第66話 海事犯罪審問会(結審1)

【10】

「どういう事だ、法務管理官殿! 全ての責任を我がペスカトーレ侯爵家に押し付ける気か。商船登録後の貿易船の管理も港湾の管理も統括しているのは法務省では無いか! 内務省管理官殿! 内務省も通商管理や交易船の管理統轄の責務が有るはずだ!」

 ペスカトーレ侯爵家の秘書官は激昂して官僚たちの非難を始めた。

 お陰でシャピはラッキーな事に蚊帳の外の置かれている。


「そうで御座います。アジアーゴの荷主連合だけが攻められるのは理不尽で御座いましょう。なにより犯行を主導した帆船協会も二隻の海賊船も、元々シャピの所轄だったのならば責任の一端はシャピにも有るはずで御座います」

 飛び火してきたラッキーじゃなかった。


「それこそ言いがかりだわ! 商船の買取も遭難もアジアーゴに移動してからの事だわ。シャピの通商管理は厳格に運用されて落ち度など無いはずよ」

「法務管理官殿! この小娘は何のです。何を偉そうに大人に意見を!」

「荷主連合様、その仰り方は貴族令嬢に対してい如何な物でしょう。それにセイラ様はアヴァロン商事の代表格で私と同級生。ならば私カロリーヌ・ポワトーも小娘と言う事なのでしょうか?」


「お待ちください。荷主連合殿もそう言う意味で申した訳では…。しかし帆船協会を追い出したのはシャピの海自事務や商工会ではないのですか」

 ペスカトーレ侯爵家の秘書官は言いがかりに近い難癖をつけてくる。

「もちろんシャピの海事事務所も通商管理事務所も清廉潔白で不正を認めなかったため経営が立ち行かなくなったのでしょう。悪事を企むものには住みにくい領地なものなのでね」

「それは一体どいう事なのであろうかな? ペスカトーレ侯爵領への暴言では無いか?」


「いえ、一般論で御座いますよ。少なくとも清廉潔白に法に則て領地管理を行うカロリーヌ様もポワトー伯爵領も非難される謂れは御座いませんわ」

「くっ…、内務省も法務省も逃げた帆船協会の行方の探索や捜査はどうなっているのです。これも怠慢と言えないでしょうか」

 ペスカトーレ侯爵家秘書官はまいましそうに私を一睨みすると、又矛先を内務省に転じた。


「それはそうですね。今回の件を鑑みて内務省としても国務書に迷惑をかけたと反省しております。ご要望通り港湾関係の事務処理も査察官を送り全て再検討するとともに、不正に係わったりいい加減な業務をしていた者は厳罰に処す所存です」

 この言葉にカミユ女史の後ろに並ぶ官僚の数人が顔色を変えた。

 ペスカトーレ侯爵家の秘書官も顔色を失っている。


「それで襲われた帆船については何隻なのだ? 二隻の船が遭難届を出してから以降、すべての乗組員がその船に乗っておったのだろう。それがその間どこで何をしておった? 当然海賊行為だろう。ならば審議以外の四隻ともそ奴らの仕業であろう。この期間で補給や荷降ろしでこの二隻が入港した形跡がないか明確にしていただきたい」

 ガレ王国の代表がカミユ女史に息巻いて要求する。

「当然すべての書類を精査して結論をお出しいたします。入荷、出荷、補給、税務調査結果も含めて人員をつぎ込んで明らかにすることをお約束いたしましょう」


「待て! 待て、待て! 待って下され。税務調査など海賊行為調査に何が必要だと言うのだ。入荷や出荷など海賊と無関係では御座いませんか!」

「海賊船が盗品をいつまでも溜め込んでいる訳が御座いませんよね。どこかで換金しているはず。それに補給の為にも入港する必要もある。船名や船籍を偽っていても積み荷のやり取りや納税状況との比較で見えてくるものが有るのです。既にシャピでの作業は完了しております。アジアーゴでの調査結果と照らして、密貿易や不正が出てくれば海賊行為の一端を掴めるでしょう」

 

