第71話 織機

【1】

 紡績機の事業は目途が付いた。

 来月には二代目の紡績機が納品される。そうなるとレッジャーノ伯領のリネンは全てあの工場で紡がれる。

 少量ではあるが私の商会でのリネン生地の取扱量も増えた。

 この冬が明けるころには次年度のパルミジャーノ州の他領での紡績も請け負う事に成るだろうから、更に二機分を製造に入っておくように父ちゃんにお願いしている。


 今のところレッジャーノ伯爵家への納品だけなので、パルミジャーノ州での紡績の一元化を他領主が拒んだ場合も考えてある。

 レスター州やロンバモンティエ州で信用のおける領主に声をかけて見るのも有りだろう。


 しかしこの国のリネン市場はひどいもんだ。

 王国の外貨収入の柱の一つがリネン織のようなのだが完全に王家と癒着した宮廷貴族たちとその息のかかった東部商人たちに牛耳られている。

 利権に絡むものを徹底的に排除する姿勢が見え見えだった。


 そしてその矛先が私たちにも向いてきたようだ。

 レッジャーノ伯爵から早馬が来たのだ。

 どうも廃棄予定の織機を購入した事がバレたらしい。

 うちで作った二機は隠したらしいが、修理した一機は接収されたとの事だ。さらにもう一機についてはライトスミス工房にある事が解ったので早々に接収に来ると思われる旨連絡が入った。


 父ちゃんは大急ぎで買い取った古い織機をバラしたまま家具工房から装飾品工房へ移動させた。

 製作中の紡績機もヴァークラー工房の納屋に移動させた。

 そしてその翌々日には王都からの査問官が織機を引き上げにやって来た。

 事前に情報が入っていることを悟らせない為工房も商会も普通通りに営業をしていた。


 査問官は店内に押しかけると接収書類を掲げてカウンターに向かって怒鳴った。

「ライトスミス商会に告げる! この度レッジャーノ伯爵より購入したと言う織機は本来公的に廃棄されるものであり所有は違法である。依って査問官の権限に置いて接収する」

 怯えるミシェルと押しのけてルイーズが査問官の前にトコトコと歩み出る。

「いらっしゃいませお客様。本日は鴨肉のファナセイラがお勧めで御座います」

 ミシェルがおずおずとルイーズの後ろから小黒板に板書された本日のメニューを差し出した。


 査問官たちはライトスミス商会の入り口が分からない様で、セイラカフェに押しかけてきたのだ。ライトスミス商会の看板がかかるこの建物は表通りに面した一階が全てセイラカフェで、商会は裏口の玄関から階段を上がった二階にある。

 この時代の常識ならば、まあ普通は大手商会の建物に飲食店が入っているなどありえないのだから仕方ないとは言うものの中に入って違和感を感じなかったのだろうか。


 二人の査問官は店内のメイド店員や客たちの視線を浴びて赤面しながら周りを見渡して問いかける。

「ここはライトスミス商会では無いのか?」

「ライトスミス商会は二階で御座います。受け付けはこの店の裏の階段の上になりますがこちらに呼んでまいりましょうか?」

 グリンダが二人の査問官に聞くと査問官はバツが悪そうに周りを見渡して答えた。

「いや結構だ。裏に回る」


「そう仰らずに、経営者は一緒ですからお席でお茶でも飲まれてはいかがですか。味気ない商会のテーブルよりくつろげると思うのですが」

 私の言葉に二人は顔を見合わせて思案する。

「グリンダ、お茶の用意を。ルイスは鴨肉とローストビーフのゴッダードブレッドを準備して頂戴。ミシェルとルイーズはフルーツとクリームのファナセイラをお給仕してくださいな」


 そうやってワタシが畳みかけると、二人は仕方なくテーブルに腰かけた。

「わかった。サッサとその代表者を呼んで参れ」

 私は鷹揚に答える査問官二人の向かいの椅子に腰を掛けると自己紹介を始めた。

「始めまして。私がライトスミス商会の代表を務めさせていただいているセイラ・ライトスミスと申します」

 唖然とする二人に、私は深々と頭を下げた。


【2】

「その方、ふざけておるのか」

「いえ、私が代表で間違い御座いません。商会もこの店も私がオーナーです」

「そうだぜお役人さん。その嬢ちゃんがこの店も向かいの店も仕切ってる」

「ライトスミス商会のセイラ嬢ちゃんって言えばこの街で知らぬ者はいねえよ」

 客たちの言葉を聞いて査問官二人は上げかけた腰を椅子の上に降ろした。


「どうしたものか。その方この接収状の意味が解るか?」

「もちろんで御座います。私どもの商会で取引致しました物件です。伯爵さまより修理のご依頼をお受け致しましたが、一台は損傷が激しく当方で買い取り致しまして部品の転用や補修でどうにかもう一台を修復できた次第でございます」

