第65話 海事犯罪審問会(再開)

【8】

 もう直ぐ審問会の二日目が始まる。

 軽めの昼食を取っている私たちの元に次々と報告が入ってくる。

 国務省のお役人方とノース連合王国の使節団はセイラカフェの常連になってしまっている。

 やはりガレ王国とギリア王国は利害が相反する様で、関係はかなり険悪だという事だ。

 今は国務管理官が間に入ってかろうじて仲を取り持っているが、審問の場で利害が絡むと爆発する恐れもある。


 迎賓館の管理人からは昨夜遅くに、ノース連合王国の使節に内務省のペスカトーレ侯爵家と繋がっている官僚が面会に来たという報告が上がっている。


 そして法務管理官一行とペスカトーレ侯爵家の関係者は、なんとL&E相場社交クラブに繰り込んだらしい。

 なんでもセイラカフェは私の息がかかっている清貧派の巣窟なので、それと同レベルの食事が出来る場所として選ばれたそうだ。

 よくもまああんな騒々しい所で落ち着いて食事が出来たものだと思ったのだが、取引所のカウンター席とは別に貴賓室も完備して、メッセンジャーボーイが取引所と貴賓室を行き来しているらしい。


 その貴賓室を二部屋借り切ったそうで、法務管理官は失態を責められていたようだ。

 その挽回の為どうもペスカトーレ侯爵家から有力者が来るらしく、到着までの議事の引き延ばしを言明されていたと言う。

 午後からの審議は長引きそうだ。


【9】

 報告に有った通り法務管理官は審議をダラダラと緩慢に進めている。

 ノース連合王国の代表団はかなり苛立っているようだ。

「その話は昨日もう伺い申した。決着がついた話を蒸し返しても、我々は昨日の決定を覆すつもりも無ければ、これからの審議に手心を加えるつもりも御座らん」

 ガレ王国の代表かなり怒りを募らせている。


「少し熱くなり過ぎでは御座らぬか。冷静に我らの要求を通す事を念頭に置いて発言いただけなれば迷惑です」

 ギリア王国の代表はガレ王国の代表に苦言を呈するというより、煽っているとしか思えない言動である。

 ガレ王国の代表はギリア王国の代表を睨みつけると口を噤んだ。


「私どもとしてもそろそろ帆船協会が購入した二隻の船の遭難届の件に関しての審議に移って頂きたいものですね」

 カミユ・カンタル内務管理官の発言に法務管理官が忌々しそうに睨みながら議題を進行し始めた。


「気になっているのです。帆船協会が始めに雇い入れた船員がそのまま海賊船の船員になっているのですよね」

「ああ、その様だな。当然二隻の乗組員が共謀して船を乗っ取って海賊行為を始めたという事なのだろう。合理的な解釈であろう」

 法務管理官がどや顔で胸を張った。

 その様な事を中立であるはずの司法担当者が言っていい話でもないだろうと思うのだが、この男は本当にわきが甘い。


「仰る通りだと思います。ただ疑問に思うのは難破の報告を誰が知らせたのでしょう? 乗組員全員の遭難報告がなされて、実際には海賊船の乗組員になっているのですから、彼らが報告する様な事は有り得ないでしょうし」

 法務管理官の表情が凍り付いた。


「遭難届に書かれている証言者は誰になっているのでしょうかね? 帆船協会は違和感なく受け入れたのでしょうかね?」

「証言者はユニコーン号の船長とバンディラス号の航海士になっておるな。バンディラス号はダッレーヴォ州沖で遭難して漁村に漂着したと記されているな。ユニコーン号はハッスル神聖国沖で難破したと言ってハスラー聖公国の船に乗って帰って来ておる。報告を受けた帆船協会がどうしたのかは、収監が出来ないのでわからんがな」

 法務管理官はこの話はこれで終わらせるつもりなのだろう。


「生存者が各船に一人ずつ? それで遭難に際しての審問や公聴会も開かれずに乗員死亡で処理されたと? せめて誰か当時の事を知る関係者でもその時の書類を受理した役人とか収監できない者でしょうか」

