第61話 海事犯罪審問会(開廷)

【1】

 とうとう被告側の代理人が来た。

 ペスカトーレ侯爵家の書記官と騎士副団長と衛士隊長、そしてアジアーゴの商工会から荷主連合の会頭がやって来たのだ。

 彼らは被告側となる為領主城内に宿舎を設けている。


 今回の事案は被害者がノース連合王国、加害者となる私掠船はラスカル船籍の為私たちもアジアーゴの連中と同じ被告側になる。

 その為、到着直後に会議室で会談を行っているのだ。


「どういう事だ? なぜ元の船主である帆船協会の協会長がやってこない。事務所はアジアーゴに移っている上、所属席も先週にはアジアーゴに登記変更が終了しているはずでは無いのかね」

 サン・ピエール卿が不快気に荷主連合の会頭に問いかける。


「サン・ピエール卿の言い分は理解しておる。しかし奴はアジアーゴに居らんのだ。事件の後姿をくらましてどこかに潜んでおるのだろう。お陰で事情聴取も出来んので我が方としても困っておるのだよ」

 衛士隊長が肩をすくめて答える。


「私掠船の犯人たちの調書は有るのでしょうか? そちらで押収した書類や調査した資料は? 何より積み荷は押収したのですか?」

「そういう事は審問の場で明らかにする。そそう言う質問は審問前には控えていただきたいものですな」

 私の矢継ぎ早の質問に口を開きかけた衛士隊長を押し留めて書記官が答えた。


「夕刻には顔合わせの宴席を設けますので…」

「いや女伯爵カウンテス様、それは必要ない。この場の顔合わせで十分で御座いますぞ、大司祭婦人。明日の朝には審問会が始まります故、酒の残った身で臨む事は差し控えたい。本来当方も被告の私掠船が逃げ込んだというだけで、厳正な処罰を行った原告側であるはず。そこは明確に致し潔白を証明致さねばならぬのでな」

 騎士団副団長はきっぱりと言い放った。


 そしてアジアーゴからの使節団は早々に自室に引き上げて行った。

 これから室内に籠って明日の打ち合わせや準備をするのだろう。予想はしていたが帆船協会の関係者を引っ張り出せない事は痛手である。

 どうせ不在の帆船協会に全ての罪を押し付けてお茶を濁すつもりなのだろうが、手の内が知れなければ対策の立てようもない。


 こちらで付けたメイドやサーヴァントも必要無いと追い払われている。

 引き続きメイドやサーヴァントに宿泊室周辺を警戒させて入るが、あちらもそれは見越しているはずだ。


 夜半にはあちらの随員かサーヴァントと思しき者が数名、法務管理官と内務省官吏の部屋に行った事。

 そしてノース連合王国の宿舎にも使いが入って行った事も突き止めた。

 建前上接触は好ましくないと謳われているものの、それを止める方法も無ければ規制する権限も無い。


 同じ被告側と言えど敵同士である。

 こちらも手札を晒す気も無ければ、あちらも腹の打ちを見せる気も無いだろう。明日の審問会はお互いに足の引っ張り合いになるのは目に見えているが、お互いにあからさまな妨害は審議の不利になるので手が出せない状況のまま夜が明けて行った。


【2】

「皆様本日はお集まりいただき痛み入る。只今よりノース連合王国ギリア沖商船連続襲撃事件の海事犯罪審問会を開催いたす」


「なぜ法務管理官が仕切っているの? 主催はポワトー伯爵家でしょう。それならばカロリーヌ様が仕切るべきじゃないの?」

「セイラ様、今回は我が家もラスカル王国側で被告扱いです。内務官僚が被告代理人で、ノース連合王国と国務官僚が原告代理人ならば、判事相当は法務官僚ですから仕切るのは仕方がないのですよ」

 カミユ・カンタル内務管理官の説明に納得は行くが、あの俗物丸出しの法務官僚のどや顔は神経に障る。


 審問はこれまでの事件経過が説明され、各事実に対して双方の確認と合意を求められて行く。

 今回の事件は廃船扱いになっていた二隻の帆船を私掠船に仕立てて、ガレ所属の商船一隻を襲撃、略奪。

 そしてシャピ所属の銀シャチ号を襲撃を企み返り討ちにされ、バンディラス号は難破しユニコーン号は被弾して逃走、アジアーゴに逃げ込み港の官吏に捕縛され事情聴取の上縛り首に処せられた。

