第56話 シルク狂詩曲

【1】

 エマ姉が用意した献上品のウェストコートの仕掛けに、気付いているのは今のところ私だけだろう。

 生地の豪華さや刺繍の美しさに全員が目を奪われたいて、それ以外一切目に入っていなかったようだから。


 国王陛下たちが退場した後はエヴェレット王女殿下たちが会場の諸侯に一礼して退場して行く。

 ”バタン”! その後ろ姿を見送っていると謁見室の横の控えの間に続くドアが大きな音を立てて閉まった。

 モン・ドール侯爵家一行が控えの間に帰って行ったようだ。


 第二王子のジャン王子殿下よりも先に退席するのは無礼ではあるが、謁見は終わりしかもマリエッタ夫人は第一王子の生母である事から苦言を呈する者はいない。

 こういう事が慣例化していることも有るようだが、不快そうな顔をしている貴族たちもいる。


 肩をすくめて退席して行くジョン王子の後に主に東部の大貴族達が続いた。走って王子を追いかけるイアンやヨハンの姿も見える。

 遅れてイヴァンや東部の下級貴族が続く。


 その他の貴族たちは、三々五々謁見室を退場して行った。

 諸侯と言っても謁見に参加しているのは高位貴族と王都に代行が置ける高位貴族や宮廷貴族、貴族官僚である。

 高位貴族が退席するとほとんど人が居ない。

 下級領主貴族はそうそう王都に屋敷など持てないので代行など置く事は稀なのだ。


「セイラ様、離宮の控室を取っているので集まる様にとヨアンナ様からの言伝で御座います」

 表の廊下に待機させていたのだろう、ヨアンナのメイドのアドルファが私に一礼してそう告げると後をついて来た。

 いつの間にか現れたアドルフィーネがその後に着き従って来るが、その為可哀そうにアドルファはガチガチに緊張している。


 王宮の長い廊下を抜けて離宮に行くと大きな控えの間に通された。

 中にはヨアンナとカロリーヌ、そしてエヴェレット王女とヴェロニクがすでに待機していた。

 メイド達もお決まりのセイラカフェの幹部メイドだけに絞られている。

「ああ、ファナ様は居ないのね」

 私がホッとして声を上げると後ろから声が聞こえた。


「ええそうね。まだ部屋には入っていないのだわ」

 驚いて振り返ると不機嫌そうな顔のファナ・ロックフォールが後ろに控えていた。

「この間のオークションの意趣返しのつもりの様ね。いつの間にそんなルートを作ったのか聞きたいものなのだわ。まあ教える気は無いのでしょうけれど」


「ええ、残念ながら当分は秘密にさせて頂きます」

 私の返事にファナは溜息をつきながら、後ろから追い越して部屋に入って行った。

 私も慌てて続いて部屋に入ると席についた。


 今この部屋の中にはメイド達以外で絹の出どころを知っているのはカロリーヌだけしかいない。

 当分はヨアンナにも出どころは隠しておくつもりだ。まあ、ヨアンナは自分の取り分の絹が手に入るなら気にもしなだろうが。


「輸入ルートは兎も角、ハウザー王国を経由した事は間違いないのだろうけれどね。でもハウザーの王家やサンペドロ辺境伯家が関わっているというのは嘘だよね。事実なら何か少しでも僕や兄上の耳に情報が入ってくるはずだからね」

 エヴェレット王女も鋭いところを突くな。


「仔細は秘密にさせて頂きますが、仰る通りアヴァロン商事が入手した物をその名目で献上させて頂きました。どことは申しませんが、多分どこか他国の王族に献上された品が何らかの理由で流れてきたのでしょう」


「それでは、本当に王室への献上品であったのか! 其方のハッタリだと思っていたぞ」

「ヴェロニク、だから言っただろう。兄上がそうだろうと申していたのだから間違い無いよ」

 ウーン、この娘案外ブラコンなのかな。エヴァン王子に対する信頼はデカいようだ。


「エヴァン王子が何か仰っていたのですか?」

 どうもエヴァン王子は何やら気付いているのかもしれない。側近も多いし、独自の情報網も持っているかも知れない。


「ああ、王妃殿下の生地は薔薇じゃなくて牡丹と言う花だと。それから国王陛下の生地の神獣はグリフォンで無く、麒麟と言うユニコーンだと」

 牡丹や麒麟が分かるって事は、もしかして出どころの国も知っていると言う事なのか?


