第63話 海事犯罪審問会(審議2)

【5】

 審議は本題に進み始めた。

「今回の犯罪の事実認定については以上で問題ないであろう。これからは被告の認定とその管理責任についての審議に移りたいと思うが」

 法務管理官は早々に審議を終わらせようとしてきた。


 やっている事は詐欺まがいの事であまり褒められた内容ではないが、ラスカル王国民としてはこれでケリをつけて貰いたい。

 国益やシャピの利益を損ねてまで他国の為に正義を貫けるほどに私は善良では無い。


「待たれよ! 被害認定についてはまだその前に発生した二件の海賊行為について審議認定が終わっておらんでは無いか!」

 ガレ王国の代表が吠えた。

「それは仕方ないでは無いか。確たる証拠も証言も無い今は審議する事すら叶わんでは無いか」

 ギリア王国の代表がこともなげに言い捨てる。

 やはりギリア王国はガレ王国との確執と反目だけでなく、何か思惑が有るのだろう。


「このままでは審議を進める事が出来ません。私どもも国務官僚として貴国に不利な条件をゴリ押しするつもりは有りません。ですから提案が御座います。ここは確定している事件と未確定の事件を切り分けて審議致しては如何でしょうか」

 シーラ・エダム男爵家令嬢…国務省国務官が提案する。

 うん、良い落としどころだと私も思うよ。


「法務に対する素人が口を挟む事ではあるまい! 何よりこの審議の司法職務を取りまとめるのはこのワシなのだ」

 最悪だぜ、この空気を読めない法務管理官は。


「管理官殿もこうおっしゃっておる。ならば以前の事件についても併せて審議して頂きたいものだが」

 ガレ王国代表の言葉にアジアーゴの副騎士団長と衛士隊長が睨みつける。

 その視線を感じた法務管理官は口を滑らせた事に気付き蒼くなった。

「いや、違うのだ。その国務官の意見はワシも認める。ただ国務管理官がおるのに僭越だと申したまでの事で…」

 言葉がどんどん尻すぼみになって来る。


「ご不満も御座いましょうが、今は国務官の言う通り分離決済をお考えになられては如何でしょうか。このままで何一つ審議が進まないよりは、解っている事案だけでも終わらせましょう」

「仕方ない、呑もう。ただしその前の二件の審議は終わった後でも進めて貰う。何よりその海賊船二隻の持ち主だった帆船協会の関係者の捕縛には全力をあげてくれ」

 カミユ・カンタル内務管理官の訴えにガレ王国代表は渋々ながらに納得した。


【6】

 法務管理官はホッとした表情でそれでも尊大に議事を進めて行く。

「それでは続いての席の海賊船の管理責任の所在についての審議である」

 さあここからが正念場だ。

 シャピに責任が無い事を認めさせて全責任をアジアーゴに押し付けるのだ。まあ、敵さんも同様に失策は全てシャピに押し付ける気なのだろうが。


「先ず初めに申し上げたい。提出した書類を精査して戴ければ判ると思うが、海賊船は二隻とも昨年の十二月には元の所有者の船籍から離脱して帆船協会の所属に代わっている。船自体も契約完了の前に既に帆船協会に引き取られて、シャピからアジアーゴに移動している。以上を持って前所有者の外洋商船組合、商船連合及びシャピ商船管理事務所に非が無い事を主張したい」

 カロリーヌの伯父のサン・ピエール侯爵令息が立ち上がり話始めた。


 まさかサン・ピエール侯爵家が直接介入してくると思っていなかったようで、アジアーゴ側も法務官僚たちも焦りが見えている。

 特に上下関係や権力に敏感な教導派なので余計に焦っている事が見て取れる。


「なっ…なぜサン・ピエール侯爵家が? これはシャピの、ポワトー伯爵領の案件で…」

「姪の領地の問題だ! 年若い姪が治める領地で後見人たるサン・ピエール侯爵家が手をこまねいている事の方が問題であろうよ。それこそ侯爵閣下自らが出向いても何らおかしな事ではないぞ」

