閑話13 アジアーゴ(3)
★
騎士と衛士が三人姿を消していた。
騎士団長の捕縛に際して配下の騎士が一人騎士団長とともに抵抗を試み、捕縛に向かった衛士が二人倒された。
騎士団長と配下の騎士も応援に向かった教導騎士団に制圧され、配下の騎士は討ち取られ騎士団長は捕縛された。
そんな話誰が信じるというのだ。
騎士団長は主家に忠義な男だった。
別に善人とは言わないし、賄賂を受け取って便宜を図る程度の事は日常であった。
だからといって捕縛命令に対して主家に刃を向けるほどには不忠義者では無いはずだ。
そもそも死んだという四人は、皆ユニコーン号が逃げ込んだ日に港湾の警備に直接関わっていた連中だ。
副騎士団長が呼び出されて事後処理に駆けつけた時には、調書は取り終わっていると言われ、船員は捕縛されていた。
船長や航海士たちはすでにマストに吊るされた後で、副騎士団長の仕事は泣き叫ぶ船員たちを順番にマストに吊るすこと。
今思い出しても反吐が出そうだ。
吊るした船員たちは幾度かアジアーゴの酒場でも見かけたことが有る男たちだ。
素行が悪く度々揉め事を起こすが、その度に教導騎士団が引き取って連れて帰っていった事を覚えている。
吊るされた船員たちに同情心など湧かないが、同じアジアーゴの港に停泊し港の庇護下に置かれた船の船員を、こうもあっさり吊るしてしまうのは船乗りの信義に悖るのではないか。
騎士団長が商人服の筋肉質の男(団長は帆船協会の船主と言っていた)の胸ぐらを掴んで何度も怒鳴っていたことが記憶に残っている。
彼もこの件に関しては憤っていたようだ。
この件の詳細は口をつぐんでいたが、どうも教導騎士団の上層部から押し付けられた仕事のようで、納得がいかなかったのだろう。
そのうち主家の枢機卿猊下か若君に訴え出ると言っていた。
多分その結果がこれなのだろう。
「副団長…いや騎士団長殿。いらぬことは考えぬことだ。領主も領地も聖教会も皆腐っているようなこの土地だ。腐臭に顔をしかめても臭いは消えやしない。そういうものだと慣れちまえば死ぬことはねえんだから」
海上警備団の団長がつまらなさそうに肩をたたいた。
★★
衛士隊長は日が暮れて暗い道をマントの襟を立てて裏路地を歩いてゆく。
ランプが照らす路地は溶けた雪が泥濘んでブーツに絡みつくように足を取られる。
アジアーゴの街の城壁の外にへばりつくように掘っ立て小屋が並ぶ。
街に入ることの出来ない貧民や流民そして犯罪者の巣窟だ。
その路地の奥に一つだけ小綺麗な建物があり、明かりが灯されている。
大きな軒の下には数人の獣人族の男たちが屯して周りの様子に目を光らせている。
扉の上には聖教会の聖印が彫り込まれていた。
扉の前に立つと屯している獣人族の男たちが胡乱な眼差しで睨みつけられた。
「ここは清貧派だ。教導派の旦那がここに何かようか?」
警戒するような声がかかる。
「懺悔がしたい」
衛士隊長は蚊の鳴くような声でポツリと告げた。
「入んな。なにかしやがったらただで置かねえから気をつけな」
「修道女様になにかしてみろ、テメエの頭は胴体からオサラバすることになるからな」
脅し文句を聞き流して扉の前に進むと男が、衛士隊長より先に扉を開いて中に声をかけた。
「ガブリエラ修道女様、懺悔してえそうだ」
促されて中に入るとその男も一緒に入ってきた。
「ダガーはテーブルの上に置きな。誰も盗みゃしねえ。告解室の中に物騒なものは持ち込んでくれるな。それだけだ」
衛士隊長は言う通り腰のダガーも脇に忍ばせたナイフも併せてテーブルに置くと告解室の中に入った。
向かいの部屋に修道女が入り告解室の中の小窓が開き修道女が顔をのぞかせた。
犬獣人の中年女性である。
「俺の親父は領主家に仕えた衛士で、俺も後を継いで衛士団長をやっている。当然代々教導派の信者だった。だからお門違いと言うなら言ってくれ」
「いえ、そのようなことは申しません。どうぞお続けください」
「ならばそうさせて貰う。俺はもうこの領主家のやり方に我慢ならない。この土地で領主家の批判をするということ自体が教導派に楯突くということなんで、教導派の聖職者はあてに出来ない。揉め事を持ち込むようで済まないが聞いて欲しい」
そしてそこから衛士団長が話し出したことは今回の海賊事件でペスカトーレ侯爵家が行った悪事とそれに関わってしまったことへの恐怖だった。
