療を見ていたジョン王子に聖堂へ診療用の馬車を出して貰う事を提案する。


 治癒施術を受けた患者たちも伴って説明して貰い希望者が有れば馬車でこの離宮迄送迎させるのだ。

 それをコッソリ耳打ちして、さも王子発案のように提案して貰う。


「どうせ聖堂はこの技量の高い治癒術士を中に入れる事はせぬであろう。ならあの聖堂内で治療を望む者は朽ちるだけだ! 俺は王族として看過できぬ。其の方らも同道して患者を説得しこの離宮に受け入れさせて貰いたい。助かる者を見捨てるなど俺には出来ぬのだ。切に、切に頼む。この通りだ」


 官吏や下級貴族にまで頭を下げるジョン王子を見て感極まって涙を流す者までいた。

「王子殿下がここまで申されておられるのに、手を拱いているなど臣下として犯罪同前。すぐにでも参りましょう」

「我が家も馬車を仕立てて応援に参りますぞ」

 王子のお陰で患者たちの方が勝手に盛り上がって動いてくれそうだ。


「さあみんな! 第二陣が来るわ。少し長くなりそうだから今の内に交代で食事をとって体力を戻しておいてちょうだい」

 私は腕まくりをしてみんなに発破を掛ける。

「セイラ様! 殿方の居る所で腕を晒すなんてはしたないです」

 ウルヴァの叱責が飛ぶ。最近アドルフィーネに似て来たなあ。

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