第68話 国交断絶

【1】

 ガレ王国の代表も説得に回ってくれたようだが、ギリア王国の代表は取りつく島も無い様で帰国の準備を始めている。

 国務管理官はガレ王国の代表とも協議の上、国交の停止はギリア王国単独の事案として、ノース連合王国の総意で無い旨の合意は出来た。


 ギリア王国の唐突な断交宣言により、ガレ王国もこれ以上の抗議を続けられなくなって審問はなし崩し的に結審してしまった。

 海事犯罪審問会はいきなり現れたジョバンニ・ペスカトーレに全てを引っ掻き回されて終わってしまったのだ。


 国務省は国交断絶をもたらしたペスカトーレ侯爵家に憤懣やるかたない様子だし、内務省も今回の事件を盾に領内の行政に切り込んでやろうとしていたのに、首一つで払われてしまった。

 法務省は度重なる管理官の失態で顔を潰したものの、海賊行為の審判に置いてはギリア王国のみの国交の停止だけで済ませる事が出来て安堵している様だ。

 管理官以下今回の法務省のメンバーは左遷対象に上がりそうだが。


 結果を見ればやはりペスカトーレ侯爵家が全てを煙に撒いて逃げ切った印象がぬぐえない。

 北海貿易を営むシャピはもちろんアジアーゴにとってもギリアの港の入港禁止は今後の貿易に少なからず影を落とす。


 折角好況に沸いていたノース連合王国との貿易が絶たれることになるのだから。

 しかしこれはシャピよりもギリアに近いアジアーゴの方が痛手であろう。

 ハッスル神聖国やハスラー聖公国という格上の相手との通商をメインにしていたアジアーゴは、その二国との通商が落ち込んでいる今、更に対等に貿易交渉が出来るギリアを失ったのだ。


 当然シャピにとっても折角新規開拓したノース連合王国の港が一つ使えなくなるのは大打撃である。

 私としてはアジアーゴ側のヤケクソの自爆テロに巻き込まれた気分だ。

 ロロネー船長や銀シャチ号の乗組員の怒りは尋常じゃない。

 ガレ王国の代表団は気を使って帰りの船も銀シャチ号を指名してくれたようだが、ギリア王国の代表団は入港しているハスラー聖公国の貿易船に帰路の航海を代診している。


「何か釈然としません…」

 シーラ・エダム国務官がポツリと言った。

「国交断絶なんてギリア王国にとって何一つ益など無いはずです。それどころかラスカル王国との貿易が途絶えてしまえば、ギリア王国とっても大きな損失のはずです。国の代表があの程度の侮辱や不利益程度の事で、感情を爆発させて断行など考えられません」


「シーラの言う通りですわね。私もこの決定はとても愚かしい事だと思います。審議の過程でもギリア王国がガレ王国を挑発していたようですし。多分何か裏が有るとは思うのですが」

 カミユ・カンタル内務管理官も何か引っかかっている様だ。


「今回の結審で一番メリットが有ったのは何処なのかしら?」

「何処がとも言えませんわね。みんな何がしかの不利益を被っておりますもの」

 私の問いにカロリーヌは首をかしげながら答える。


「強いて挙げれば帆船協会では無いでしょうか」

 オズマが口を開いた。

 見落としていたな。そうだ、一番のメリットは被告である帆船協会だ。

 もちろん海賊事件の被告として罪に問われて、国際犯罪者としてラスカル王国とノース連合王国から追われる身ではあるが、これは審判以前から何ら変わりない事だ。逃げ得と言う事であろう。


「そもそも今回の海賊騒動もかなり杜撰な計画ですね。思っていたよりも早くに摘発されたのでしょうけれど、それで無くてもいつか船名はバレてしますでしょう。そうなれば帆船協会に疑いの目が向けられるのは必然でしょう」

 私の言葉に皆頷いている。

 そう、この様な海賊行為は直ぐに商船団の噂になる。

 そうなれば討伐体も組織され、すぐに船名も知れる。廃船届が出ている船を調べれば簡単に帆船協会迄たどり着いてしまうだろう。


「海賊船の盗品は全て帆船協会がハスラー聖公国やハッスル神聖国に売りさばいていたようですが、その証拠もある訳では御座いません。そもそもアジアーゴへの入港船の書類にも改ざんの後が多数ありますし、何より何カ月も船から降りずに暮らしていたとは考えられません。まず間違いなく海賊船は幾度かアジアーゴに錨を降ろしているに違いないのですよ」

 カミユ女史の言葉を聞く限り、それが内務省の見解のようだ。


「その追及を逃れる為に騎士団長の首を差し出したと言う事ですよね。ところが思った以上にギリア王国を怒らせることになって通商路迄無くしてしまった。ギリアとの航路しか持たないアジアーゴには大きな痛手では無いですか?」

 カロリーヌは迷惑をこうむったが、相手の痛手の方がデカいのでそれで納得しようと考えているのだろう。


「でも残念ですわ。最近はギリアにも鹿革が集まりだしてシャピの商船連合や外洋商船組合もいくらかの儲けを上げられるようになりかけた矢先だったのに」

 オズマが気の毒そうにそう言う。


「ロロネー船長たちに協力して貰ってガレへの航路に参入して貰う様に錬度を上げて貰うしか手が無いですね。今回は海賊船の餌食にならなくて幸いだったと思う事にしましょう」

「大型帆船のノウハウは持っていらっしゃるのですから西部航路の開拓に積極的に参加して頂く機会になったと割り切って頂きましょう。ポワトー伯爵家でも援助をしますし、王妃殿下を通して支援も戴けるでしょうから」


 新規航路の開拓に消極的だった二組の船主も最近は、北部商船のバルバロス船長の成功を目の当たりにし意欲をかき立てられている風に見える。

 カロリーヌの言う通り新規航路に活路を見出す良い機会になったと割り切るべきだろう。


 ただ私の胸の中には今回の審問でのジョバンニ・ペスカトーレの言動やギリア王国の決定に違和感がぬぐえない。

 表面的な結果では無く、裏で何か蠢いている様で気分が悪いのだ。


 何よりジョバンニのギリア王国を煽るような、非常に不公平な補償の提示。

 そして審議の間終始ガレ王国を揶揄している様なギリア王国の代表の言動。

 何よりいきなり切れたギリア王国の代表の行動に不穏な物を感じるのだ。

 この杜撰な海賊行為の裏にまだ何かあるような気がして仕方ないが、今は口に出すべきでは無い事も理解している。


 帆船協会とペスカトーレ侯爵家が未だつながっているとしか思えないのだ。後日カミユ女史にその辺りの調査をしっかりと頼んでおこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る