 次期侯爵であるサン・ピエール侯爵令息の迫力に押されて法務官僚もアジアーゴの代表も押し黙ってしまった。


「良いのだな! 了解して頂いた様で慊焉けんえんである」

 サン・ピエール卿はその迫力と勢いで全てを押し切ってくれた。

 関係者席に座りすがるような眼で私たちを見ていた外洋商船組合、商船連合の商船主は、畏敬の視線をサン・ピエール卿に送っている。


「そっ…それでは、次の…。次の審議に移る。二隻の海賊船の最後の所有者である帆船協会についての罪状の有無について審議いたしたい」

 法務管理官の言葉にサン・ピエール卿の言葉がかぶさるように躍り込んだ。

「その件についても、沈没事故の報告はアジアーゴで成されているはずだ。沈没事故発生時点で帆船協会の移籍申請は提出された後で、事務所もすべてアジアーゴに移っていたはずだからな。その頃シャピでは帆船協会の移籍審査の最中であったと記されておる」


「待って下され。さすがにそれは全ては呑めませぬ」

 衛士隊長が立ち上がって話を遮った。

「難破船の事故報告は発生地の直近に位置する港で出されるのが通例。この度の両船の難破報告も唯々その慣例に沿ってアジアーゴが受理した物。それを指して管理責任を云々されるのはさすがに納得できません」

 衛士隊長の補佐であろう若い官吏がその後の説明を引き継いだ。


 さすがに思惑通りには動いてくれない。

 しかしアジアーゴ側は二隻の船を買い付けた時点で、既に裏で帆船協会と繋がっていた可能性が大きい。

 左前の帆船協会が中古船二隻もの潤沢な費用を出せるわけが無いのだ。

 ペスカトーレ侯爵家かモン・ドール侯爵家が、あるいは両家が共謀して資金を出していると思っている。


「しかし、その報告書も事務所がアジアーゴへの移転手続きの最中だという名目でシャピに送ってこなかったそうでは無いか」

「そっ、それは仕方の無い事で御座います。肝心の帆船協会の登記が宙に浮いた状態では処理しきれないでは無いですか」


「相分かった。それならば帆船協会の法務手続きが遅れた事で難破船の船籍除却手続きが後手に回ったという事で宜しいな、法務管理官殿!」

「ああ、その通りであるな」

 顔色を変えて法務管理官を止めようと動いた法務官僚より早く、管理官が即答してしまった。


 今のサン・ピエール卿の言葉の罠にいち早く気付いていた数人の法務官僚が頭に手を当てて天を仰いだ。

 これで、難破船の処理不十分な主因は法務省の認可の遅れが原因となった。法務省の管理官がそれを認めたのだから。


 さあこれで難破手続きまでの不手際は全て法務局とアジアーゴに責任が有る事を認めさせた。

 シャピの管理責任はもう問われないのだ。


 サン・ピエール卿はドッカと席に腰を下すと緊張を解いた。

「すまぬが冷たい水をくれ。のどがカラカラだ」

 そしてメイドが差し出した冷たいレモン水を受け取るとグビグビと喉を鳴らして一気に飲み干した。


 法務管理官の周りでは法務官僚が集まって非常に揉めている。

 法務局は先ほどの管理官の不用意な発言で、これからの審議の方針を練り直さねばならなくなったのだろう。


 それを横目で見ながらサン・ピエール卿がタオルで汗をぬぐった。

 先程とは打って変わった温和な顔がタオルの下から現れる。

「いやはや、驚いたものだ。エド殿の想定問答集のままに事が運ぶとは…。色々と搦め手も教えて貰っていたが、本筋がそのまま使えたぞ。若いのに大した御仁だな」

 サン・ピエール侯爵家から参加の打診が来た合時からそうでは無いかと思っていたが、やはりエドが絵図をかいていた様だ。


「本日の審議は以上で終了とする! 審議の続きは明日からと致す! 本日の審議は以上で終了じゃ! 続きは明日の午後一で開始する!」

 法務管理官のヤケクソとも言えそうな声が響き今日の審議は終了となった。

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