衛士団はペスカトーレ侯爵家の名の下に教導騎士団より命じられ、海賊の絞首刑を実施した。
その時の海賊たちの怨嗟の声と彼らが漏らしたペスカトーレ侯爵家とモン・ドール侯爵家からの密約の内容に恐れをなしたのだ。
その時絞首刑に立ち会った部下の二人はシャピの海事犯罪審問会から帰ってくると殉職していた。
彼もその話を額面通り信じるほどのお人好しではない。
間違いなく次は自分に降り掛かってくる。だからといって今すぐにどうにかできる手立てを思いつかなかった。
領内の役所も聖教会も信用できない。このままでは自分はもとより妻や子供にまで危険が及ぶのではと思えてならなかった。
「明後日、王都に向かうとある隊商の馬車が参ります。それの警備係として馬車にお乗りなさい。そうすれば領境は見咎められずに抜けることができるでしょう」
「俺だけではなく、女房と娘がいる。その二人も同乗できるのですか?」
「…わかりました。お二人は小間使いという名目で乗っていただきましょう。ただ一度に三人も人が増えるのは…」
「分かったとにかく明後日、女房と娘を連れて行ってくれ。金がいるならどうにかする。俺はこちらで雇われた警備係として隊商に付いて通る。それでお願いしたい」
★★★
衛士団長の妻と娘にとっては寝耳に水のことだったようだ。
その夜衛士団長は二人に事細かに事情を話して秘密裏に家財を売却をして現金に変えた。
そして当日の朝日が昇る前に妻と子を密かに城外へ、清貧派の聖教会へ送り出したのだ。
衛士団長はいつもの様にサーベルを履いて衛士団のマントを羽織った。
しかしその下に来ている服は違う。厚手の旅装に革の軽装鎧だ。
いつもは衛士隊の軽装鎧を入れる頭陀袋は、ナイフやランプやテント代わりに使う毛皮や干し肉や薬草を詰め込んでいる。
いつもの様に衛士団に向かう素振りで家を出ると、冒険者ギルドへ向かう。ギルドの前に屯する一団が厚手の革のマントを投げてよこした。
衛士団長はそれを受け取ると衛士のマントを投げ返し、受け取った革のマントに包まってギルドの入り口に腰を下した。
しばらくすると中から荷馬車の警備を請け負った一団が現れる。衛士団長はマントのフードを深く被るとその一団の最後尾について城門へ向かった。
衛士団長の身分証では城門を抜ける事が出来ない。今回は護衛の騎馬冒険者に紛れて騎馬で通り抜ける事になっているのだ。
妻たちの乗る荷馬車隊がもう既に開門を待っていた。
明るくなりかけた広場に三の鐘が響き渡ると城門が開き、荷馬車が進みだした。
門衛が通行人の鑑札や身分証を確認して通して行く。
騎馬の冒険者たちも馬を引いて荷馬車の後に続く。
そして衛士団長の妻子が乗る荷馬車が護衛の一団と共に進みかけたその時、聖教会の大聖堂の方から騎馬が三頭、教導騎士を乗せて駆けて来た。
「待て待て待て! 今より枢機卿猊下の命により城門の出入りは我ら教導騎士団が行う! その荷馬車隊もう一度確認いたす」
三人は馬を降りるなりそう宣言した。
もう城門をくぐった荷馬車や護衛迄引き留めて、再確認するつもりのようだ。
拙い! 衛士団長は荷物を荷馬車目がけて投げつけるとマントを脱ぎ棄てて腰のサーベルを抜いた。
「さっさと行け!」
そう言って門衛にサーベルを突きつけてハルバートを奪うと、教導騎士の騎馬の前足を薙ぎ払った。足を折られた二頭の馬が悲鳴を上げて倒れ掛かる。三頭目は怯えて広場から大聖堂に向かって逃げ出してしまった。
「こいつ、衛士団長だぞ!」
「衛士団長の謀反だ!」
教導騎士達が抜刀して切りかかるが、三人かかっても衛士団長を倒す事が出来ない。
「馬車を追いかけろ!」
「あの荷馬車隊を捕まえろ!」
門衛はその声には答えず、呆然と衛士団長を見つめたまま突っ立て居る。
教導騎士達の叫びも虚しく荷馬車隊は警備の冒険者と共に走り去って行く。
それを横目で見ながら衛士団長はハルバートを振るい続ける。
それでも三人対一人である。
教導騎士のロングソードを腹に受け膝を折る。
続いてもう一人のロングソードが衛士団長の側頭部に叩き下ろされた。
衛士団長はもう既に遠くに地平線の先に小さく見えなくなってゆく荷馬車隊を満足げに見るとゆっくりと地面に崩れ落ちた。
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