第55話 謁見の間

【1】

「これよりエヴァン・ウィリアムズ・ハウザー王子殿下並びにエヴェレット・S・ウィリアムズ・ハウザー王女殿下よりのラスカル王室への献上の儀を執り行う」

 侍従長の言葉に儀仗兵が一斉に杖を打ち鳴らした。


「エヴァン王子殿下及びエヴェレット王女殿下の御入場で御座います」

 エヴァン王子とエヴェレット王女が並んで静々と入場してくる。

 二人は揃いのウェストコートにシュールコー。そしてその上に右肩から斜めにサッシュが掛けられている。

 当然そのサッシュは絹緞子の例の物である。


 そしてその後ろを献上用の木箱を掲げたヴェロニクとブル・ブラントの二人のハウザー王家騎士がつき従う。

 四人とも騎士の姿ではあるが、国王への謁見の為佩剣はしていない。


 そして正面には国王陛下と王妃殿下が玉座に座り二人の入場を待っている。

 左右には諸侯がずらりと並び、その後ろに夫人やその子弟が並ぶ。

 左右に二大公家、その次にモン・ドール侯爵家と対面がペスカトーレ侯爵家だ。

 モン・ドール侯爵のすぐ後ろでマリエッタ・モン・ドール寵妃殿下が鬼の形相でペスカトーレ枢機卿とマリエル王妃殿下を交互に睨みつけている。


 なぜこうなったか。当然の帰結なのだ。

 諸侯を集めた他国からの使者の正式な謁見の場で、尚且つ教皇猊下の長子である教導派枢機卿の口利きで行われる行事の場において、複数婚を認めない教義に反するような事は出来ない。


 教義上マリエッタ・モン・ドールの寵妃殿下としての立場での謁見は認められるべくもない。

 その結果一家臣としてモン・ドール侯爵家の次席に立っているのだ。


 もちろん北部三国同士の場ではマリエッタ妃の存在は周知されており、後ろ盾にペスカトーレ教皇がいる事から公然と国王陛下の隣に座っているのだが、正式な国交がないハウザー王国よりの拝謁要請である。

 おまけにそれを受けて申請したのが、件の枢機卿という事でゴリ押しをする事も出来なかったのだ。


 本来なら王妃殿下の一段下に席を設けてジョン王子殿下が着座する事は可能なのだが、諸侯の最前列に兄のリチャード殿下と左右に分かれて起立しているのは、他者より分別が有って頭の切れる彼らしい判断だと思う。


「あの茶番はあなたが企んだのかしら」

「別に企むだなんて、教導派の教義からすれば当然の事じゃありませんか」

「王妃殿下もマリエッタ夫人を虚仮にできて溜飲が下がったのではないかしら」

「その割には王妃殿下も渋い顔をしておられますが?」

「まあ当然かしら。大嫌いな獣人属をラスカル王家の礼を尽くして謁見するのだもの」


「そこまで嫌うのなら謁見なんてしなければいいじゃないの」

「あのハンカチの生地を見せられたら黙って引き下がっていられないかしら。何より自分が断ればマリエッタ夫人の物になると思えば尚更かしら」

 たかだか服の一枚や二枚に何を大げさなと思うのだが、女心という物はそう言う物なんだろうか。


【2】

 エマ姉は王家への献上品なので、今回入手した中でも最高級と思われる錦の緞子を使ったと言っていた。

 錦の豪華な刺繍がある生地が有ったのは覚えている。

 間違い無くあれを使ったのだろうが、一体何を献上するのだろう


「よくぞ参られた。ハウザー王国の王子、王女よ。今日の日を楽しみに待っておったぞ」

 国王の上辺だけの口上ではあるが、王妃のように顔に出していないだけマシと言うものか。

「わたくしの為に献上の品とは痛み入る。よくぞハウザー王国から遠いこの地に参られた」

 感情のこもらない声で王女たちに言葉をかけながら、その視線はマリエッタ夫人とエヴァン王子たちのサッシュの間を行ったり来たりしている。


「恐れ入ります。こうして拝謁の栄誉を賜り恐悦で御座います。我ら兄妹を留学生として受け入れ戴き誠にありがとうございます」

 代表してエヴァン王子が返礼の挨拶を行う。

 暫くは格式張った儀礼が続きやっと本題に入ると、ここから先はヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢が返答を交代した。


 もちろん言葉の行き違いや問題が発生した時の責任を取る為である。

 まあ今回は和やかに話も進み、王妃殿下もサッシュの生地が気になる様で献上物に興味津々のようだ。

 少なくともヴェロニクが首を差し出す様な事態には成らないだろう。


【2】

「このたび南部からの貿易商の手によってサンペドロ辺境伯家に、遠く異国よりもたらされた絹と申す糸やそれで織られた織物が手に入りました。ハウザー王家にも一部献上いたしましたが、その中でも特に逸品を王子王女殿下がお世話になるラスカル王室に献上せよとのハウザー王室からの命を受け参じました」


