第69話 ラスカル西部航路組合

【1】

 去年と同じく今年も春のファッションコンベンションが行われた。

 今年はベストとウェストコートが人気なのだが、それに加えてサッシュを巻くのが新しい流行になっている。


 最近では教導派の高位貴族でもコルセットを着けずにウェストコートだけに切り替える女子も少なくない。

 お陰でポートノイ服飾商会以外にもコルセット風のベストやウェストコートを出す高級店が現れた。

 しかしそれを見越していたエマ姉はポートノイ服飾商会を通して絹生地を投入したのだ。


 ヨアンナは早々に絹のベストを着用しファナとカロリーヌもそれに倣った。

 メアリー・エポワスは早速、絹生地のウェストコートに黄色い絹のサッシュと言ういで立ちで学校に現れた。

 さすがにアントワネット・シェブリ達ジョバンニの取り巻きは着る事は無かったが、家族や縁者からの希望なのだろう、ポートノイ服飾商会に話を持って行っている様だ。


 それとは別にエマ姉の所にはジョン王子殿下より直接絹生地の購入希望が入っている。

 秘密裏にサテン生地や夏に向けて薄手の平織り生地など数点をかなり高額で購入していると言う。

 ポートノイ服飾商会が王宮に呼びつけられたとも噂が入っている。

 当然王妃殿下が絹地のドレスでも誂えてマリエッタ夫人を煽るつもりなのだろう。

 エマ姉を握っている王妃殿下はマリエッタ夫人より有利に事が進められる。


 絹生地も最高級品は先ず王妃殿下へ、そして高級品はマリエッタ夫人や高位貴族へと言う流れを作ろうとしているのだろう。

 王妃殿下が価格の判らない最高級品を購入するなら、マリエッタ夫人はいくら金をかけてでもそれに見合う物を求める。

 その結果絹生地は驚異的な値上がりを見せ、それに教導派の高位貴族が躍らされる。


 今回もマリエッタ夫人は高級生地を高額で求めて更にポートノイ服飾商会に絹糸による刺繍と縫製を依頼している。

 その儲けはエマ姉の懐に…まあシュナイダー商店を通してライトスミス商会に転がり込んでくると言う仕組みだ。

 ああこれで絹取引は潤って行くのだろう。


【2】

 その絹取引の為の船が出向する事になった。

 まあ絹取引は極秘ではあるが、三月に入り北海の荒波が落ち着いてシャピから船団が出航する季節になったのだ。


 ノース連合王国の航路はギリアへの航路が閉ざされて、外洋商船組合や商船連合が運航していた航路の一部が閉ざされてしまった。

 その上ロロネー船長は銀シャチ号を駆って西部航路の進出を希望している。


 結局ガレを巡るノース連合王国の航路は、外洋商船組合と商船連合の一部に船員を割いて経験を積んでもらうと共に航路の維持を図る事になった。

 これもジョン王子殿下を総裁に置いたラスカル西部航路組合が成立したお陰で、シャピ所属の商船がすべて組合席に纏められたお陰だ。


 ロロネー船長は航海士と銀シャチ号を駆ってバルバロス船長たちと西部航路を目指す事になった。

 それに内陸通商や沿岸商船の新造船も加わって九隻の船団になってしまった。

 三隻ずつの船団に分かれてサンダーランド帝国に向かう。

 第一船団はそのまま既存航路を進み、シャピまで戻って来る。

 第二船団はサンダーランド帝国との通商交渉と新規商館の設立を行う任務。

 第三船団はサンダーランド帝国での補給後さらに西の海域を目指すのだ。


 新規にライトスミス商会支店の開設の為に何人かの商会員も乗り込んで行く。

 そして国交樹立と貿易の為に交渉担当の国務官僚も乗り込んで…。


「いやーー! 行きたくない! この先何日も船に乗って吐き続けたくなーい!」

 ロロネー船長と航海士に引き摺られてシーラ・エダム国務官が銀シャチ号に乗り込んで行く。

 国務省も王妃殿下とその意を受けた宰相殿の命を受けて、定期航路の開設とラスカル王国国営商館の設立、そして最西端の漁村に波止場と補給基地の開発設置許可を取り付ける事を最終目標に据えての旅立ちである。

 これは重要な任務でその責任も大きいが成果を上げればその評価も絶大だ。


「降ろしてーー! お願い、助けてーウォーレン様! 私は出世よりも美味しいご飯が良いのー!」

 シーラ女史の悲鳴がこだまする。

「ケッ、本当に往生際の悪い。何をドサクサに紛れて恋人の名前を叫んでるんでしょうね。私なんて首席で出世頭って言われているけれど、浮いた話は一切ないのに」

 前の海事犯罪審問会では苦労したのだろう、見送りに来たカミユ女史は酷くヤサグレている。


 舫が外されて、帆が張られて、ゆっくりと碇が繰り上げられて行く。

 殆んど継ぎ目の無い丈夫な三角帆が張られている。

 カマンベール子爵領で織られた新式の帆布だ。

 しっかりと風を捉えるので船足も速くなり、余程の強風でも破れる事もない。

 今回出港する船団は全てカマンベール子爵領で織られた帆布を予備にまで積み込んでいるのだ。

 そして夏になる頃には縫い目の一つも無い一枚布の帆布がこの港に席巻するだろう。


 シーラ・エダム女史の悲鳴を乗せて船団は外洋に向かって進みだした。

 私たちはそれを聞きながら、進んで行く船団に手を振って見送る。


「内務相も大変なご様子ですね」

 私はカミユ女史に語りかけた。

「本当に聞いて頂きたいわセイラさん。ペスカトーレ侯爵領の帳場やら書類やら精査させると、改ざんらしき跡が次から次へと。ところが法務省が帆船協会の犯行で結審させたものだからそれ以上の追及が出来ず、ペスカトーレ侯爵家も自治権を盾にそれ以上の追及を拒んで領内にすら入れさせないのですよ」


 カミユ女史はかなり鬱憤が溜まっている様だ。

 下手を打った法務管理官は飛ばされたそうだが、領主の管理責任を名目にアジアーゴ全体の不正に切り込みを入れようと考えていたカミユ女史は出鼻をくじかれたのだ。

「結局省内でペスカトーレ侯爵家から賄賂を受けていた官吏の首を飛ばせただけで、他は全て握り潰されてしまいました」


 国内での犯罪の摘発は内務省の権限で捜査が可能ではあるが、かと言って貴族領地に直接捜査に入る訳には行かず、領主に捜査勧告を行う以上の権限は無い。

 カミユは内務省管轄の港湾関連事務所の査察を名目にペスカトーレ侯爵領の内政に切り込むつもりだったのに、あの首の為に台無しにされたと憤っているのだ。


「セイラさん…ここだけの話ですが、どうも帆船協会の商船団はハッスル神聖国にいるようですよ」

 内務省の情報網に引っかかったのだと言う。


「悔しいですが、国外にまで及ぶ捜査権限も無いうえ、ジョバンニ・ペスカトーレが捜査権も債務取り立て権もガレ王国に丸投げしてしまいました。これでもう国外にいる帆船協会に手を出せないのですよ」


 一体北海に面する国々の間でいったい何が起りつつあるのだろうか。

 ハッスル神聖国もハスラー聖公国もノース連合王国のそれもギリア王国も、そしてこのラスカル王国も巻き込んで何か起こりつつあるようだ。

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