第57話 王立学校の喧騒

【1】

 休憩時間の二年Aクラス前の廊下はいつも人で溢れるようになってしまった。

 冬休み前からのムートンブーツやモカシン靴の注文は平民寮と下級貴族寮で受け付けているが、上級貴族からのオーダーが直接私やエマ姉に入ってくるためだ。


 その上絹のハンカチを目当てに貴族女子が殺到し始めている。

 こちらはハンカチに託けて今後の絹の輸入や情報を得ようとする高位貴族達の意向を受けた者たちが集まってくるので話が長く気疲れしてしまう。


 絹地のハンカチはシュナイダー商店によって下級貴族寮でのみ販売される事となり、ポートノイ服飾商会が上級貴族寮で絹の色糸による縁取りと刺繍を請け負うという分業で、王立学校でのみ手に入れられる商品となった。


 白い無地の絹のハンカチ一枚が金貨二枚、縁取りとワンポイントの紋章入りで更に金貨一枚プラス。

 結局最低価格の家紋入りハンカチは金貨三枚から五色の色糸を使った刺しゅう入りの最高値のハンカチは金貨七枚と言うものまで現れた。

 当然それを使うのは上級貴族婦人や婚期の迫った令嬢たちである。その買い付け代行をさせられるのが教導派の下級貴族令嬢たちだ。

 お陰で下級貴族寮の売店では金貨が乱れ飛んでいる。


 なによりマリエッタ・モン・ドール夫人が絹織物に御執心のご様子で、その八つ当たりやとばっちりを食らう上級貴族も又たまったものでは無いようだ。

 今のところ絹織物販売は王立学校のハンカチのみ。更にその情報源も王立学校生のハウザー王国関係者と清貧派の一部貴族だけなのだから。


 クラスでもショーム伯爵令嬢やマンスール伯爵令嬢、それにモン・ドール侯爵令息等は日増しに顔色が悪くなっている。

 親からの要求がきついのだろう。

 面と向かって聞けない彼女たちは、他のクラスや下級生の教導派下級貴族を使って探りを入れに来ているようだ。


「ねえ、セイラ・カンボゾーラ。絹の織物は手に入るのかしら?」

 エマ姉にエポワス伯爵が頼んでいた乗馬靴を受け取る為に下級貴族寮を訪れていたメアリー・エポワス伯爵令嬢が聞いてきた。


「父上から貴女に聞いてくれないかって頼まれたのよ。わたしが欲しい訳じゃあ無いのだからね」

 そう言ってこれ見よがしに黄色い例のハンカチを取り出して汗を拭くふりをして見せた。

 真冬のこの時期に汗など拭く事も無いのに。


「私の所にもエヴェレット王女殿下にお目にかかりたいとか、口を利いてくれとか言うヤカラが増えているの。今になって申し出て来るなんて呆れてしまうわ。王女殿下が見えられた時にはさんざん陰口をたたいていたくせに」

 メアリーのもとにも多くの上級貴族令嬢が押し掛けているようだ。エヴェレット王女入学以来ベッタリだったメアリー・エポワスにとって、今更手の平返しでで寄ってくる教導派の貴族令嬢たちに怒りを覚えるのはもっともな事だ。

デビュー前から推していたのに、急にニワカが湧いて出てきた様なものなのだから。


「ですから私言ってやりましたの。エヴェレット王女殿下がそんな商人まがいの下世話な事に心を乱される謂れも無ければ立場でもないと。気になるなら商人まがいの子爵令嬢にでも聞けばいいって」

 おい、それでか! 私の周りに最近面倒くさい面会者が増えたのは。共感しかけて損をした気分だぜ。


「そこまで言っていながらなぜ私に聞きに来たのです」

「そこまで言ったから商人まがいの子爵令嬢に聞きに来たのよ。何か教えてやらないと鬱陶しくて仕方ないもの。父上も相当くたびれた様で私に泣きついて来たのよ。男相手ならともかくご婦人相手には話が通じないとか。さすがに少し哀れに見えてきたの」


「それならばエマ姉に話を持って行く方が話が早いでしょうに。シュナイダー商店が平民向けで嫌なら、ポートノイ服飾商会が代理店で販売に加わるそうだからそちらを紹介して貰えば良いでしょうに」