「ほう、その様な物が異国にあると申すか。余は今まで聞いた事は無かったぞ。多分ハスラー聖公国にも無いのであろうな」

 国王陛下は無感情にそう言うと王妃殿下に視線を投げた。ハスラー大公女でもある王妃殿下への当て擦りだろう。


 王妃殿下は意に介する事無く、フンと鼻であしらうとヴェロニクに質問を始める。

「ほう南方と申すとバオリやザカリーよりも更に南と言う事なのか?」

「産出した国については我らでは判りかねます。仲買の商人も掴み切ってはおらぬようなので」


「そうか、それでわたくし達にもその絹のサッシュを献上してくれるというのかな」

 王妃殿下は更に何か聞こうとしていたがそれを遮って国王殿下が口を挟んだ。

「いえ、この度はたった二枚しか手に入らなかった生地を用いましてウェストコートに仕立ててまいりました。是非お納めくださいませ」


 そう言ってヴェロニクとブルは掲げた木箱の蓋を開くと中のウェストコートが目に入る様に玉座に向かって掲げた。

 錦の緞子の鮮やかな刺繍が全員の目をくぎ付けにした。

 居並ぶ貴族も心なしか前のめりに頭を突き出している。更に後ろの婦人や令嬢達はそれを押しのけるように身を乗り出している。


 王妃殿下も一瞬玉座から立ち上がり、慌てて腰を下し直した。

「すまぬな。早ようをそれを此方に。よく見せてたもれ」

 陪臣が箱を受け取り国王陛下と大妃殿下のもとに箱を持って移動する。


「国王陛下には遠く異国の神獣が表された緋のウェストコートを王妃殿下には孔雀と大輪の薔薇の表された紫のウェストコートを献上いたします」

 ヴェロニクの口上に頷く玉座の二人も満足げである。


 国王には具象化された葡萄の蔓の意匠、葡萄の唐草紋に多数の唐獅子と麒麟があしらわれた物だ。

「これはラスカル王家の家紋でもある獅子とグリフォンでは無いかと思われます。それに葡萄は豊穣の象徴で御座います」

「おお、まるで我が王家の行く末を示す様では無いか」

「御意に御座います」


「そして王妃殿下の御紋は確か薔薇と承りましたが…」

「おお、そうじゃ。わたくしの個人紋は薔薇と鷲じゃと言う事は…」

「華やかな薔薇を大量にあしらった生地が御座いましたので。また紫は異国では貴賓を表す色だそうでございます。ただ鳥は鮮やかな羽を広げた孔雀で、鷲では無いのが残念で御座います」


「良い良い、わたくしは無骨な鷲は好かん。華やかな孔雀の方がずっと好ましいぞ」

 じつは花は薔薇では無く牡丹だ。色とりどりの牡丹の花の中で羽を広げる孔雀が大きくあしらわれている。

 ヴェロニクの語る模様の知識は全て私の受け売りとハッタリだ。生地の意匠に適当なストーリーをこじつけて見たが案外違和感なく受け入れて貰えた。


「直ぐに着てみたい。わたくしに着せてたもれ」

 立ち上がった王妃殿下に陪臣がウェストコートを取り出しドレスの上から羽織らせる。

 王妃殿下は玉座を降りてモン・ドール侯爵の前あたりに立つとクルリと一回転して見せた。

 マリエッタ夫人の顔が鬼のように歪んだ。


「国王陛下、折角の献上品で御座います。諸侯にも見えるように羽織って降りて来られては如何でしょうか」

 国王陛下は王妃殿下の呼びかけに応じてウェストコートを羽織って玉座を降り王妃殿下の前に立って、初めてマリエッタ夫人の形相に気付き王妃殿下の意図を察すると憎々し気に王妃殿下を睨みつけた。


「高価で貴重な物の献上痛み入る。改めてエヴァン王子殿下とエヴェレット王女殿下には礼を申し述べる。以上を持って献上の儀は終了と致そう」

 突如国王から発せられた言葉に一部の下級貴族は驚いて困惑している者もいるが、上級貴族や王室の事情を知る者は納得の表情で頭を下げた。


「エヴァン王子殿下、エヴェレット王女殿下。とても気に入りました。お国の国王陛下や妃殿下にもお礼を申し述べてたもれ。もう少し楽しみたかったのだが陛下がああ仰るので今日はこれまでに致しましょう。楽しいひと時を皆と過ごせて満足です」

 王妃殿下は上機嫌でそう言って国王陛下の後に続いて退席して行った。


 しかし私はまるで別の事に気付いて凍り付いてしまっていた。

 エマ姉! やってくれやがったな!

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