第67話 海事犯罪審問会(結審2)
「そして皆様がご指摘の通り帆船協会が首謀者であったことも間違い御座らん。続けて捜査は行っておるが、彼奴らは船団ごと行方をくらましておる。外洋船五隻、アジアーゴにもシャピにも居ないとなると他国に逃げた可能性が高いと思われるが、そうなれば私どもの手には負えん」
「それでは帆船協会がガレ王国の五隻の商船を襲撃した犯人であると認められるのですな」
「ああ、もちろんだ。アジアーゴやシャピの沖合で、強奪した積み荷を帆船協会の船に移し替えて他国へ輸出していたようなのでな。もちろん補給物資もその時に受け渡しし、補給を行った船はシャピ沖ならアジアーゴへ、アジアーゴ沖ならシャピに入港して補給と荷積みを済ませて単独、あるいは二隻で交易に出たようですな」
「ああ、シャピでの調査で一度帆船協会の船がほぼ空荷で二隻補給を受けに来ておりますね。話の辻褄は合います」
「そういう事で、帆船協会は国外に逃げておる。今回の襲撃で破損した二隻の海賊船は幸いにも航行可能な状況で捕縛されておるからな。若干だが帆船協会の資産も押収出来た物が有りので保証として充当いたしましょう。後は国務省にお願いして犯罪者引き渡し条約を使って、関連国に査察依頼をだし帆船協会を捕縛の上資産押収をかけて頂きたいものですな」
「保証はそれ迄待てと言うのか! 捕まらなければ如何致す」
直接の被害者であるガレ王国の代表は、到底納得行かないようだ。
「ペスカトーレ司祭殿も保証を拒否しておるわけでも無いではないか。ただ犯罪者の処罰については、乗組員だけが縛り首では納得できませんな」
ギリア王国代表も何らかの処罰か保障を求めている様だ。
「お怒りは御もっともだ。僕たちがここまで知り得たのも実は共犯者を一人捕まえたからなのだよ。この事件の全容もそいつの供述から解ったし裏も取れ申した。内務省には供述調書と証拠の押収資料を提出いたしましょう」
そう言うとジャバンニは中央の被告席前に机を持って来させて鉄の箱を置いた。
「今はこれでお怒りをお沈め下さい」
ジョバンニがそう言って箱のふたを開く。
大きな審問室に吐き気をもよおす臭いが立ち込める。
「「騎士団長殿!」」
騎士団副団長と衛士隊長が同時に叫ぶ。
ひっくり返された箱の蓋にジョバンニがどんと置いた者は、濁った眼をカッと見開いてダラリと舌を垂らした男の生首だった。
【11】
カロリーヌが口元を抑えて部屋を駆けだして行った。
側付きメイドのイブリンがその後を追て行く。その後を何故かベアトリスも追いかけて行く。
それを見て一部の官僚や証人席の女性が次々と部屋を出て行く。
「窓を開いてちょうだい!」
私の言葉に警備の騎士やメイド達が一斉に壁際に走り窓や扉を解放し始めた。
「議長! 一旦休廷を…おぉぉ…? 法務官僚、この汚物を回収して」
ダメだ。法務管理官殿は虹ゲ○に包まれて意識を失っている。
「法務官殿、一旦休廷を要請致します。部屋の換気と掃除が必要な状態です。せめて半刻の休憩を」
「この程度の事で時間が惜しい。ペスカトーレ侯爵家としてはこのまま審議の継続を望むが」
私の求めに対して、混乱の中で一気に決着をつけたいのだろうジョバンニは継続を強硬に言いつのった。
「法務管理官様がこの様な状態では審議は続けられません」
「それは判ったが、管理官殿がこの有様ではその決定も下せません。意識が戻るまで審議を継続として」
「ならジョバンニ・ペスカトーレに命じてその首を回収するように言ってちょうだい。誰の首かは副騎士団長の言葉で理解致しましたから」
「そっそうだ。早く片付けてくれ」
「それが無くても審議は出来るだろう」
「そうだ! 早くどうにかしてくれ」
当たりからも次々と非難と要求が付き付けられ、法務官僚が転がっている法務管理官を足で押しのけて代わりに演壇に立った。
「ジョバンニ・ペスカトーレ司祭殿、その首を片付けて頂きたい」
「了解致した。たかだか首一つで何を大仰に…」
そう言いながらジョバンニ・ペスカトーレ首を片付けて箱の蓋を閉める。
「ご要望通り首は片付けた。それで審議を進めてくれるのかね?」
「あっ…ああっ。そうですな…」
判断できない法務官はチラチラと私の顔を見ながら口籠る。
「この惨状で、議長も証言者も不在で何を続けると言うの」
「そうですね。法務管理官に代わって内務管理官の権限で一端休廷にして部屋を片付けさせましょう。半刻後に再開いたします」
