第54話 謁見の裏工作

【1】

 五人の伯爵令嬢たちは良い仕事をしてくれた。

 たった一日で絹のハンカチが女子生徒の話題を引っさらってしまったのだから。

 午後の授業が終わる頃には、二年のAクラスの廊下の前に上級貴族の女子生徒が集まっていた。


 もちろん私とエマ姉からハンカチを買う為である。

 エマ姉はハンカチを配りながら受け取った金貨を勝手に私のポシェットに放り込んでいる。

 もう完全にがま口代わりである。こんな事をされるから私が守銭奴みたいに男子生徒から言われるのだ。


 そしてその横でハンカチを売るエマ姉の口角は上がりっぱなしである。

「セイラちゃん、この分なら明日にでも王宮に謁見の申し込みの使いが出せそうね」

「なっ…何の話? 私聞いて無いわよ」


「何言ってんの。こう言う物は上から流せって言ったのはセイラちゃんじゃない。国王陛下と王妃殿下に絹織物を献上するのよ。その申し入れの使者を送るのよ」

「それって正式な謁見でしょう。いくら面識が有っても平民や下級貴族がそう簡単に謁見出来る訳無いじゃない」


「大丈夫、それはエヴァン王子とエヴェレット王女に行って貰うから」

 おいエマ姉! 他国の王族を何使い走りにしようとしてるんだよ。

「南部からの輸入品を装うなら、ハウザー王国から献上して貰った方が良いでしょう」

「それで何を献上するの? 同じ様なサッシュ?」

「いやーね、セイラちゃん。王妃殿下や国王陛下に献上するのに王女様方と同じ物じゃあ見劣りするでしょう」


「じゃあ何を?」

「それは私に任せて。ジャンヌちゃんと相談して決めるから」

「私は何もしなくて良いの?」

「うん。セイラちゃんはセンスが無いから構わないわ。その代わり国王陛下が嫌がる嫌がらせを考えて。得意でしょ」


 そこまであからさまに言われると清々し過ぎて怒りもわかない。

「解ったわよ。ロックフォール侯爵家を通してペスカトーレ侯爵家から謁見の申請をして頂きましょうか。ハウザー王家からサンペドロ辺境伯家を通した献上品という名目でね」


「あら、南部貿易を主導するゴルゴンゾーラ公爵家やアヴァロン商事は係わらなくて良いの?」

「良いのよ。今回の留学はロックフォール侯爵家が間に入ってサンペドロ辺境伯家とペスカトーレ侯爵家が交わした事ですから」

「あら、そうなの。それで良いなら今回は任せるわ」

 エマ姉は謁見の場に私が係わらないと聞いて不思議そうに私を見ていた。


【2】

 ファナに話を持って行くと不思議そうな顔をされたがすんなりと受け入れてくれた。

「しかし良いのか? 我が家に口利きを任せてしまって。しかもペスカトーレ枢機卿を通しての謁見依頼で」

 当然それが良いのだよ、ファン様。


「どうせこの娘の事だから何か企んでいるのだわ。お兄様が気を使ってやるだけ損だと思うのだわ」

 えらく大層な言われ方だが、当たっているから仕方ない。


「オークションハウスの一件も有りますから、アヴァロン商事としてはこれ以上王家に目を付けられて南部貿易にまで口を挟まれたくないのですよ。今回は王家の牽制の為にしっかり役に立っていただきます」

「判った、判った。そう怒るな。其の方らの希望に沿うようにするから、グリンダにも執り成しておいてくれ」


「ファナ様もエレノア王女殿下の件も御座いますからね。しっかりとお膳立てをお願い致しますよ」

「判ったのだわ。何か必要が有れば手を貸すのだわ」

 さすがにエレノア王女殿下の事もエヴェレット王女殿下の事も私に丸投げしたのはバツが悪いらしい。

 ファナも渋い顔で了承した。


 さて、次のターゲットは脳筋トラ女、ヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢だ。

 あんなに寒い寒いといっていたわりには、近衛騎士団の練兵場で乱取りの組手の訓練をしていた。

「ルカ隊長、もう一本お願いする。次は負けない」


 ヴェロニクは最後は寝技から絞め技に入られて、絞め落とされそうになって何故か嬉しそうにギブアップしている。

「べっ別にたまたま絞め技になってしまっただけで他意は無いんだからな!」

「そっそうだぞ! 私は毎回毎回ルカ殿に負けて、悔しい思いをぶつけているだけだぞ」


「ああ、はいはい、解りましたから。ヴェロニク様を暫くお借りいたしたいのです。ルカお従兄様にいさま

「別に俺の許可など無くて良いんだぞ」

「そうだぞ、私は別に私の好きで…いや違う、私は私で好きなよう。そうでは無いのだ、別に今すぐで大丈夫だ!」


 このトラ女は何を焦っている。それにルカ中隊長は何を赤くなってるんだよ。この忙しい時にこいつ等はまったく…。


「それでアヴァロン商事が手に入れた品をサンペドロ辺境伯家を通してハウザー王家から賜った品として国王陛下と王妃殿下に献上して頂きたいんです」

 取り敢えずヴェロニクを彼女の自室に連れ帰り事情だけ話す。


「おおそれは我が家にとっても王子王女殿下たちにとっても願っても無い事だが、其方はそれで良いのか? アヴァロン商事の名もカンボゾーラ子爵家の名もライトスミス商会の名も出ないのだぞ」

「なまじ王家同士の腹の探り合いの場に、一介の子爵家や商人の名が出る方が値打ちが下がります。同じ物を手に入れたければアヴァロン商事を通す他ないのですから」


「名前などいらない、実利だけ持って行く。其方らしい考え方だな。しかしなぜ我が辺境伯家なのだ?」

 ヴェロニクの疑問ももっともである。

 直接エヴァンとエヴェレットの両殿下に献上させても事は足りる。


 しかし献上の件はハウザー王家には事後報告となる。ハウザー国王や王家は何を送ったかすら知る事も出来ない。

 そこでハウザー王家の名代としてサンペドロ辺境伯が自身の甥と姪でもある両殿下の箔付けの為に動いたという既成事実が欲しい。


 そして今回の交換留学の為に仲介役として動いたロックフォール侯爵家を間に配する事で、南部が強く関わっている事をアピールする。

 ここまで進めばもう私の思惑通りに絹の出どころがハウザー王国経由だと誰もが思い込んでくれるはずだ。


 そして最後のダメ押しがペスカトーレ侯爵家である。

 西部航路開拓で一番邪魔になるのが、北海に港を持つこの一族なのだ。

 この一族には当分の間、北部三国の貿易で利益を貪る事に血道を上げて貰わねばならない。

 そこで教導派の留学交渉に関わったペスカトーレ枢機卿を巻き込むことにした。


 リチャード第一王子の擁立の為、ロックフォール侯爵家との関係改善を図り王室側から枢機卿に働きかけをしいる。

 さらにメリージャ大聖堂との悪巧みの布石として庶子の娘迄交換留学生として送り出している。

 今回の交換留学に際して腹の中はどうあれ尽力した事には違いが無い。


 たとえメリージャ大聖堂のダリア・バトリー大司祭と密約をしていようとも、福音派の内部崩壊を画策していようともだ。

 ダリア・バトリー大司祭との書簡は今でもバレずに、ドワンゴ司祭の手でボードレール枢機卿のもとに運ばれている。

 ペスカトーレ枢機卿はダリア・バトリー大司祭を唆して福音派に反旗を翻させるつもりのようだ。まあその福音派も何やら良からぬ事を画策しているようだけれど。

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