「ふむ、それで買い取ったもう一台はどうしておる?」

「細工部分も多く、加工された木材ですので一部は家具材料に転用できるのではと思い取ってはおりますがもう織機の形ではのこっておりません」


「ならば組み立てよ」

「組み立て代金は金貨五枚ならば工員総出で明日中には組上げますわ」

 エマ姉が手板に挟んだ紙と羽ペンを持ってやってきた。

「何を申しておる。組み立てはその方らの仕事であろう」

「そうなの? セイラちゃん」

「この書類には織機を引き渡せとだけ明記されているわね」

「それなら見習いを一人つけて組み立てさせましょう。先週入ったマキシムで良いかしら。多分来月末までには組み立てが完了しますわ」


「ふざけるな! そんなにまてるか! 総出なら明日中に出来るのだろう」

「お金も出ないのに工員に作業させるなんて出来ないわ。マキシム一人でもひと月分の料金で金貨一枚は欲しいのにねえ。それをタダにしてあげるんだから、お役人さんも良かったよねえ」

「だまれ! そんなことが通ると思うのか。しょっ引かれたいのか」

「でも査問官様。この書類に期日は明記されておりません。織機を引き渡せば当商会の業務は終了です。買取にかかった費用の償却も出来ない上にこれ以上の出費は看過できません」


 査問官は真っ赤になって怒鳴った。

「そんなことは知らん! 明日までだ一両日中に組み上げて引き渡せ。これは命令だ」

「ならばその命令書もご提示くださいませ」

「えーと、法務規定によれば接収状は財務長官の印が必要だと思ったの。大変だわ。急いで王都に戻らないと間に合わないわ」

「ふっふざけるな。二日で王都に行けるわけなどなかろう」

「でも私どもも接収状に書かれていない事をしてお咎めを受けるのは困ります」


「それに二人で織機を荷馬車に乗せるのはとても大変だわ。お役人さんはとても力持ちなんですねえ」

 その一言で査問官は顔色が変わった。

「つっ…積み込みは…」

「起重機なら金貨一枚程度で大丈夫だと思うわ。下町で作業員を雇うともっと安くなると思うの」


「お役人様。組み立てずにばらした状態なら今すぐにでも積み込めます。場所も取らず荷崩れの心配もなく王都に戻れます」

「どういうことだ?」

「多分レッジャーノ伯爵様から織機を引き取る時は荷積みだけでなく運送時の手間もかかったと思うのです」

 査問官はレッジャーノ伯領での接収作業を思い出したのだろう眉根が曇った。

「どうせ廃棄する物です。このまま荷積みすればすぐにでも出発出来て多分レッジャーノ伯領の織機より早く王都に届けられるでしょう。お役人様のご判断で分解させて積み込んだという事でお願いできないでしょうか」


「それならば今日中に出発できるのか?」

 査問官は力の抜けた声でそう問いかけてきた。

「はい。直ぐにでも手配して馬車への積み込みは当方で行います。午後一で出発できますので急げば明後日の夕刻には王都に着くでしょう」

「わかった。それで手配してくれ」

 もう一人の査問官も力なく頷いた。


 工房で気合を入れて待っていた父ちゃんは肩透かしを食って呆然としていた。

 そんな父ちゃんを尻目にダンカンさんの指示で部品はどんどん積み込まれてシッカリ梱包されて行く。

 一時間とかからずに荷積みも終わり、私は荷積み書類一式を持ってカフェに戻った時には二人の査問官はオープンサンドを頬張りながらミシェルとルイーズ相手にリバーシをしてえらくご機嫌になっていた。


 査問官たちは昼過ぎには籠一杯のサンドウィッチと葡萄酒を一瓶抱え、土産にリバーシも二セット買って出発していった。

 難癖をつけられず昼食費だけで追い払えた事にホッとしたのだがこの状況では当分織機は売れないなあ。

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