「貴女何を仰っているの? さっきも言いましたわよね、私は興味ないって。その程度の話ならエマ・シュナイダーに申しつけておけばどうにでもなるでは無いの」

 そりゃそうだ。金払いも良い上に何にでも食いついてくれる、エマ姉の超お得意様だから無下にはしないだろう。


「私が欲しい情報は国王陛下に送られたような織物が無いのかと言う事よ。マリエッタ夫人がご所望なのよ。いち早く手に入れる方法が知りたいと言う事ね」

 オイオイ、それを私に聞いてどうする。


「メアリー様、私にあの教皇の操り人形のマリエッタ夫人を喜ばせる様な事をせよと言うのですか」

「そうよ。我がエポワス伯爵家の地位向上の為にせよと言っているのよ。どうせモン・ドール侯爵家から毟り尽くす気なのでしょう。他所から毟るくらいならマリエッタ夫人から毟る方が効率が良いでしょう」


「メアリー様、あなたも同じ派閥でしょう。幹部貴族がそんな事で良いの?」

「別にエポワス伯爵家はマリエッタ夫人に忠誠を誓っている訳でも教皇に仕えているわけでも無いわ。国王陛下の臣で王家に仕えているのよ。国王陛下の安穏が手に入るならモン・ドール侯爵家が泣こうが気にはしないわよ」

 ああ、この人もあの副団長の娘で間違い無いようだ。


「これは私の独り言ですよ。多分王妃殿下のオークションハウスの杮落としに絹の絨毯と共にダマスク織りの絹織物が出展されると思いますよ。エヴァン王子殿下やエヴェレット王女殿下のサッシュと同じような織物が」

「そう、その生地が国王陛下のウェストコートでは無くて、あなた達が来ている様なベストに加工されているととても楽しそうね」


 献上品のウェストコートを気に入った王妃殿下は、王宮での普段使いによく着ているのでそれを真似る教導派の婦人や令嬢が増えだしているのだ。

 特に王立学校生は、窮屈なコルセットは嫌だが平民の流行を真似る訳にも行かず我慢していた者も多いのだ。

 それが献上品の王妃殿下のウェストコートを真似て、そちらを付ける事でコルセットをやめる事が出来る。


 今はウェストコートとベストの二派に分かれて教導派と清貧派が争っているが、どちらもシュナイダー商店とポートノイ服飾商会の商品なので、儲けはエマ姉の懐に転がり込んで来ると言う事だ。

 そしてこの底意地の悪い伯爵令嬢は国王陛下の寵妃に清貧派の象徴のベストを着せようと宣っている。


 もちろん私がエポワス伯爵家に情報を流したことは、ファナやジョン王子を通して王妃殿下の耳にも入ってている。

 オークションの当日は、マリエッタ夫人をオーヴェルニュ商会の息のかかったハスラー商人が煽り倒してエヴァン王子の物と同じ赤い緞子の織物は金貨五百三十枚の高値でモン・ドール侯爵家が落札した。


 続いて出されたエヴェレット王女と同じ緞子の織物は、他の参加者が恐れをなした事とモン・ドール侯爵家が参加しなかった事で、金貨二百十枚でオーヴェルニュ商会が手中の治めたそうだ。


 お陰で絹の絨毯は金貨七百枚を下限としてオークションを開始したが、持ち金がショートした者ばかりで値を付けられず、次回に持ち越しになったという。

 まあさすがに清貧派のベストは悪趣味過ぎて実施しなかったようだが、上機嫌のマリエッタ夫人に対してモン・ドール侯爵は非常に渋い顔をしていたという。


 全ては当日、面白そうだからという理由で参加していたメアリー・エポワスからの報告だ。

 なぜ、黄色の緞子の織物を落札しなかったのか聞くと、エヴェレット王女殿下にたして不遜だからとの返事が返って来た。

 騎士家の令嬢だけあって主君と仰ぐものに対しては忠誠と礼節をわきまえている様だ。

 その礼節をもう少し下の者にも向けてくれれば少しはマシな人間になるだろうに。

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