「もう…もう全て調べた。これといった怪しい証言は得られなかった」

「という事は、やはり帆船協会とアジアーゴの海洋管理事務所が公聴会や審問会の書類を作文して虚偽報告をしていた可能性が高いと? まさか法務局がいい加減な調査をしていた訳では有りませんでしょう」

「もっもちろんだ。しっかりと調査して不備箇所は無かった。そうだ、無かった」


「法務局に落ち度は無いと法務管理官が明言して頂けました。やはり帆船協会とアジアーゴの役人が色々と虚偽報告をしていたと考えてよいでしょう。やはり帆船協会とアジアーゴの役人が今回の事件の首謀者と判断しても良いのでは無いでしょうか」

「いや、違うぞ…いやそうではない。法務局に落ち度はない。だが、だからと言って…」

「本人が出廷して弁明するならばともかく、この状況で行方をくらませていること自体が首謀者である証左でしょう」


「ああ違いない。これまでの審議内容を加味してもそうとしか考えられないであろう。ギリア王国としてはその責任も併せてアジアーゴの領主殿に取って貰いたいものだ」

「ガレ王国は全ての海賊行為の認否について明らかにして貰いたい。帆船協会を総力を持って糾弾するぞ」

 ノース連合王国の代表団も手ごろなターゲットを見つけて狙い撃ちにするつもりなのだろう。


「それで、この損害の賠償責任は何処にあるであろうかな? 管理責任は全てを管轄するラスカル王国の政府にあるのではないのか」

「法務管理官殿の見解では、国に上がって来る文書に偽りが有ったという事。ある意味我が国も被害者なのですよ。そこをご理解いただきたいものですわ」

 そうそうに攻撃に出たギリア王国の代表をカミユ女史が軽めにいなす。


「それでも管理責任が無いと迄は申せませんでしょ。何より被害に遭われたのも遭われた場所も他国です。ラスカル国民が他国で犯罪行為を犯したとなると、それなりに責任は生じる物です」

 シーラ・エダム国務員が口をはさみ、国務管理官も頷いている。

 これは国務省の総意のようだ。


「其方ら何を申しておるのだ! ラスカル王国の官僚でありながら忠誠心は無いのか!」

「いえ、法務管理官殿。国際問題である限りはやはり国家間での責任の有無も審議が必要でしょう」

 法務管理官の認識の甘さに対してカミユ女史がダメ出しをする。


「法務省としては何の落ち度もないぞ! その帆船協会と言う一商会が起こした犯罪行為では無いか! 当然捜査もして居るしその所在も追っているが、賠償責任はその平民の商船主が負う話であろうが!」

「通常ならば私ども内務省が管理する通商事案なのですが、海上通商は国務省の管轄、更に私掠船許可と海事犯罪は法務局の管轄管理。これでは対応のしようが有りません」

 カミユ女史が海難申請や私掠船許可の交付に拘っていたのは、内務省を管理責任から外すための布石だったのだ。


「法務局は押収出来る帆船協会の資産を凍結して保証の原資として頂きたい。それに初めの海賊事件が起こってからも、一度と言わずユニコーン号とバンディラス号はアジアーゴに入港しているようですね。これはやはり管理責任が…」

 カミユ女史の畳み掛ける様な非難に法務管理官は焦った声で反論する。


「違う! それは現場の法務局の落ち度で法務省では無い。法務局の管理責任はそれぞれの領地で、それを統括するものが…あっ」

 法務管理官は自分の言動の重要性に気付いて血の気が引いて真っ青になっり、ペスカトーレ侯爵家の秘書官や騎士団副団長が顔色を変えて立ち上がった。


「法務省の見解は以上の通りの様ですわ。ならば管理責任の大本はアジアーゴ、それを管理する領主家という事になるのでしょうか」

 ニヤリと笑うカミユ女史は法務管理官から目的の言葉を引き出したようだ。

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