第62話 海事犯罪審問会(審議1)

【3】

 ノース連合王国の代表団の口論は直ぐに収まり、アジアーゴ側の供述の追及に話は移った。

 何よりも使節団の中に帆船協会の関係者がいない事は問題だ。

 ノース連合王国の代表団に突っ込まれるより先に、私たちがそこを追及して不信の目を払っておきたい。


「被告の私掠船乗組員についても後で干渉させて頂きたいのですが、今はなぜ帆船協会の関係者がいないのかという事を問いたいのですが」

 私の質問にアジアーゴの荷主連合の会頭が口を開いた。

「ご指摘は御尤もです。我々も手を尽くしたのですが、そもそもアジアーゴの帆船協会の事務所は名ばかりのたった二部屋の貸事務所で、現地雇いの職員が一人簡単な申請業務だけを行っておるだけでして」


 帆船協会がアジアーゴに移って二カ月近くになる。あの協会の船団は幾度もアジアーゴに出入りしている。

 それはシャピの海自事務所の記録にもハッキリ記されている。そんな事務仕事や帳簿処理まで臨時雇いの職員が一人で切り盛りできるはずがない。


「おかしいでしょう。たった一人で船団の業務を全て切り盛りできるはずがない。幾度も船団が出入りしている筈なのですから、荷受け荷下ろしから税務処理や乗船員の管理に帳簿付けまで一人でこなせる筈が無いでしょう」

「ええ、そう言った書類は入港する船が全て積んで来たようで…船内に事務員がいるのかもしれませんな」


 明らかにおかしい。

 事務職員を満載して帆船の航海など出来る物だろうか?

 証言の為に同席している銀シャチ号のロロネー船長と航海士に意見を聞いてみる。

「それが出来りゃあ便利だろうけど、常識的に有り得ねえな。揺れる船の中でそう根を詰めて事務仕事なんて出来るもんじゃねえ」

「ああ、あたいでも航海日誌と海図を付けるだけで精いっぱいだ。素人が事務仕事なんてやった日にゃあ、船酔いで胃の中がひっくり返っちまうよ」

「ならば、船籍はアジアーゴでも本当の事務所は別にあると考える方が妥当ね」


「衛士隊長殿、職員が無理でも船団の乗組員はいないのでしょうか? その船団の船長にお聞きしたい事も有ります。騎士団か衛士隊で拘束できないのでしょうか」

「それも考えておる。しかしあの事件の日に航海に出たまままだ帰って来ていないのだ。帆船協会の船団はあの日港に戻らずそのまま出港したのでな」

「一体どこへ?」

「ああ、ハスラー聖公国を経由してハッスル神聖国に向かおう航路申請が出ておる。遅くても十日前には帰港する予定だったのだが未だ入港したとの連絡は無い。だから関係者は誰一人捕まらないのだ。今も帰港すればすぐに捕まえてこちらに連行する様に指示は出したままだぞ」

 ペスカトーレ侯爵家騎士団副団長が当然のことを、さも立派な事のように偉そうに答える。


「それはそれはペスカトーレ枢機卿様のご対応はさすがに卒が無い。手は尽くしてくれておるようではないか」

 法務管理官がその言葉に追随してごますりを始める。

 中立であるべき司法官が、それも他国の使節団を前にしてこの態度では、判決についても不信を持たれてしまうのではないのか。


 今の司法官の言葉にガレ王国の代表の眉尻がギリギリと上がって行く。

「その程度で手を尽くしている? 我々をバカにしておるのか。ならば賠償は管理責任の有るアジアーゴの官吏が保証してくれるのであろうな!」

「それは当然で御座いますとも。この度私掠行為に合われた船主様にはご迷惑をお掛けしたと思っております。座礁した商船については全額保証をお約束いたします」

「そっそれならば考慮の余地は有るが…」


「アジアーゴの荷主連合にしては気前が良すぎませんか?」

 カロリーヌは荷主連合の回答に疑問を感じたのだろう。私の耳元でこっそりと囁いてくる。

「あのままガレ王国の代表が承諾すればあの代表は本国に帰ると更迭されるでしょうね」

「やはり裏が有ると…」


「裏も何も無いわ。アジアーゴの主張が通ればユニコーン号は空荷で逃げて、襲撃に遭った商船の荷物は全てバンディラス号からギリア王国が回収済み。おまけに人的被害については言及していない」