「それ以外には何か仰られていませんでしたか?」

「ああ、えーと…紫は皇帝の色だと。それから僕のサッシュは皇帝に献上された生地だろうってね」

 紫は皇帝の色…それは知っているけれど、何故エヴェレット王女のサッシュ迄?


「それはどうい意味でしょう?」

「ウーン、兄上が言うには、黄色も皇帝の色だそうでドラゴンの図柄も皇帝を表すものだそうだね」

 やはりあの図柄は龍だったのだろうか。そう言えばエヴァン王子は自分のサッシュの図柄は朱雀だと言っていたが。

 もしかしてエヴヴァン王子は出どころの見当もついているのだろうか? いったいどこの国で何処に有るのか知っているのだろうか?


「それはエヴァン王子が献上された国の事を知っていると言う事かしら?」

 私の疑問と不安をヨアンナが代弁してくれた。

「いや、それは判らないと言っていたね。そう言う文化を持つ地域が有る事は知っていると言っていたけれど、それが何処にあるかは知らないと」

 どうなんだろう、エヴァン王子は何か知っていて隠していると言う事なのだろう。

 黄色が皇帝を表す色だとかあの文様が龍だったとか私の知らない知識を持っていると言う事はそういう事なのだろう。


「ならば、王子殿下に黄色のサッシュをお渡しするべきでしたか…、気分を害されておられなければ良いのですが」

「それは大丈夫だろう。ハウザー王国でもラスカル王国でも人気のある色は赤だし、ドラゴンは悪魔の化身で評判が悪いからね。まあ僕は気にはしないけれど、それに兄上も聞きかじりで詳しくは知らないそうだし」


「でもエヴァン王子殿下が知っていると言う事はハウザー王国と交流のある国と言う事なのだわ…」

 ファナがボソリと言って思案気に腕を組んだ。

 今の発言のお陰でミスリードを誘えそうだ。


「文様や柄の間違いは隠しておいた方が良いかしら。でも皇帝に献上される物という話は献上品に箔がつく逸話かしら」

 それはそうだろう。ミスリードを誘うなら敢えてエヴァン王子の口封じをお願いする必要も無い。


「どこの国かは私もはっきりとつかめていませんが、他国の王室か皇室にもたらされたものが流れて来たようですね。献上品クラスの物は手に入る事は稀でしょうが糸や無地の生地はこれからも入手可能ですから」


「これからもこの生地で商売を続けると言う事だよねえ。ならば、何故アヴァロン商事では無く僕たちに献上させたのさ。それに売れば大変な高額で販売が可能だろ」

「王室や高位貴族の相手は手に余ります。それに一介の商事組合が売り出しても価格は知れていますよ」


「しおらしい事を良く言うのものなのだわ。磁器と同じ事を企んだのでしょう。箔をつけるなら王室への献上が一番なのだわ」

「それでもなぜ私たちなのだ? 何もハウザー王家や我がサンペドロ辺境伯家に栄誉を譲らなくとも、ゴルゴンゾーラ公爵家でも良いでは無いか。まあサンペドロ辺境伯家としては有り難いが」


「多分…箔の違いかしら。私が公爵家でもハウザー王家よりは劣るかしら。それにゴルゴンゾーラ公爵家からの献上ならばマリエッタ・モン・ドールがしゃしゃり出てくるかしら。なにより国王やバカ寵妃に頭を下げて献上するなんて願い下げかしら」

 さすがヨアンナ、わかってるねぇ。


「まあそういう事ですけれど、献上品をエマ姉に頼んだら爆弾を放り込んでくれましたよ、あの人」

「「「爆弾?」」」

「気付きませんでしたか、あのウェストコート。ジャンヌさんが一昨年の春に採用したコルセット型のベストと同じデザインなんですよ」

「「「あっ!」」」


「それは一体何の事だい? あれは王立学校の流行だとエマ嬢が言っていたけれど、違うのかい」

「違わないのだわ。とても流行っているのだわ」

「ジャンヌの要望で去年の卒業生がデザインした服だったかしら。私もファナも普段に来ているものかしら」

「ええ、平民寮を中心に清貧派のシンボルとしてですけれど」

 最期のカロリーヌの言葉にエヴェレット王女は驚いて目を瞠った。

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