第59話 ノース連合王国(2)

【4】

 寵妃のマリエッタ夫人がオークションで絹織物を手に入れて、新しく誂えたウェストコートを国王陛下と二人で着始めた事とで、絹への渇望は宮廷中で限界に達し始めていた。


 今回のオークションでの絹の段通の落札価格のお陰も有って絹織物の想定価格は恐ろしいほどに跳ね上がっている。

 段通を競り落としたオーヴェルニュ商会は、ハスラー聖公国のダンベール聖大公家に転売するのだろうか、それとも…。

 何となくハッスル神聖国で一悶着起きそうな気がしてならない。


 ここ最近オーブラック商会の立て直しやポワトー伯爵家のテコ入れで、アヴァロン商事の人材が不足している為、絹糸の染色や絹織物の為の織機の改造など案件は目白押しだ。

 当面は輸入生地と西部や北西部のリネン工場で染色した絹糸を市場に出してゆくとして、リネン織機を改造して絹用の織機も導入してゆかねばならない。

 刺繍や繊細な手織りの技術ではやはりハスラー聖公国に一日の長が有る。

 絹糸はそれ自体が高級品だ。木綿のような廉価品の生地とは折り方が違う為、織機の構造でもハスラー聖公国の手織り生地に対抗できる程度の完成度がいる。

 こうなると技術者の育成が急務になってくる。エドを引き上げてグレッグ兄さんのところに送り込もうか。


 そんなこんなで絹生地の販売準備の為に忙しい日々を送っていた私のところに涙目のカロリーヌがオズマを伴ってやってきたのだ。

 ノース連合王国との会談に臨む前に、王都で事前に打ち合わせを進めたいと国務省や内務省の役人から要請が来ているそうだ。


 ポワチエ州でのアジアーゴを糾弾するネガティブキャンペーンは、王立学校でも平民寮を中心に拡散しており、ジョン殿下の耳にも入っている。

 シャピの航路開拓に関係する事案なので、ジョン殿下を通して王妃殿下の耳にも入っており、国王陛下とのさらなる対立の火種になりつつ有るようだ。


 私としては王宮の権力争いには関わり合いたくないのだが、西部航路開拓事業に支障をきたす事になると思うとそうも言っていられない。

 こうしている内にもペスカトーレ枢機卿一派は動いているのだ。

 その対策の為に王妃殿下派閥や清貧派の官僚がその対策でシャピに集まりつつあるようだ。

 もうポワトー伯爵家だけでは手が回らないというカロリーヌの懇願で、私はシャピに引き摺られて行く事になった。


【5】

「シーラ・エダム男爵家令嬢様、お久しぶりで御座います」

「ああ、こぇふぁ、シェーリャ・カンボジョーリャ子爵リェイ嬢しゃま。お久しぶりでしゅ。モグモグ」

 シーラ様食べるか喋るかどちらかにして欲しい。


「もう辛かったのですよ、ノース連合王国は。ここの料理を食べる事だけを励みに頑張って来たんですから。ああ、シードルをもう一杯」

「あたいら船乗りだってそれは一緒だよ。シャピ以上の飯が食える港なんて他に無いんだぜ」

「おう、そう言うこった。飯だけじゃねえぜ、酒だったうめえんだ。このジンって酒も安くて美味くてその上強くて最高だぜ」

 なんだろう。

 状況確認というよりも居酒屋の飲み会みたいになってしまっている。


 やはり予想通りこれまで襲撃を受けていた船はノース連合王国の首都ガレから南端のギリアの港に向かう船だった。

 沿岸商船は二隻の商船を西回りと東回りで運用している。そして鹿革を中心に各港の特産物を順次購入して回って行く。


 そしてラスカル王国産の物産はノース連合王国の度の港でも高値で取引される。

 その為少しでも利益を得たい商船主は鹿革を積んでギリアに向かう者が増えだしたのだ。

 今回襲われたのはその商船だった。


 ノース連合王国はその国名通り、四つの王国が集まって一つの国となっている大きな島国だ。

 軍事力で他の三国を凌駕しているガレ王国が、他の三国をまとめ上げて一つの国の態を成している。

 そして南の玄関口として港を持ち経済力で優位に立つギリア王国が、ここ二~三年でラスカル王国からの輸入品でさらに儲かり出したのだ。


 これまで経済力も拮抗したいたのが、ガレ王国はギリア王国に経済力で水を開けられ始めている。

 さらには西部と北部のアヌラ王国やダプラ王国も鹿革貿易で利益を上げ始めている。

 今回ノース連合王国から送られてきた使節団は、そんなシャピ⇔ギリア貿易を牽制したいガレ王国の意向を汲んだ者が多くいる。


 もちろん取引港であるギリアの官吏や船主も交じっているが、被害に遭った当事国はガレ王国なのだから、取れる物はすべて取ってやろうという腹積もりのようだ。

 今のところシーラ・エダム男爵家令嬢たち国務官僚の説明で、シャピに対しては私掠船団を退治してくれた功労者としての扱いになっているが、交渉はラスカル王国とノース連合王国としての話し合いになる。

 私掠船も同じラスカル王国であるとなると、いつその掌が返るか判らないのだ。


「それだけでは有りませんわ。ガレ王国の官僚の中にはかなり俗物が多い様で、あからさまに金品の要求をしているものも一人二人では有りませんの」

 ポワトー大司祭婦人がそう言って愚痴をこぼす。


「やはり潤滑油としての賄賂は必要なのでしょうか。私としては事務的に誠実に対応する事が一番と思っているのですが」

 私の言葉にポワトー大司祭婦人は言葉を続ける。

「いえ、今のままで様子を見るべきですわ。時点で金品をばらまくのは悪手だと思いますのよ。そう言うヤカラは足元を見てきますからね。天秤の反対側に何も乗っていない状態でチップを積み上げる必要は御座いませんもの」


「そうですね。金で味方になる者は金で裏切る。ペスカトーレ枢機卿が動き始めてからその様子を見て判断すればよいのですよ。今はノース連合王国よりラスカル王都から派遣されて来る官僚に教皇派閥の息のかかった者がどれだけいるかの方が重要ですわ」

 シーラ・エダム男爵家令嬢も中々核心を突いた事を言う。


「そうね。これからやって来る法務省の次官はモン・ドール侯爵家の意向を受けているわ。それに内務省の下級官僚の中にも二人ほど混じっているわね」

 いきなり私の後ろから声が掛かった。

「シーラ、久しぶりね。それにセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様もポワトー女伯爵カウンテス様もご無沙汰しております」


 そう言って微笑んで立っているのはカミユ・カンタル子爵令嬢であった。

「この度フラミンゴ宰相閣下よりご指名を受け、内務省管理官としてこの事件の担当になりましたカミユ・カンタルと申します。ポワトー大司祭婦人。お見知りおき下さいませ」

 フラミンゴ宰相め。王妃殿下の意を受けたのだろうが、私たちが一番信頼できる手札を切って来た。

 私たちに恩を売ってきたようで、あの宰相は侮れない。

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