第60話 官僚たち

【1】

「国務省の関係者はエダム男爵様がいち早く手を回して下さったので、教導派のいらぬ介入は少なかったようですね。ノース連合王国も独自の王国派聖教会の国ですから教導派の影響力はあまり強く無いですし」

 カミユ・カンタル子爵令嬢は、さすがは王立学校で三年間トップを維持し続けた才女だ。

 内務省だけでなく国務省や法務省の内情迄調査済みという事なのだろう。


「王国派聖教会ってどういう所なのですか?」

 カロリーヌが問いかける。私もそれは初耳だ。

 北方三国は教導派の国で、本来清貧派は教導派の分派として扱われる。

 ハウザー王国やサンダーランド帝国の福音派と教導派はどちらも同じ経典を使い発祥は同じだが本家争いをしている。


「王国派聖教会はべつに教義が有る訳では無いのよ。ノース連合王国は四つの国が集まっているので、国ごとに教派の勢力分布が違うの。教導派も清貧派も福音派もそして多神教の異教徒もいるわ。国を纏める為に互いに過剰な干渉をしあわないように国王の下に宗派がまとめられているのよ」

 国務外交官であるシーラ・エダム男爵家令嬢が説明してくれる。


 元々国務官僚は他国との交渉が主となるので聖教会とのつながりが薄い下級貴族や準貴族が多いが、省内では教導派と結びつきが強いハッスル神聖国やハスラー聖公国担当の主流派とそれ以外の国に関わる反主流派に分かれている。

 そう言う経緯でノース連合王国への派遣メンバーは反主流派が担当している。

 今回の交渉では専門が違う為主流派が来ていないが、この先口出ししてくる可能性は多分にあるらしい。


 そして私たちが国務関連の対応に追われている間に、ペスカトーレ侯爵家は法務省に、モン・ドール侯爵家は内務省に手を回してきたそうだ。

 何より今回の二隻の船が有していた私掠免状が偽装されたものである事、更には正式な国交の無い仮想敵国であるとはいえノース連合王国は交戦国ではないことが大きな問題である。

 ペスカトーレ侯爵家は偽装免状である事を主張し、海賊行為を処罰した実績の強調で法務省を味方につけて逃げ切りたいのだろう。


 内務官僚であるカミユ女史は同じラスカル王国の旗を掲げた銀シャチ号の襲撃未遂を断じて、私掠船ではなく海賊船であった主張して事を収めたいと考えている。

 その場合アジアーゴを糾弾する事になるだろうが、内務官僚は一般職員クラスなのでどうにか抑えられそうだとの事だ。

 特に法務省の管理官は教導派大司祭の庶子で教皇の意向を受けているとの事なので、どこまで公正な審議が進められるか判らない。


「ただ今回の事案は国内法だけでさばけるものでは無いですし、周辺国の意向も加味しますから、法務官僚も好き勝手に動けるわけではありませんよ」

 カミユ・カンタル内務省管理官が自信ありげにそう言ってくれた。


【2】

 カミユが挨拶に来たその夕刻、王都よりやって来た官僚団と審問会を主催するポワトー伯爵家との顔合わせ行われた。

 官僚団は聖教会の大聖堂内に設えられた宿舎に入っている。


 今の大聖堂は教導派聖職者が追い払われ、かつての豪奢を極め司祭室はおろか大司祭室も全て廃止され礼拝室や聖教会教室や工房に改装されている。

(ちなみにポワトー大司祭は、かつて大司祭付き聖導師が使っていた部屋が改装されそこに引きこもっている。…それでも枢機卿家の聖導師の部屋だったのでそこそこ立派な部屋ではあるが)


 官僚団が受け入れられている宿舎は本当に一般宿舎で、顔合わせが行われている会場も大食堂である。

 ただし、食事はセイラカフェから多くのメイドや調理人を呼んで、食材も厳選しているのだがそれでもお気に召さない方々がいらっしゃるようだ。


「なんだ、このメイド達は? 獣人属では無いか。その上聖教会の大食堂だと! 法務官僚だと思って舐めらておられるようだな」

「いえ、その様な事は御座いません。官僚の方々は皆、こちらの宿舎に入られていらっしゃるでは有りませんか。今回は海事犯罪を裁く事が目的ですので、いらぬ饗応は誤解を招く事になると考えましたもので」

 カロリーヌが呆れを隠しつつ返答するが、この法務管理官の浅はかさが知れる。

 そもそも、司法官があからさまに饗応を要求する様な事を口にして良いのだろうか? 