「それでは船員に対しての保証はしないと…!」

「それだけじゃないわ。今回の事件の前に起こった四件の私掠行為については関与が確認されていない以上犯人不明のままよ」

「…船一隻分の保証だけでこの審問会を終了させる魂胆なのですね」


 カミユ・カンタル内務管理官は渋い顔をして何か考えあぐねている。それは国務省の官僚たちも同様だ。

 ラスカル王国としてはこのまま事が終息すれば大きな損害も出ずに助かるのだが、国際的な信用を無くすことに繋がる。

 カミユ女史は内務官僚としてはアジアーゴの非を糾弾して罪を明白にしたいのだろうが、今この場で国益を損ねて迄やる事ではない。

 まさかノース連合王国の代表もそれが気付かぬほどに愚かでは無いだろうから私もこれ以上口を挟むつもりは無い。


【4】

 現状に事実認定はその後滞りなく進んだ。

 船員名簿と死刑囚の紹介については、バンディラス号は半数近くが行方不明者で、その行方不明者については生死にかかわらず指名手配犯としてノース連合王国とラスカル王国の共同で捕縛訴追に務める事で合意された。

 ユニコーン号についてはギリア沖での私掠行為時に死亡者として抹消されているものが一人、銀シャチ号の砲撃で死亡した物が二人。

 それ以外は全員が死刑囚の名簿に名を連ね絞首刑になっている。


「私掠行為と書かれるのは心外だわね。明らかに海賊行為でしょう。このギリア沖の海賊行為の死亡者は銀シャチ号の砲撃と関係は無いの?」

「無いとは言えねえな。抹消された海賊行為の時は生きてたんだ。落水したようで、あたいが救助したガキだろうと思うぜ。船に引き上げてやったのに、ユニコン号にあたい達の位置を知らせて海に逃げ込みやがった。あのまま溺死したんだろうぜ」


「せっかく拾った命なのにバカな事をしたものね。銀シャチ号に乗っていれば死ぬ事は無かったのに」

 命が軽すぎる。特に平民の命がこの世界は軽すぎると痛感する。


「ユニコーン号の私掠船許可証は押収出来たのですか? ご提示いただいた船籍証は偽造だったようですが、私掠船許可証は未だご提示いただいていないのですが」

「ああ、その書類だけは焼却処分された後でした。私掠船許可証の偽造は大罪ですから恐れをなして途中で焼き捨てたのでしょう」

 衛士隊長が答えた。


「…ノース連合王国の、ギリア王国の代表の方にもお尋ねしたいのですが」

「ああ、バンディラス号の私掠船許可証も見つかっていない。漁村で戦闘となっ時にそう言った書類関係を持って逃げたヤカラがいる。漁民が殺した者の中に、船員名簿や沈没船証明と登記抹消照明が有った。ただ船舶登記書や船籍証明書それに私掠船許可証も含まれておらなかった。荷受け台帳も無かったので、それらは逃げた船員が持っておるのだろう」


「私掠船許可証が見つかっていない状況では、そもそもそれが存在していなかったという可能性も有ります。そうなればまず間違いなくあの二隻は海賊船で間違いないかと思われます。如何ですか?」

「うむ、私掠船許可証が無いという事ならばそうなのだろう。それは了解いたそう。ラスカル王国の私掠行為では無くあの二隻の船の海賊行為であったと認定致そう」

 ギリア王国の代表がそう表明した。

「ガレ王国もそれは了解致すが、もしも私掠船許可証が発見されたならばその限りでは無いぞ! 現在追跡中の逃走犯が所持していた場合、そしてそれが本物であった場合はラスカル王国の私掠行為であるからな」

 ガレ王国の代表も了解は貰ったが、そこには気付いた様だ。


「そこは了解いたしましょう。ただ見つかっていないこの状況では海賊行為として審判を進めて参る事に、皆様も依存は御座いませんでしょう」

 カミユが早々に話を締め括り議事を進めるよう促した。

 内務官僚はもとより国務官僚たちも安堵した顔が広がった。


 私も安堵したとは言う物のアジアーゴの衛士隊長の言葉に引っ掛かりが有った。

 たしかこう言ったはずだ。焼却処分されたと…。

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