私の要請にカミユ女史が応えて休廷を宣言すると大半の者が急ぎ足で屋外に逃げ出した。
ジョバンニ・ペスカトーレも肩を竦めて退席して行く。
【12】
並んでえずいているカロリーヌとイヴリンをベアトリスが介抱していた。
カロリーヌの背中を摩りながら冷たい水を飲ませている。
「落ち着きましたわ。ありがとうベアトリス」
「セイラ様、あの首は本物なのでしょうか?」
イブリンに水を飲ませながらベアトリスが聞いてくる。
「衛士団長や騎士団の副団長のの反応を見る限り本物のようね。騎士団長にすべての罪をかぶせて葬ったのでしょうね。ジョバンニが来るのに手間取ったのもそのつじつま合わせの為だったのではないかしら」
顔色は青いがどうにか落ち着いた様子のカロリーヌも思案顔で言う。
「でも、なぜ騎士団長なのでしょう? 帆船協会の協会主を捕えて首を刎ねる方が皆も納得するはずですわ。総ての首謀者と言ってもだれも疑いませんから」
「多分本当に他国へ逃げているのでしょうね。でもそれだからと言って家臣の首を差し出すなんて…」
「あの領は侯爵家騎士団と教導騎士団の対立があるそうだ。エド殿が切り崩すなら騎士団だと言っておった。なんでも領内では教導騎士団の下に領騎士団が位置しておるそうで、雑事や責任を全て押し付けられておるそうだ。かなり不満が溜まっているらしいぞ」
カロリーヌを気遣って駆けつけてきたサン・ピエール卿が教えてくれた。
「なら、脅しを兼ねての騎士団長の首という事ね」
「ああ、先手を打たれたという事だな。そろそろ時間だ。審議に戻るぞ」
【13】
審議場は掃除されて異臭は無くなっているが、窓が未だ開かれたままなので外の冷たい風が入ってくる。
少し寒いが今は潮風の香りが清々しく感じる。
「こっこれより審議を再開する」
毛皮のマントを纏った法務管理官が宣言するが、顔色は青くその様子は未だ休憩が足りなそうだ。
専用の
「先ほどお話しした通り帆船協会の捕縛の為に我が領も総力をあげている。彼奴等の資産を差し押さえられれば全て保障に回そうと思う。ただ彼奴らは他国に逃げており捕縛にも困難を極めているのだ。とりあえずはバンディラス号とユニコーン号の所有権を関連書類や中の積み荷その他もろもろと含めて全てガレ王国に引き渡そう。ユニコーン号は修理の上引き渡す。引き取りの乗組員を派遣してくれ。また海賊船になられてはたまったものでは無いからな」
「何を仰りたい! 我がガレ王国に言いがかりをつけるおつもりか」
「いや、言葉の綾だ。これが今出来る我が領の精一杯の保証だ」
「我らノース連合王国は、その言葉にいか程の信も置けぬ。そもそも其方の態度も気に入らぬ」
今度はギリア王国の代表が難癖をつけ始めた。当然先程の保障にギリア王国は含まれていないからだ。
「そう申されても、ペスカトーレ侯爵家もこの様に身内の首まで持参して膿を出し切っている。この首の重さは理解して頂きたい」
「その首で全ての保証が充当される訳でもないだろう」
ギリア王国の主張は解るが、その言い方は喧嘩を売っている様な物では無いか。
「ならば、捜査権も帆船協会に対する債権の取り立て権もすべてガレ王国に譲渡しよう。今僕の領内にある帆船協会の資産はガレ王国に引き渡しで合意できた。国外に逃げた彼奴等に対する一切の権利も放棄してガレ王国に譲渡する。これで僕らの債務は全てノース連合王国に委ねたぞ」
「待て! ギリア王国も今回の海賊事件では迷惑をこうむっているのだ! ガレ王国だけが被害者では無いぞ」
「それはそちらの都合でしょう。回収できた債務の振り分けは国内でやって頂きたい。ノース連合王国内でのもめ事の仲裁迄ペスカトーレ侯爵家に求められても困る」
「…」
ジョバンニめ、ノース連合王国の対立を煽ってこの結果を既成事実にしてしまうようだ。
私としては逃げ得を決め込むつもりのペスカトーレ侯爵家も許しがたいのだが、ラスカル王国民としてはいらぬ口を挟む必要も無い。
釈然としないが口を噤んでいるうちにギリア王国の代表が切れてしまった。
「そちらがその気ならもう良い! ギリア王国はラスカル王国と国交を断絶する! ギリアの港へのラスカル船籍の船は一切入港を許可しない!」
そう怒鳴ると反論も国務管理官の言葉も何も受け付けず引き揚げてしまった。
これは拙い!
非常に拙い!
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