 ここにきてペスカトーレ侯爵家の面々はやっと八方ふさがりの状態に陥っている事を理解したようだ。

 当てにしていた法務管理官の相次ぐ失態で、これ以上この審議に対して反論を試みる材料も手立ても尽きている。


「はっ…帆船協会の資産は差し押さえる事が合出来る。補償金に関してはそれを充当できるでしょう…。じょ…状況証拠を鑑みれば五隻の襲撃はあの二隻だと思われますが、先の二件については…その…、確たる証拠の捜査を優先して頂きたい。協力は致します。ただ証拠無しでは主家も納得致しませんでしょうから。出来ればしばらく休憩を挟んで頂ければと…」

 一介の秘書官や騎士や衛士では手に余るのだろう。

 荷主連合も交えて審議を先伸ばしにする対策の相談でもするのだろう。


「そうじゃ…そうじゃな。休廷だ。一旦休廷しよう…そうしよう。これより半刻の…」

「いや、そんな悠長な時間は無いだろう、このまま引き続いて審議を進めて貰おうか!」

 いきなり審議場のドアが開け放たれて幾人かの男がズカズカと乗り込んでくるなり、議長の法務管理官の言葉を遮って審議の継続を主張した。


【11】

 その一団が入場すると、ペスカトーレ侯爵家の代表たちが一斉に起立して深々と頭を下げる。

 彼らと一緒に頭を垂れている法務管理官を一瞥すると先頭の男はシャピの代表団、すなわち私たちが座る席に顔を向けると憎々し気に睨みつけた。


「おい、セイラ・カンボゾーいつまでも大きな顔を出来ると思っているならば大間違いだぞ。たかだか子爵家の分際でいつまでものさばれると思うなよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。爵位と聖教会の地位に胡坐をかいていると足元をすくわれるわよ、ジョバンニ・ペスカトーレ様」


「カロリーヌ・ポワトー、お前もだ。この裏切り者の異端者が! 女の分際で現役の伯爵とは片腹痛いぞ」

「あら、実家は侯爵家だとしても一介の学生風情でその態度は如何なものなのでしょう」

「勘違いしているようだな。僕はこの度司祭職を拝命してね。ペスカトーレ侯爵領の筆頭司祭なのだよ。筆頭司祭としての権限で伯爵殿に物申しているわけだ。卒業すれば大司祭に決定しているも同然だ。そうなればお前の父親と同格、いや爵位の分で僕の方が上になるのだからな」


 在学中に司祭になった者は長い歴史でも三人だけ、それも全員聖属性持ちの聖人だった。

 一般属性では初めてだろうが、こんな横紙破りな事を通すのは教導派聖教会が焦っている表れだろう。


 カロリーヌが女伯爵カウンテスに就任し校内での身分がトップになった為の対抗措置であることは明白だ。

 ポワトー枢機卿の死後を見据えてシェブリ大司祭の枢機卿就任の為の布石でもある。勢力確保と息子への箔付けで卒業後は大司祭? よくもこんなゴリ押しを通そうと企んだものだ。


「まあお父上やお爺様がお力のある方で羨ましい限りですわ。私ごとき子爵令嬢はお父上や兄上を実力で捻じ伏せられた女伯爵カウンテス様に御すがりしてお引き立て願う位しかコネが御座いませんものね」

「戯けた事を。まあ良い。今は審議が先決だ。ノース連合王国代表団の方々お見苦しいやり取りをお見せいたしました。僕はペスカトーレ侯爵領の領主代行であるジョバンニ・ペスカトーレと申します」


「ほう、その若さで侯爵領の代表代行とは。ポワトー女伯爵カウンテス様もそうではあるが、内務管理官殿と言いラスカル王国はお若い実力者様が多いとお見受け致す。お手並みを拝見いたしたいものですな」

 ギリア王国の代表がお世辞とも嫌味とも取れない言い回しでそれに答える。


「ええ、審議内容はあらかた理解致しております。ノース連合王国の代表が仰る通り一連の海賊行為は全てあの二隻の海賊団の行ったものでしょう。今更否定は致しません。船籍所属地の領主代行として陳謝いたします」

 そう言ってあのジョバンニ・ペスカトーレが素直に頭を下げたのだ。

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