第111話 カロライナの港
【1】
北海の入口に位置するシャピの港は騒然としていた。
アルハズ州やオーブラック州からの避難民を乗せた貨物船が毎日ルーション砦からやってきては避難民を下ろして、海軍向けの物資を満載して帰って行く。
シャピの港はこの二年で拡張に次ぐ拡張を重ね街自体がどんどんと大きくなっている。
シャピの港にやって来た避難民は港の外れに設けられた仮設住宅に入り、清貧派聖教会と領主家の行う炊き出しで一息つくことができた。
更に海軍向けの物資輸送で活況を呈する港では働き口も十分にある為、翌日からは港湾作業員として業務に従事し始めている。
子供たちは聖教会教室と聖教会工房が面倒を見てくれるので、母親たちも働きに出る事が出来る。
こうして住まいと糊口をしのげる職を得られて今まで暮らしていたのとは雲泥の差の生活が待っていたのだ。
そしてカロリーヌはオーブラック州の騒乱が本格化した頃からシャピに留まり陣頭で指揮を執っていた。
「ポール様、ありがとうございます。ジャンヌさんの護衛も有るというのにこうやってポワトー伯爵領まで出向いていただいて、我が家の家臣もどれだけ頼りに思っているか」
「いえ、
「さすがは聖堂騎士様、謙虚でいらっしゃいますわ。教導騎士とは大違いです。以前こちらに居りました教導騎士団の連中はそれこそ身分を笠に偉そうで! 私など女という事でどれだけ横柄な態度をとられたか。
本当にカロリーヌは
そう言えば廃嫡された兄のカール・ポワトーも教導騎士だったなあ。
そんな事を考えながら私はベタベタとポールにくっついているカロリーヌに声をかける。
「カロリーヌ様、今回の西部航路の交易品で何か目新しい物や高価そうな工芸品は有るかしら?」
「セイラ様それなら紫檀のキャビネットが有りますわ。少し小物になりますけど香木の…白檀とか言うもので仕上げた扇子が御座います。エヴェレット王女殿下に…、ああ、エヴェレット王女殿下には似合いませんね。でもヨアンナ様ならば…。そうですね、一度見て頂きましょう。全てアヴァロン商事に卸す予定でしたし」
「なら、見せて頂いてエヴェレット王女殿下の婚約に相応しい献上品が有ればオズマさんを通して送ってもらいましょう。オーブラック商会の名前で納入すればオーブラック州のイメージに影響が有ると思うのよ」
オーブラック州が今回の迫害事件の中心地だ。
そのオーブラックの名を掲げた商会が獣人属の王女殿下に献上を行うと言えば領主のデ・コース伯爵の顔を潰す事になる。
教導派領主の中にも彼の二枚舌を疑うものが出るかも知れない。まあ些細な嫌がらせではあるが効果は有るだろう。
絹関係も婚礼衣装に合いそうな絹生地や高級絹糸を軒並み搔っ攫ってオーブラック商会の河船に放り込んだ。
「オズマさん、悪いけれどエマ姉の代わりにゴッダードの絹市をお願いいするわ。こちらの商品は金に糸目をつけず必ず競り落として、それも派手にね。こちらの工芸品関係も王都のオークションハウスで同じ様に。オーブラック商会の名前を派手に振り撒いてエヴェレット王女殿下への献上品だと吹聴して頂戴。デ・コース伯爵に一泡吹かせてやるわ」
「セイラ様は王都やゴッダードには向かわれないのですか? 出来ればご一緒して」
「大丈夫パウロも居るし、今回はパブロも同行させるわ。ポールが言い聞かせているからあのバカも自重するでしょう」
「それでセイラ様は一体どうするのです?」
「セイラ様にはお手数だけれど残って頂いてお爺様の治療に当たって貰う事になっているのです」
「ええ、
「本当にご無理を申しますが、セイラ様お爺様の事をよろしくお願い致します。私もご一緒するべきなのでしょうがこの現状ではシャピを離れる事も出来ず心苦しい限りです」
カロリーヌに請われて私はポワトー枢機卿のもとに向かった。
律義者のカロリーヌはルイーズ迄私の護衛に就けて送り出してくれたのだ。