 私はポワトー伯爵家から要請を受けて手伝いに来た貴族家の者として、サン・ピエール侯爵令息(大司祭婦人の兄上だ)夫妻やカロリーヌの姉夫妻たちと共に席についている。


 カロリーヌの言葉に憮然とした表情で法務管理官が言葉を続ける。

「それであっても…だ! シャピ大聖堂にはもっと立派な宿舎が有ったはずだ。饗応会場も備えたいたはずだ」

「ええ、本当に聖職者にあるまじき施設で御座いました。慈悲と清貧を旨とする聖職者が信徒より華美な宿舎や食堂を使うなど聖典にも反する事。主であるポワトー大司祭も悔い改めて今では離れの聖導師室を改装しそこで祈りを捧げ続ける日々。ご指摘の施設も全て一般信徒に解放いたしました」


「それはそれは、ご立派な行いだ。フン、異国からの輸入品が有るから酒だけは美味いがな。このカルヴァドスをビンごと所望だ!」

 ポワトー大司祭婦人の言葉に法務管理官は忌々しそうにこちらを睨むと酒を要求しだした。

 それは輸入品じゃなくてマリオンの領地、レ・クリュ男爵家のシードルをカンボゾーラ子爵領で蒸留したものだよ。

 一年物で熟成が足りないけれど義父上と父ちゃんが飲みたがって、二人で共謀して市場調査の名目で数樽市場に流しやがったんだ。


「法務管理官殿の仰る通り料理や酒は美味いですな。しかし、こうメイドに下賤の者が多いとその味も半減してします」

 内務官僚の中からも法務管理官に追随して文句をこぼす者がいる。

「酒精強化ワインはハウザー王国産がとても美味しゅうございますよ。そのカルヴァドスは北部の下級貴族領で醸したシードルを、近くの下級貴族領で蒸留したそうですわ。ああ、大貴族領では爵位貴族御本人が食材を採りに行ってお料理されておられるのでしょうね」


 それをカミユ・カンタル内務管理官がギロリと一睨みすると法務管理官に当て擦りを言う。

「王立学校トップの実力だったそうですが、こういう仕事は経験と人脈が物を言うのだよ。机上の空論を弄んだところで、理想だけで物事は進まぬ事をわきまえるべきであるな」

「ご忠告痛み入ります。不正や賄賂で足を救われぬ様に襟を正して今回の事案に対処いたしましょう」


「ノース連合王国の使者には迎賓館を宛がって、自国の官僚には手厳しいわりに他国には甘いのではないのかな」

 法務省と内務省の役人同士の挑発合戦は、ノース連合王国の使節にまで飛び火し始めた。

 当然宿舎を分けているのは、原告・被告と司法官は建前上無用の接触は避けると言う理念で離されている。

 被告側の関係者が来訪すれば領城内に宿舎を設けて留め置かれる予定だ。


「それはご配慮下さい。他国の使者に自国民よりも狭い施設で寝泊まりさせるわけにはまいりませんので。審議前の接触を避ける為となるとこうするほか御座いませんでしたので。しかし食事や室内調度はこちらの宿舎も遜色御座いません」

 カロリーヌの説明にそれ以上文句も言えず、法務管理官は国務官僚たちに声をかけた。

「おい、国務官僚としてそれはよいのか? まあ其方らはガレの都で饗応を受けてきたのだろうがな」


「同じ白身魚のフライのはずなのにギリアの料理はなぜあんなに脂っこくてモッタリしているんでしょうね?」

「そりゃあ、タルタルソースが無いからだろう」

「いや、コロモがまるで違ううえ、このパン粉サックリ感が別物だからな」

「私はカキフライお替り!」

 国務省の管理官やシーラ国務官たちは、法務管理官の言葉など聞いていない。

 もう一心不乱に食事にかぶりついている。

 何度か愚痴を聞かされたけれどノース連合王国の食事…酷かった様だ。

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