 ここ迄は我々も把握している事件の概要だ。


 さらにバンディラス号の乗組員は今のところ捕まっていない。

 座礁した船は放置され、カッターは全て無くなっていた。カッター数が足りなかったようで船内には争った跡と十数人の死体が有ったそうだ。

 かなりの鹿革が残されていたそうだが、現金や宝飾品などは残されていなかった。


 カッターの数は四艘、その内二艘は数日後無人でノース連合王国南端の浜辺に流れ着いた。

 更に一艘は四人の船員の死骸を乗せて漂流している物が発見された。

 最後の一艘は七人の乗組員を乗せて近隣の漁村に辿り着いたが、海賊船の乗組員と気付かれて村人と戦闘になり六人は殺されて一人だけ逃亡したが未だ捕縛されたいない。


 なぜ漁村の漁師が海賊だと気付いたかというと、昨年の暮れから海賊船に襲われて難破した船が今回の事件以外にも四隻発生している為警戒していたからだ。

 ただ今回の事件との関連は証明する事が出来ていないとの国務管理官が補足にガレ王国の代表は憮然とした顔で悪態をついていた。


 続いてアジアーゴの衛士隊長がユニコーン号の取り調べ調書を報告する。

 その調書によると二隻の海賊行為は今回が初めて、今回略奪した鹿革も全てバンディラス号に積んであったため空荷で入港したと書かれた調書とサインの下に押された血判を明示した。


 白々しいと思う。

 ユニコーン号が空荷であるなど考えられない。

 二隻あるなら積み荷はリスク分散の為に分けるに決まっている。

 特に戦闘が発生するリスクの高い海賊船である。どちらかが沈んでも残りの一隻が荷物を持っているならば、儲けを全て不意にするリスクは半減する。

 ユニコーン号の積み荷は帆船協会かペスカトーレ侯爵家が押収し私物化したのだろう。


 それにギリア沖で昨年から立て続けに起こっている海賊事件も当然この二隻が犯人だろう。

 初犯などと言う方が非現実的だ。さすがにこの通商路は船の行き来の多い海域で他に海賊船が出ること自体考えにくい。

 事件発生からの時間経過もタイミングも良すぎる。


 そもそも鐘二つ程度…半日にも満たない時間で全員の調書を取っていること自体が不自然なのだ。

 何より調書に血判が押されているとはいえ、平民の識字率の低いこの世界で調書の内容が読める船乗りなど幾人いるだろう。

 特に北部や東部のそれも船乗りの中で、読める者など高々知れている。調書の内容など偽り放題では無いか。

 どうせ血判だけ押させて、調書は後で作文したのだろうと思うが、それを証明する事も反論する事も証拠が無いのでできないのだ。

 海賊は全員死んでいるのだから。


「こんな状況証拠ばかりでは埒が明かない。そもそも乗組員で生き残っているものが一人もいない。捕縛して拘束すべきではなかったのか!」

 ノース連合王国首都、ガレ王国の代表が吠える。

「しかし、海賊は古来より有無を言わせず縛り首でと決まっている。特にこの度はシャピの銀シャチ号の証言も信憑性があり、さらにハスラー聖公国の商船もその証言を裏付けているので港で暴れられることを危惧したのだ」


「まるで、不実を隠すための詭弁のように聞こえるが?」

「どう取られようとその調書が全ての事実だ。ギリア王国でも海賊船の逃亡者を殺害しているでは無いか。それも一般人に危害を及ぼす事を恐れての措置で当然の行為であろうよ。それと同じでは無いか」

「それはギリア王国の不手際だな。ガレ王国は逃げた残りの船員の捕縛に全力を尽くしている。漂着した以外にも逃げている可能性があるのでな」

「その不手際をギリアに全て押し付けないで頂きたい。ガレ王国でも出港した商船の積み荷の内訳すら満足に把握しておられなかったでは無いか」

 ここにきて、ノース連合王国の代表団も口論を始めた。

 こちらの国も一枚岩では無いようだ。

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