第64話 海事犯罪審問会(休廷)

【7】

 サン・ピエール卿の…エドの入れ知恵の…活躍で風向きがシャピに有利に動き出した。

 そのせいで焦った法務管理官の指示で予定より早く午後の二の鐘が鳴る前に今日の審議は終了してしまった。

 再開は明日の午後からで、今から丸一日近い空き時間が発生する事になったのだ。

 シャピの陣営で早めの夕食会という名の作戦会議が持たれていた。


「セイラカフェやライトスミス商会のネットワークを使っても、アジアーゴの内情は掴めないようです」

 コルデー氏の調査でもこれといった成果は無かった様だ。

「仕方ないわ。そもそもペスカトーレ侯爵領の有るダッレーヴォ州は教導派の牙城ですもの。私たちも一切手を出していなかったし。情報ソースは殆んど無いわ」

「ええ、グリンダメイド長もとても嫌っておられましたから、でもこの様な事になるなら何か少しでも足がかりを作っておくべきでした」

 私の嘆息にアドルフィーネが同意する。


「それは必要ないわ。そんな事の為にうちのメイドや職員が危険な目に合ったり不快な事が続くなら見限って正解よ。グリンダの判断に間違いはないわ」

 そう言う所の判断はグリンダは絶対間違えない。何より私のメイド長なのだから。


「それよりも法務局や他の官僚たちの動きはどうなのかしら」

「法務局はあまり心配する事はいらないでしょう。あの管理官は本当にただの俗物です。傲慢で虚栄心は強いが頭は廻りませんよ。それよりも国務省の管理官が何を考えているのか良く解らない。と、言うのもラスカル王国の官僚ではありながら軸足が何処にあるのかはっきりしない様な男なのです」

 コルデー氏は国務管理官に対して懸念がある様だ。


「軸足? いったいどういう事ですの」

 カロリーヌが不思議そうに問いかける。

「ラスカル王国の官僚でありながら、まるでノース連合王国に利するようなそんな考えをチラつかせているのです」

 内務省のカミユ女史もだが法務管理官は何が何でもラスカル王国の利益にならないことはシャットアウトしようと言う気持ちが前面に押し出されているのを感じる。


 それに対して国務管理官はノース連合王国に利益を譲っても構わないというような言動をしているそうだ。

 それが口約束なのか本意なのか、その真意がどこにあるのか読めないのだとコルデー氏は言う。

「あるいはどこかの領主貴族か商人から利権を得てそれを守るために動いている可能性もあるでしょう」


「シーラ様は? シーラ・エダム男爵家令嬢様は何か仰っていませんでしたか?」

「ノース連合王国に利するとしても、ガレ王国かギリア王国か? アヌラやダプラという可能性間有るので一概に言えないと。また今後のラスカル王国との友好を維持する為なら譲歩も有るので、必ずしもラスカルの国益を否定する物でも無いだろうと仰っておられました」


 シーラ・エダム女史の話しはもっともだ。法務管理官の様なラスカルの国益ゴリ押しこそ咎められる事なのかもしれない。

「それで、船主の方々は何か情報は御座いませんか? 船員同士の噂でも傍聴していて気付いた事でも何でも構いません」

 コルデー氏は次に傍聴していた船主や船長たちに話を振った。


 あの事件以降アジアーゴの港は入港制限を行っており、アジアーゴに入港した船もアジアーゴから入港する船もシャピには居ないそうだ。

 ハスラー聖公国の商船すらアジアーゴに入港出来ないそうで、本当に噂話すら入ってこない。

 ただアジアーゴの入港制限も異常と言えば異常である。


「こう言っちゃあ何だが、今日読み上げられた海賊船の船員についてどこから連れて来たのか知ってる船員が殆んどいねえんだ」

「オメエ海賊にそんなに知り合いが居るのかよ」

「んっなわけねえだろう。お前こそ知っている奴が居るのかよ!」

「あの名簿で知ってるのは船長とあと三人くらいだな。あの船長も他の二人もシャピやアジアーゴで悪事を働いたり人を殺したりして有名な悪党連中だったからな」


「そうだろう。あいつらが縛り首でも当然と言やあ当然よ。だがな他の船員はどっから連れて来たんだ? 荒海に出る大型船だぜ! 昨日今日の素人の悪党が操船出来る訳有るめえよ」

 それはそうだ。二隻の帆船を駆って外海を航海するのに経験者がたった三人など考えられない。

 シャピやアジアーゴで名前を知られていない船員がそんなに沢山いるわけも無い。


「でも脛に傷を持つ身で偽名を名乗ったのかもしれないわ」

「それよ! そんならなんで船員名簿なんて作って後生大事に船に積んだ? 海賊船だぜ。その名簿に名を連ねるだけでも縛り首必至じゃねえか」

 そりゃそうだ。

 船員名簿なんて海賊船にとって処刑名簿みたいなものだ。それなのに船長や航海士が本名を乗せるのも不自然だ。


「そう言えば私掠船許可証を焼いたとか言っていってなかったかしら」

 私掠船許可は無かった事になったが、アジアーゴ側は焼かれていたと証言されている。

 焼かれた後なので私掠船許可証かどうか確認はできないだろうが、じゃあなぜ船員名簿や他の書類も燃やさなかった?

 偽造された船籍証明書や商業許可証など他にもヤバイ書類は沢山押収されているのに。


 アジアーゴ側の証言を聞く限り、怪しい証言のオンパレードじゃないか。

「俺達も吊るされた奴らの顔を見たわけじゃねえが、シャピやその関係で素行不良の船員がそんなに沢山居なくなったとか雇われたとか聞かねえ。事件前のアジアーゴでもそんな噂は聞いちゃいねえ。なら経験のある船員は何処にいたんだって事よ」


「シャピやアジアーゴ以外の船乗りって事だよね。そんな奴いるのかしら?」

「居ないとは言えねえ。近隣の漁師とかいないとは言わねえが可能性は低いな」

「…っという事は、国外の船乗りとか」

「多分そうだと思うが、どこの国なのか判らねえがな」


 外洋航海に出る商船の場合は、大概私掠船許可証を発行するのが通例だ。

 海賊船が横行するので自衛の為にも戦力が必要となる。非友好国との通商の場合は、時に戦闘になる事もしばしばある。

 外洋帆船は直ぐに海軍戦艦として運用可能なように武装し私掠船許可証の保持を許されている。


 その為乗組員の管理についても厳格に決められており、船員名簿と船籍証明の取得は必須となる。

 船籍の有る港の海事管理事務所とその地を領する貴族家が責任を持って管理を代行する事になっている。


 だから船員の募集もいい加減な方法ではなく海事事務所の管理下で行われる。

 少なくともシャピではこんないい加減な船員管理は行われないし、アジアーゴでも内務省が査察に無いっているだろうから正式な募集はかけられていないはずだ。

 他所の領や州で募集を図り集めたか、内密に声をかけたのだろう。

 特に船長と航海士は経験が必須なのだから、直に声をかけたのは明白だ。

 そしてそれ以外の船員は未経験者はともかく半数程度は他国で船員を集めたのだろう。


 他国が絡むとなるとさらに厄介事が増える事になり、政治がらみで話がウヤムヤになりかねない。

 シャピとしては火の粉が降りかかるのだけは回避するよう手を尽くす事が必要だ。

 何やら守勢に回っていて歯がゆい限りだが、明日は審問の成り行きを見るしかないのだろう。

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