向かうのはカロライナ、シャピより河口を登った内陸にある貿易港である。
内陸の新しい街で浜風の影響も無いためポワトー枢機卿はそちらの別邸で治療に専念しているのだ。
【2】
河船と中型外洋船が混在するカロライナの港は活況を呈している。
ここから内陸へ向かう荷や外洋に送られる荷が扱われるため倉庫が立ち並び、陸路で北部や東部そして西部まで中央街道を通って運ばれる荷を扱う荷馬車がひっきりなしに出入りしている。
その商人たちを相手にする食堂や商店、そしてシャピのセイラカフェから支店も出て活況を呈している。
何でもジャンヌが去年の秋にレシピを置いて行ったという、蟹クリームコロッケや蒸しプリンが人気なのだが、残念ながら今は蟹の時期ではない。
秋になればイチョウガニの季節になるのだけれどもう少し先だ。それにタラバガニは冬が旬だしなあ。
ベーコンと玉ねぎのクリームコロッケだがそれでも懐かしい美味しさだった。
ああ、揚げたてのジャガイモのコロッケで冷えたビールが飲みたい。
ジャガイモもコーンも無いこの世界では普通のコロッケは作れ無いものなあ。
私達は河船を降りてから街を暫く見学して、馬車で郊外ポワトー伯爵家の別邸に向かった。
歩いても鐘半分ほどの距離だがすでに別邸から迎えの馬車が来ていたのだ。
夕刻に別邸に着くと直ぐに、まずポワトー枢機卿の容態の確認に向かった。
私が病室に向かうと枢機卿は椅子に座って夕陽を見ていた。
開け放たれた窓から涼やかな風が入っている。
「一日三度、バルコニーを散歩しております。床擦れを防ぐ為に日中の半分はああして椅子に座られて私どもと話を成されたりしておるのですよ」
治癒術士が現在の状況を簡単に話しだした。
「枢機卿様、ご機嫌は如何で御座いましょうか」
私の挨拶に気づいた枢機卿は振り返った微笑んだ。
「おおセイラ殿、いや光の神子殿とお呼びした方が良いかな?」
悪戯気な微笑みを浮かべてそう問いかけるその顔は、春にジャンヌと共に訪れた時よりだいぶ痩せたようだが、その眼はシッカリと理性を宿し気力は衰えていない事が解る。
「また枢機卿様はお戯れを」
「ハハハ、噂は聞いておったが、この春にカロリーヌ付きのイブリンから色々と内幕を聞いたのでな。あの王太后を王妃離宮に軟禁したそうでは無いか。それを聞いた時は久しぶりに治癒術士たちと腹を抱えて笑ったぞ。余りに楽しかったのでイブリンには王妃殿下の離宮で王太后殿下の面倒を見るように言って送り出してやった」
そう言えばベアトリスはいたけれどイブリンはいないなあと思っていけど、そんな事になっていたとは…。
そう言えばあの娘はポワトー伯爵家子飼いの家系だものね。
「それで御気分は如何ですか? 今日は少しだけ魔力の循環を確認いたします」
その言葉を聞いて治癒術士は大急ぎで他の治癒術士たちを呼びに出て行った。
「セイラ殿、すまぬ。出来るなら来年の春まで、せめて今年の秋までは持たしてくれぬか。せめてカロリーヌの卒業までは見届けねばならん。卒業すればあのバカ息子をしっかりと押さえて領地運営に専念できるのだ。出来れば軌道に乗るまで見届けたいが…。枢機卿の座はワシが死ねばまず間違いなくシェブリ大司祭が継ぐであろう。だから大司祭の座だけはあのバカ息子に死守させねばいかん」
「枢機卿様、その生きようというお気持ちが有る限りは大丈夫です。私もジャンヌさんもついています。必ず存えさせて見せます」
そう言ってポワトー枢機卿の手を取った時に次々と治癒術士が入ってきた。
前回のジャンヌとの治癒で小さな転移細胞はほぼ消えていたが胃壁にまた少し大きめの物が出来ていた。
そしてもう一つ不味い場所に転移を見つけてしまった。
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